商人の血 灰皿の上で、手紙が火に舐められ踊っている。それをちらりと見てから、ラウリィ・ヒュランデルは来客へ視線を戻した。長身の女が手を後ろへ回したまま直立し、青い目が真っ直ぐラウリィを見ている。
――ガブリエラ・ゼーレ少佐。その名の通り、「告げる者」。
先程彼女から告げられた言葉に動揺もせず、その彼女が持ってきた手紙を燃しつつ、ラウリィは椅子の背もたれに体重を預けて軋ませた。
「僕みたいな小市民が背信行為なんてするわけないじゃないか」
そうして頬を膨らませて抗議するのに、女は淡々と対応する。
「ヒュランデル大佐、取引先が問題なんです」
「どうして? ちゃんと中立の商人としか取引してないよ」
「……その商人が他に取引している相手を、ご存じないわけないでしょう」
思いもかけないことを言われたかのように、ぱちくりと瞬きをしてからラウリィは首を傾げた。
「それは僕の管轄じゃないよ」
いっそ無邪気なくらいである。万年筆をくるりと指で回してから机に置く。
「僕の仕事は、お金を増やし、適切に分配すること。それ以外は管轄外」
それから肘を天板について、両手で顎を支えるようにして上目使いに女を見た。
「まあ、仮に? 仮にだよ? 僕が売り付けたネジがどこだかの国だか組織だかに買われていって、それで作られた銃が南で百人を殺したとしても、ネジを売ったお金を使った作戦が北で千人殺せば黒字でしょ。問題ないじゃない」
この男には悪意が無い、強いて言うならそれが問題だ。彼の判断基準はその商人としての血に由来する、つまり、赤字か黒字かである。
「ここの皆は優秀だから、適切な額のお金があればきっちり結果を出してくれる。僕はそれを手伝うために、こうしてお金を回してる。これ、合法、だよね?」
ぴく、と眉を動かしたがそれだけ。女は顔色ひとつ変えず、呆れたのだか諦めたのだかわからない溜め息を吐いた。
「適当に説明しておいてくれると嬉しいな。僕結構この仕事好きだから、辞めたくないし」
「……意外ですね」
そう?と首を傾げたラウリィは、水差しを取り上げて己のグラスに水を注いだ。
「自分の能力を活かせるのってやりがいがあるし、実家にいるより余程充実してるよ。何より、国を守る仕事だもんね。……なにその顔、僕は愛国者だよ?」
く、と一息に水を飲んで、それから笑みを浮かべる。その笑みには裏も表もなく、言葉にも嘘はない。ラウリィ・ヒュランデルは軍人でもあり、商人でもあり、愛国者でもある。それに嘘偽りはない。そのやり口が、少しばかり趣味が悪くても。
「貴方がそのままこの国の利益を追ってくれることを祈っています」
感情の読み難い微笑を浮かべて言う女に、ラウリィはにっこりと笑いかけた。
女が去ってそうしないうちに入れ替わるように訪ねてきた男のにやにや笑いを見て、ラウリィは眉を寄せた。
リヒャルト・マッケラン中佐。いつものあれだ。
「天使様に百合でも頂いたんですか?」
「まさか。僕が処女懐胎するわけないでしょ」
「はは、違いない」
ひらひらと犬でも追うように手を振りながら、あからさまに面倒そうな表情でラウリィは男を見やる。
「それで、何の用? もう今日は書類の受け付け終わったんだけど」
「そこまで邪険にしなくたっていいでしょ、今回はいいものを持って来たんですよ」
男は片手に提げていた袋から箱を取り出し、ラウリィへ差し出した。
「中央に行く用事があったもので、ほら、これ」
「!!!!」
差し出された箱を見て、ラウリィは目を輝かせた。両掌で持てる程度の大きさ、木製で、蓋部分にガラスが嵌め込まれている。中には棒状のものが並んでいた。
「シグルド社のシガー、お好きでしょう?」
「大好き……」
絞り出すように答えて、ラウリィは己の懐に手を入れた。
「お幾らですか」
「お気持ちでどうぞ」
元値がこう、通販するならこう、とぶつぶつ呟きながら計算し、何枚かの紙幣を取り出して男に差し出すラウリィ。毎度、と受け取って引き換えに箱を渡し、男は小さく笑った。