先生とサメ太朗とサメ次朗ずっとずっと会えなかった間も何も変わってないことを象徴するように、予定より二時間早く浜辺にやってきたひと。太陽久しぶりだ、なんてヘロヘロになって、精一杯強がって見せた私を不思議がって、でも記憶通りの優しいハグをくれた。
私の強がりは、自分の部屋に戻るまでしか保たなくって、私のベッドにサメ太朗を抱っこして座ってる先生を見たら、もう二年半の寂しさをこらえることなんてできなかった。二人で人目はばからず泣いて、体温を感じながらうたた寝をして。そう、こんな時間が私たちにはずっとずっとなかったから。
ふと目を開けたら、サメ太朗を枕にした先生がとてもリラックスした顔ですやすや寝てる。いつもの記憶より少し長めの髪が額にかかってて、なんだかかっこいい。少しだけ目尻の皺が増えたかな。リラックスして寝てる時の、ちょっと開いた口許が懐かしい。登米に遊びに行った時、たまにこうやってお昼寝することあったな。やっぱり先生の手は私の腰にまわってて。
あぁ、ほんとに先生が私の手の中にいて、私が先生の腕の中にいる。自分が浮かれていることを自覚しながら、それでも止められなくて、先生にそっとキスしちゃう。そしたら、昔みたいに、先生がすっと目を開けて私のことを優しいやさしい眼差しで見つめてくれる。やっぱりそれも変わってない。先生もキスを返してくれて、距離も時間も本当に飛び越えたんだ、ってやっと心の底から思えて。
「先生、おかえりなさい」
って言ったら、うん、って力強くうなづいてくれた。
もうしばらくそうやってゴロゴロしてたけど、お母さんがお夕飯って言ってた時間に差し掛かってるのに気づいて、下に降りましょっか、って先生を誘う。はい、って起き上がった先生のボサボサになった髪を手ぐしで整えると、まるで毛づくろいされてる子犬みたいな気持ちよさそうな顔してる。じゃあ、おりましょって手を引いたら、素直にそのままついてきて。なんだかほんとに子犬みたい。とっても大きな子犬だけど。
仏間に降りてここ座ってください、って振り返ったら、先生の小脇にサメ太朗が抱えられてた。連れてきちゃったんだ。先生、かわいい。サメ太朗を脇に置いて、しゃっちょこばって座ってる。お母さんが、足はお楽になさってね、と言っても、大丈夫です、ってほんとに?後で痺れてそうだったらつついちゃおう。
両親とおじいちゃんと、先生と私(とサメ太朗)でごはんを食べるのは、よく考えなくても今日がはじめて。前は誰かさんが逃げちゃったから。でも、今日は、私と一緒に座ってる先生を、お父さんも万感こもった感じで見つめてくる。
お久しぶりです、お疲れ様でした、いえいえ、と改めて一通りの挨拶をしつつ、ごはん食べて。お父さんがビール誘うけど、久しく飲んでないので一杯だけにしますって、先生は控えめに飲んで。お母さんが、晩酌ならサメ太朗に付き合ってもらってよ、お父さん、って言うから、先生が傍らのサメ太郎を驚いたように見下ろして。サメ太朗がそんなにウチに馴染んでるのが不思議みたい。
先生もお疲れだろうから、ってご飯の後は早々にお風呂立てて入ってもらって、私がその後お風呂入って部屋に戻ったら、また先生はサメ太朗を膝に乗せて、ベッドにもたれて座ってうたた寝してた。やっぱり頭がまだ濡れてる。ドライヤーをコンセントに繋いで準備してから、トントンって肩を撫でて起こしたら、私の顔を見てふわって笑う。
私が先生の髪を乾かして、先生が私の髪を乾かす。そんな「いつも」が私の部屋にあることが本当に嬉しい。私の膝の上のサメ太郎も喜んでる気がする。ベッドの隣にお布団を敷いて、その上で二人と一匹でゴロゴロする。
「というか、サメ太朗がこのおうちに馴染みすぎてませんか。お父さんの晩酌のお相手まで?」
「なんか、私が時々一階に連れて行ったりしてたら、お父さんがサメ太朗相手に晩酌してたり、お母さんが夏服縫ってくれたりしてお構いされてて。多分、みんなにとって先生とのつながりなんだったと思います。もちろん私にとっても」
仰向けになって、私を右腕で腕枕したまま、先生が両腕でサメ太朗を私たちの上に持ち上げて、しげしげとサメ太朗と顔を見合わせる。
「おまえさん、僕が来れなかった間、ずっと仕事をしてくれてたんだなぁ」
「ええ、とっても。サメ太朗がいなかったら、私も寂しすぎて止められても会いに行ってしまっていたかも」
「あの時にあなたをそんなリスクに晒すわけには。そして来てくれても会えなかっただろうし。本当にサメ太朗がいてくれてよかった。えらいな、サメ太朗」
右手でサメ太郎の頭を撫でるから、その動きが私の頭にも伝わってくすぐったくてうれしくて。そうやって光太朗さんの体温を堪能してたら、いつの間にか寝ちゃったみたい。
朝、起きたら私は自分のベッドの上で、先生はサメ太朗をしっかり抱っこしてお布団で寝てた。今日と明日は仕事を休みにしたから、目覚ましもかけてなくて時計を見たら9時半。きっと、先生が私をベッドに上げてくれたんだ。もうそのままお布団で寝ててもよかった気がするのに、こう言うとこ律儀。
先生が寝てる間に下に降りて朝ごはん段取りしようかな、とも思うけど、その間に先生が起きたらとっても寂しがる気がして、それは今日はやだな、って思い直して、先生の隣に座る。くせっ毛の頭を撫でたら、ん…って身じろぎして、薄く目を開けて。私をみたらやっぱりふわって笑ってくれる。
「おはよう、先生」
「おはよう、百音さん」
二年半ぶりに直接交わした朝の挨拶はとってもくすぐったい。
またサメ太朗も連れて居間に降りて、お母さんが支度しておいてくれた朝ごはんを食べる。食後のお茶を淹れて飲んでたら、おじいちゃんがひょっこり縁側から顔を出した。先生が「朝寝坊させてもらいました」と頭を下げたら、おじいちゃんは笑って手を振って、先生がゆっくりできてたら何よりですよ、って笑ってくれる。
「先生、朝ご飯は終わりました?」
「はい。ごちそうさまでした」
「今時間あったら、ちょっとこっち、いいかい?」
「え、ええ」
先生が私の方を見て、私が頷くのを見ておじいちゃんについて行く。きっとドチザメを見せるんだ、と思って、サメ太朗を抱っこして私もついていく。縁側に置いてたつっかけをそれぞれ履いて、おじいちゃんの後をついてったら、薪棚の横に大きい水槽が置いてあって、その中でドチザメがのんびりと泳いでた。
先生の顔がぱあぁ!って明るくなるのがとってもかわいい。
「え、これドチザメですか?どうしたんです?」
「知り合いのとこで揚がってね。先生がサメお好きだって聞いたから」
先生が目をキラキラさせながら、水槽のそばに座り込んでドチザメをしげしげと見てる。
「先生、触っても大丈夫ですよ」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
おじいちゃんの言葉に、口元を綻ばせて手を伸ばす先生。指先でそっと背ビレを触って、すいっとドチザメが泳いで逃げるのが楽しそう。
「牡蠣棚の横に小さい生簀作っておいてるんですけどね、こうやって揚げてもこれるんで、ここにいる間、ちょいと構ってやっていただけませんか」
おじいちゃんの言葉に、先生がコクコクって頷く。
「これからエサとってきますんで、先生とモネちゃんの着替え終わる頃に持ってきますよ」
っておじいちゃんが海の方に行くのを見送って、先生が、よし、百音さん、着替えようって張り切るのがとってもかわいい。
部屋に戻っていそいそと、昨日と違いが分からないチノパン・白T・チェックシャツ姿になって、先に戻ってますね、ってサメ太朗抱っこしていっちゃった。あんなに俊敏な先生いつ以来だろ。私も着替えて追いかけて戻ったら、ドチザメの水槽の前にしゃがんだ先生は火箸を持って、おじいちゃんに教えてもらいながら貝を食べさせようとしてた。ドチザメの顔の前でひらひらさせて、ドチサメが食べたら、食べた!ってぱあぁって笑顔でおじいちゃん見あげて、おじいちゃんもうんうん、って頷いて。
サメが貝を食べてるのを、サメ太朗を小脇に抱えて見てる先生がまるで男の子みたい。きっと水族館に行ったりもしてなかった先生が生きてるサメを見るのも数年ぶりなんだよね。こうやって先生が喜んでるのをみられて、本当にうれしい。もう一個ぐらい食べるんでないかい、とおじいちゃんから受け取った魚の切り身をまた火箸で食べさせようとして、もう口があいちゃってる。先生が何かに没頭してる時のくせ。これも久しぶりだなぁ。
水槽の横にしゃがみ込んでドチザメを構う先生の隣にしゃがみ込んで、先生の横顔をじっと観察してたら、魚の切り身を食べさせられたところで、私が隣にいて見てるのに気づいて、なんだか照れた顔になった先生が、今までもあまり見れなかった表情。
「初めてです、サメに餌を食べさせたの」
「先生が喜んでくれてよかったです。一昨日獲れてたんですけど、今日まで大丈夫か分からなくて、事前には知らせてなくて」
「そうでしたか。今日まで元気でいてくれてよかった」
にこにことまたドチザメを見て。
しばらくして、先生とサメ太朗と縁側に戻って、ちょっと遠くから水槽を眺める。
「あのサメ、あのまま飼えるんでしょうか」
私が聞くと、うーん、と先生が頭をひねる。
「今は小さいですが、それなりに大きくなる種類ですし、何よりこの後ずっと僕が世話できるわけじゃないとなると、少ししたら放してもらった方が、とは思います」
「そっか」
「ちょっと残念ですけどね」
「今来てる間は、お構いしてあげてください」
「それはぜひ」
食い気味に返事をした先生が、サメ太朗の背中をぽんぽんとして、ふと笑う。
どしたの?って聞いたら
「ん?こいつがサメ太朗だとしたら、あのドチザメはサメ次朗かな、って」
「サメ太朗の弟分?」
「うん」
「安直なネーミングですね」
「サメにもカメにも太朗を雑につける百音さんに言われちゃあなぁ」
二年半会えなかったことなんてすっかり飛び越えたみたいな軽口を、サメが運んでくれたみたいで、先生も私も面白くてなって笑っちゃう。
サメ太朗もサメ次朗にもお礼を言わなくちゃ。
ありがとう、サメ太朗。
しばらくよろしくね、サメ次朗。