家主スガナミ にづくりほうこくお台所とかの荷造りもだいたいできましたね、って言いながら永浦さんとスガナミがお部屋に戻ってきたのは大して時間がかかんないぐらいだった。まぁ、スガナミはあんまりお料理しないしねー。大体なんかフケンコーそうな顔で、フケンコーなごはん食べてたもんね。
「それにしても、先生の冷蔵庫はなんにもないし、炊飯器は壊れてましたね」
永浦さんもあきれ顔だよー。
「登米通いがあるまでは、多少は何かしら買ってたけど、登米に行くようになってからは下手したら10日間ほぼ家にいない、とかあったから…」
スガナミの情けない顔に、永浦さんもしゃーない、って顔でくすって笑う。
「先生が一所懸命お仕事してるから、ですもんね」
「そういってもらえると。まぁ、さっきも言った通り、あれらは引っ越し業者に処分してもらいます。もともとお下がりの古いものだし、向こうに行ったらもう少しまともなものを整えますよ」
「おさがり?」
って首をかしげる永浦さんに、スガナミがベッドと本棚を指さした。
「この辺の家財一式、ここで下宿を始めるタイミングで東成海洋大学を卒業する従兄弟からおさがりでもらったんです。ほら、ちょっと川沿いに海の方に行くと古い帆船があるでしょう」
「あぁ、ありますね」
「なのであれこれガタもきてるし、ベッドもちょっと縦が窮屈だったりもしてるのでこの際デスクとチェア以外は処分します」
「あ、そだ、デスクも片付けなきゃですよ、先生」
永浦さんが指さす机は、まだなんかスガナミがあれこれしてていつものまんま!そりゃ永浦さん気になるよねー。
「そうですねぇ。とはいえ、書きかけの論文なんかはまだ進めたいし、これはギリギリでいいかなって…」
って言うスガナミを、永浦さんがめっ!って顔で見上げてる。わーい、しかられやんのー!
「先生、そう言ってたらほんっとギリギリになっちゃいますよ」
永浦さんがめっ!ってなってるのがかわいいもんだから、スガナミがほだされまくってるのがバレバレでおもしろい。
「…はい」
スガナミが頷いて、永浦さんがいそいそと段ボール箱を組み立てる。はいっ!って箱を渡されちゃって、はい、ってシンミョーに箱を受け取ってるスガナミがおもしろいねー。わかんなくなっちゃいけないから、って永浦さんはあんまり手出ししないみたい。でも、スガナミの邪魔にならない距離で、その作業をにこにこ見守ってる。これ、って永浦さんがデスクの上のご本を指さしたら、スガナミがなんだかてれくさそーな顔になった。
「予報士試験の本、ここに置いてるんだなーって」
「ずっと予復習してましたからね」
なんだかてれくさそーなスガナミを永浦さんがやっぱりニコニコ見上げてる。
「置いててくれたんですね、その後も」
もう、その永浦さんのニコニコにクリティカルヒットをくらったみたいなスガナミが、もー真っ赤になっててアカシュモクザメか!って感じ!
「私も、机のここに置いてます」
むこうでも置いてくれますか?なんて永浦さんが言うもんだから、スガナミはもう右手で口許かくしちゃって、あーもー!ばくはつしろ!
はい、ってスガナミがやっと言ったら、永浦さんも嬉しそう。
どれとどれが残ってたらお仕事だいじょぶですか?って永浦さんに言われながら、最低限の物だけ残してデスクの物を全部荷造ったみたい。うわー、すっきりしたねー。そんなにスガナミも散らかす方じゃないけど、それでもなんか片付いた感あるよね。確かにここまでは荷造りできましたね、って納得顔のスガナミが永浦さんにありがとうってお礼を言ってる。うん、そのへん律儀でいいやつだよね、スガナミ。
だいぶお日様も傾いてきて、ふーむって永浦さんがお部屋を見渡して、僕たちのいるサメ棚に目を止めた。
「あとはサメたち、ですかね?今日やります?」
え?…あ!そだ!そだよね、サメ棚もお引越しだ!
ん?…あ!僕は永浦さんちに預けられサメになるから、みんなとは別々なんだ!
僕が気づいたのと同時に、ジンベエくんとかみんなもそれに気づいて、みんなでざわざわサメサメする。
「えー、もう会えないのかなぁ」
「どうだろ、でもいつかスガナミと永浦さん一緒に住むんじゃない?」
「それにそれに、永浦さんが連れて来てくれるかもしれないよ」
「そーだそーだ!永浦さんにつれてってもらおう!」
「連れてってくれるかな?」
「サメの天使だし、連れてきてくれるよ!そしたらまたサメサメしよーね!」
「わー、でもさびちい…」
「ねー」
「ねー」
ざわざわサメサメしてたら、スガナミが「もうここまでやってしまったので、サメたちも梱包してしまいましょう」ってきっぱり頷いた。うわーん、永浦さんちの子になるのはうれしいけど、サメ棚のみんなとのお別れはさびちいなぁ。みんなでずーっとスガナミのこと見守ってたんだもん。いや、うん、これからは僕は永浦さんを見守る係なんだけどさ。それでもさびちい。
永浦さんがまた一つ段ボール箱を作って、スガナミがなんか白くってシャワシャワな紙をたくさん持ってきた。なんかシロトサカノリみたい!スガナミが、モケー君を手に取った。モケーくーん!ばいばーい!スガナミがモケー君を丁寧にくるんでくるんで、箱の中に入れた。そんで次にホオジロザメ(大)くん。大くーん!またねー!!
サメ棚のサメがいっぴきいっぴきくるまれてくのを見送ってると、やっぱり涙出そう。涙腺ないけど。あと半分、ってぐらいになったときに、永浦さんがそっと僕のことを抱っこしてくれた。スガナミも永浦さんが僕に触るのは何にもいわない。永浦さんは、僕の頭をぽんぽんってして「サメのお友達みんな入っちゃうのさびしいねぇ」って言ってくれて、えっ、ほんとマジでサメの天使すぎる。ながうらさーん!!
僕がひしっ!と心の胸ビレで永浦さんに抱き着いてたら、スガナミがなんかチベスナってる。なんだよー、僕は永浦さんちの子になるんだし、いいじゃーん。永浦さんは僕がセンサイなの分かってくれてるんだよー。なんたってサメの天使だから。
スガナミがジンベエくんを手に取った。ジンベエくんが涙ながらにまたね!って心の胸ビレ振ってるのに、僕も涙目でまたね!って心の胸ビレを振る。涙腺ないけど。スガナミの見守りはまかせて!ってジンベエくんよろしくね!がんば!がんばー!!
スガナミが、みんなを大切にたいせつにくるんで箱にそっといれてくのを、永浦さんと、永浦さんに抱っこされた僕が見届けて。最後に、大きい本棚の方にいたホホジロザメ(みんなでキャプテンって呼んでた)をひょいって下ろしてくるんでいれて、さらに箱の中にモフモフを一杯詰めたら、スガナミがぱたんって箱を閉じた。永浦さんが、僕をだっこしたまま、太い黒のペンで、箱の横っちょに『サメ』って書いて、ちっさいサメの絵も描いてくれた。すてき!
ペンをスガナミに私が永浦さんが、僕のことをぎゅって抱きしめてスガナミを見上げる。
「もう、ほとんど終わっちゃいましたね」
うん、お部屋の中はどの棚ももう空っぽで、段ボール箱がいっぱい。その中に、永浦さんと僕とスガナミがぽつん。引っ越し準備どーするんですか!って永浦さんもぷんすかしてたけど、いざお引越しの準備ができちゃうと、やっぱりなんだかさびしーよね。スガナミも永浦さんのその気持ちが分かるみたいで、うん、って頷いてる。
「後は組手什をバラしたり、掃除をしたり、ですかね。今日はお手伝い助かりました」
スガナミが、そっと優しい手つきで僕を永浦さんの腕の中から取り上げて、空っぽになったサメ棚に戻した。あー、みんながいないのがふしぎ!でも、他が空っぽの棚に、僕がぽんって座ったら、なんだか永浦さんがほっとした顔になった。そっか、僕が定位置にいたら、ちょっとだけ、まだそのままって感じがしたのかな。なんだよ、スガナミめ、永浦さんのこと分かりまくって!ばくはつしろ!
「お休みはあと二日、あるんですよね?」
「ええ。3月29日まで。3月30日は午前中に荷出しと諸々の手続きを病院で済ませて、午後に登米に向かいます」
「そっか」
「はい」
ちょこっと降りた沈黙に、二人のさびちいが凝縮された感じ。心の胸ビレがぱたぱたしちゃうよ。まだ二日、お休みあるんでしょ!
「あの、私は仕事休めないんですけど」
「もちろんです。あなたの大切なお仕事です。僕に合わせる必要はない」
「でも、先生がいいなら、仕事以外の時間は、ここに来ても、いいですか?」
永浦さんが、ちょっぴり赤くなりながら、一生懸命聞いてるのがとってもかわいくて、そんでスガナミもそう思ってて、耳が真っ赤。
「それは…もちろん、うれしいです。掃除とかはもう今日の夜と明日の午前中に済ませます。そうしたら、永浦さんの仕事終わりは一緒にいられます。どこかに出かけてもいいし」
スガナミの言葉に、ぱぁって表情が明るくなる永浦さんがまたかわいくて、そんでスガナミも以下略。
スガナミが立ち上がって、永浦さんの手を取った。永浦さんもそれに誘われて立ち上がって。
「今日は荷造り一緒にしてくれてありがとう。もう日も暮れそうだし、送ります。仕事に差し支えちゃいけない」
「はい」
永浦さんが頷いて、ちょっと俯いて、そんで
「あの」
「あの」
って二人の声がカブった。
「あ、先生、どうぞ」
「いえ、永浦さんから」
「あの、晩ご飯、一緒にたべたい、なって」
「僕もそのお誘いを、しようかと」
って、なんでまだそんなにモジモジしてるかなぁ!冬眠してたウバザメじゃあるまいしー。てか、ばくはつしろ!
じゃあ、行きますか、って言って、スガナミが永浦さんに上着を渡して。
永浦さんが、上着を着て、ふと僕を見た。やっほー!また明日、来てね!…ん?
上着を着た永浦さんが、僕のことをひょいって持ち上げてくれた。同じく上着を着たスガナミが不思議な顔してる。
「このサメちゃん、今、ひとりぼっちだから、一緒にお出かけ連れててってあげませんか?」
「あぁ、他のサメは全部荷造りしたから」
「ダメですか?」
って、永浦さんがサメ抱っこして、上目遣いでスガナミ見て、まぁそれでノーって言えるスガナミはスガナミじゃないよね。耳を真っ赤にしながら、確かここに…って言って、シャークタウンの紙袋を出してきた。わーい、もう、永浦さん、サメの天使オブ天使!大天使!
永浦さんが僕を紙袋に入れてくれたら、スガナミがひょいって僕をぶら下げた。二人と一匹でお外に出て、夕暮れの街をちょっと歩いたらもうすぐそこに大きな川があって。並んで歩いたら、なんだかあの始まりの日みたい!
スガナミと他のサメたちがお引越ししても、きっとずっと一緒だ、って感じがするね!