※ただしモブは容赦なく死ぬ 男が二人、通りを歩いていた。
片方はラウリィ・ヒュランデル、大佐という肩書きを事務的に与えられた金庫番。
もう片方はノア・ラーゲルブラード少佐。剣呑な雰囲気を隠そうともしていない仏頂面の男/死神は、これ見よがしに大太刀を佩いている。
特に会話するでもなく、男はラウリィの一歩斜め後ろを歩いていたが、ふとその青い目が周囲を見回した。
「右に半歩」
言うや否や、ひゅ、と空気が鳴る。続いてどさりとなにか重たいものが地面に落ちる音。
「マジで半歩しか動かねぇとか、無精にも程があんだろ」
「下手に大きく動いて『それ』に掠りでもしたら嫌だもん」
呆れたように鼻を鳴らして、男はラウリィの隣をすり抜け路地の陰へと向かった。しばらくの後、猿轡を噛ませた少年を引き摺って戻ってくる。少年の右上腕できらりと光ったのは、深々と突き刺さった細い金属の棒だ。
「見覚えは」
「あるわけないでしょ、こんなのどう見ても捨て駒じゃん。まだ若いのに……」
ラウリィは痛ましげに眉を下げ、心底同情した様子で溜め息を吐く。
「今このタイミングで仕掛けてきた、ってだけで十分だ。たいした情報も持ってないだろうし、好きにしていいよ」
「じゃあ面倒だから殺すか」
少年が最後に正気の状態で見たのは、男が取り出した注射器の針が反射した光だった。
……十数分後。
「うええ……」
僅かに青ざめながら口元をハンカチで押さえているラウリィを、男は呆れたような顔で見やる。
「あのくらいでまだ引き摺ってんのか」
「僕は内勤なの、泡吹きながらのたうち回る人間なんてそうそう見ないの、おわかり?」
へいへいとおざなりな返事をして肩をすくめた男は、ぱん、と大太刀の柄頭を叩いてから煙草を取り出した。
「大体なんで佐官の俺がお付きなんざさせられてんだよ、他にもっといるだろうが」
「仕方ないでしょ、スヴェンちゃんもコナーくんも別件あったんだから。あと、今回の商談は君にも関係あったんだからね」
煙草をくわえてマッチを擦りながら眉を持ち上げた男へ、三日後にわかるよとラウリィは笑った。
宣言通り、三日後のこと。
「ごめんね、呼び出して」
部屋へ呼び出された男は、不機嫌そうな顔でラウリィを睨む。
「用事ならさっさと済ませろ、暇じゃねぇんだよ」
「ねえ僕いちおう大佐。君より上。もう少し敬ってくれても良いと思う」
はァ?とでも言いそうな表情を返答の代わりとした男へ、まあいいんだけどね、と溜め息混じりに肩を落としてからラウリィはデスクの引き出しを開けて中を探った。
「これ、持ってって」
そして無造作にデスクの真ん中へ置かれたのは、真っ青な液体の入った小瓶だった。
「『青の16』。いるんじゃないかと思って」
男はその名を聞いてほんの僅かに瞠目する。
「……どこから手に入れた」
「この間、護衛についてきてもらったでしょ? あの時のおまけ」
君にも関係あるって言ったじゃない、と頬杖を突いて嘯くラウリィを胡乱げに見て、男は小瓶を持ち上げ明かりに透かした。
「純度は問題なさそうだな。……俺に何をさせる気だ」
「別になにも。必要だろうから用意しただけだよ、僕は兵站班だよ? ああ、強いて言うなら」
明日は晴れるといいね、くらいの気楽な語調で。
「その薬の代金に見合う分くらい、敵兵を殺してほしいかな」
そう言ったラウリィに、男は唇をねじ曲げるように笑った。