北方軍の金庫番「さすがにこれは、支払ったコストに対してリターンが少なすぎるよ」
ラウリィ・ヒュランデルの魂は軍人というより商人であり、黄金を積むことこそが本懐である。
「戦争は商売じゃないんだぞ」
「そうだね。だけど慈善事業でもないよ」
その部屋は明るく、来客用のソファやテーブル、ガラス張りの本棚など、良質な調度品ばかりが並べられている。部屋の主であるラウリィは、デスクを挟んだ向こうに立つ年上の将校と見つめあいながら、ひらりと片手の紙(たった今、この将校から受け取った予算申請書である)を振った。
「別に金銭的な利益をあげる必要はないよ、そういうのはこっちの仕事だし。でもね、対費用効果っていうか、お金は湯水のように湧くわけじゃないんだから、無駄にならないように使わないと」
……年嵩の将校には軍人としての矜持があり、金貸しの息子なぞにという気持ちも少なからずあるだろう。まだ食い下がるべく口を開いた、が。
「ごめんね、『少佐』」
なにか言う前に割り込んだラウリィが噛んで含めるように言えば、将校はぐっと息を飲んでから頭を下げた。失礼します、と退室するその背中を見送って、ラウリィは己の階級章を無意識に撫でる。
――大佐。『大佐』、ね。
魔除け。あるいは、手続きの煩雑さを減らすための手形。与えられた肩書きは吹けば飛ぶほど軽い意味しかない。
冷めてしまい泥水のようになったコーヒーをすすって、未処理箱に入っている書類に手を伸ばしそうとしたところで不意に扉がノックされ、部下の声が聞こえる。
「大佐、マッケラン中佐がおいでです」
「帰ってもらって」
「つれないですねえ大佐」
ひょいと室内へ入ってきた男は、どうも、と会釈する。困ったようにその男とこちらとを見比べる部下へ、構わないから、と片手を振ってからラウリィは椅子の背もたれに思いきり体を預けた。
「……で、今度はいくら欲しいの」
「話が早くて助かります」
差し出された書類を受け取り、ちらりと見てから未処理箱へと放り込む。
「後で読んでおくから、……なに?」
書類を差し出した後も直立不動の体勢から動かない相手を見て、ラウリィは怪訝そうに眉をひそめた。
「なにか疑問点などあればその場でお答えできた方が良いかと愚考した次第で」
「今読めってか……」
ため息混じりに資料を手元に戻し、目を通す。その表情がどんどん苦虫を噛み潰したようなそれになっていくのを、すました顔で男は見ていた。
「……いかがです、大佐どの」
書類を束ねなおし、とんとんと端を机で揃えながらラウリィは大きくため息を吐いた。
「これを通さないなら僕はこの椅子を降りるべきだし、糞爺様の孫も名乗れないよ」
インク壺にペン先を突っ込み、それから引き出しの中から便箋を取り出してがりがりと乱暴に何かを書き付ける。
「相変わらず読みにくい字ですね」
「このままじゃ上で止まるかもしれないから一筆書いてあげてるのに何その言いぐさ!?」
もうちょっと敬ってくれてもいいと思う、とぼやきながらそれを書き終え、書類とまとめてファイリングし、処理済の箱へと移動させる。何度めかのため息を吐いてから、ラウリィは男を見上げた。
「……あのね、中佐。僕君のこと嫌いじゃないし、むしろ好きだよ。僕の仕事邪魔しないし、書類の体裁間違ったこともないし」
「それはどうも」
「でも君の予算案は嫌い」
「ははっ」
頭痛でも堪えるかのようにこめかみに指を当てるラウリィを見て、男はおかしそうに笑った。