スガナミと僕の反省会「じゃあ、お昼には一回戻るので、一緒にお昼ご飯食べましょうね」
ってモネちゃんが仕事に行くのを居間で見送ったスガナミと僕が今いるのは、やっぱりサメ次朗の水槽の前。昨日、サメ次朗をお構いしすぎてモネちゃんをスネさせたスガナミだけど、今日はモネちゃんお仕事なもんだからすることなくて、またサメ次朗を構ってる。
モネちゃんも出際におじいちゃんからサメ次朗のご飯もらってくださいね、って言ってたぐらいだから、自分の不在中のサメ次朗三昧は織り込み済みなんだろうけどさ。昨日はモネちゃんご機嫌で帰ってきてたし、スガナミも楽しかった風だから、二人きりで楽しく過ごせたんだろうけど、ほんとスガナミちゃんとしてたのかなって心配になる。
エサやりも終えた菅波は、ひっくり返した木箱に座って、サメ次朗をぼんやり見てたかと思うと、なぁ、サメ太朗、って膝の上の僕に急に話しかけてきた。お、どした、どした。話聞くよ!
「おまえさん、ほんとにずっと、百音さんを支えててくれてたんだなぁ」
そーだよ、そーなのだよ。多分ねぇ、スガナミが思ってるのの三倍ぐらいは、モネちゃんのお手伝いしてたと思う。いや、転がってるだけっちゃだけなんだよ。だけど、ぶつり的にいることでできることってのもあってさ。
「アルトサックスの練習もずっと連れてってたんだ、って百音さん言ってた」
あ!あの丘に行ったんだ。昨日、モネちゃんがお部屋出る時にアルトサックスのケース持ってってたもんね。そっか、あそこでスガナミに演奏できたんだ、モネちゃん。よかったなぁ。
そーだよ。連れてってもらってたよ。だって聞かせるスガナミがいないんだもん。そしたら僕が聞くしかないじゃん。楽しそうに練習してたよ。でもね、アルトサックス持って行って出したけど、結局一回も吹かずに帰った日だってあったんだよ。モネちゃんはそんなことスガナミには言わないだろうけど。
はぁあ~とスガナミがため息をつきながら、前かがみにへたり込む。うあー。つぶれるー。平気だけど。どうしたよー。モネちゃんがこの2年半、ものすごーくがんばってたことなんて、スガナミだって知ってたはずだろー。スガナミががんばってたのも知ってるよ。モネちゃんがいっつも言ってたもん。二人とも頑張って、そんで今会えてんだからさぁ、元気出せよ。知らんけど。
「昨日の百音さん、ものすごくかわいかったんだよ」
うわ、おもむろにのろけだした。スガナミみたいだな、ってスガナミか。
「ここにいると、どうしても『モネ』なところがあるだろ、ご家族やお友達やご近所さんの前ではさ。それが昨日出かけた時は、すっかり『百音さん』でさ」
分かる。モネちゃんはどーにもおねーちゃんしがちなんだよねぇ。そうだよなー。登米のスガナミんちに行った時みたいなリラックスしきったモネちゃんの顔、そういえばずっと見てないよ、『モネ』を降ろしたモネちゃんの顔。やっぱりそうしてあげられるのもスガナミだけって話なんだよなー。うわぁ、やっぱのろけだー。まぁいいよ、聞いてやるよ。んで、だからどーしたって?
「かわいいし嬉しかったしさ。でもさぁ、だからってクソ度胸も出し過ぎなんだよ。どうしてやっと会えたのにキスだけなんですか、って言われてもさぁ」
おぉ、うなだれとる、うなだれとる。うなだれとけ!…てか、さすがモネちゃんのスガナミ破壊力。スガナミー、あんま気づいてないかもしれないけど、この2年半でモネちゃんめっちゃ強くなってるからな…。がんば…。
「ここ、ご実家だろ?このへん百音さんの地元だろ?どこぞに連れ込むわけにもいかないって。百音さんは、いいんだって言うけどさぁ」
ほんとクソ度胸あるよね、モネちゃん。マジ、スガナミがんばれ…?
「いや、俺だってできるならそうしたいよ?ったってさぁ…。先生はそうじゃないんですか、って、んなわけあるかよなぁ。そうやってふくれてる百音さんも結局かわいいんだけどさ。まぁ、人間、現金ではある。こうしてここにきて百音さんに会うまでは、顔が見れたらそれだけでいいって思ってたんだよ、心から。だけど、顔を見たらハグしたくなるし、ハグしたらキスだってしたいし、もっと触れてたいって欲は出るんだよ。出るよ、そりゃ。百音さんがそこにいてくれるんだから。どんだけ夢にまで見たかって話だよ。でもだからってなぁ…」
うなだれ度合いマックスで、もう頭と地面がこんにちはするんじゃないかってぐらいに折れてるスガナミのおなかに挟まれて、僕ももう息絶え絶えなんだけど。な、スガナミ、一回落ち着こ?ダダ漏れてる心の声は聞いたからさ。てか心の声長いな?
でもさー、ほんとモネちゃんの気持ちも考えたげて?2年半ぶりでさ、ちょっとでもスガナミを近くに感じたいんじゃん?そんで、それはお互いさまでもあるんだろ?じゃあ、スガナミがそこはなんとかしてあげよーよ。待っててくれたモネちゃんのためにさ、なんか考えようぜ。
考えんの得意だろー。考えるまえに動け案件かもしんないけどさー。どーしたらいいんだろうね。
いやー、スガナミも正念場が続くねぇ。とはいえ、そういう正念場続きになれるようになってよかったね、って話でもあるわけなんだし、な、がんばれ。
あー、もう、本当にかなわない、って笑ってるスガナミが、でもうれしそう。そうやって、一生モネちゃんの尻に敷かれてたらいいと思う。ほんと世話の焼けるやつだよ。な、一回切り替えてなんか考えろ?って折れ曲がったまんまのスガナミを見上げてたら、サメ次朗がパシャンと尾ビレで水を跳ねさせてスガナミがその音で顔を上げた。サメ次朗ナイス!さすが僕の弟分!
サメ次朗を眺めながら、僕の胸ビレを指先で小さくぱたぱたさせながらスガナミが何やらしばし考えてたら、モネちゃんが帰ってきた。やっぱりここにいた。お昼食べましょ、って笑うモネちゃんがかわいい。
そんなモネちゃんを眩しそうに見上げて、スガナミが口を開く。
「おかえりなさい。ねぇ、百音さん、僕の休みは来週の火曜まででしょ?月曜に仕事休めたら仙台で水族館デート、しませんか?」
「月曜…なら調整できます。仙台なら日帰り圏内ですし」
「いや、あの、もう仙台に泊まって、そこから東京に帰ろうかと」
って言いながら、おずおずと上目遣いのスガナミに、モネちゃんもやっとこ意図を理解したみたい。遠い!遠回しだよ、色々!スガナミー!
「それは、私も一緒に泊まれ…る?」
「そういう、つもりだけど…。あ、でも、やっぱりご両親の手前とか、考えることもあるだろうし、無理にとは言わない」
あー、もー、押してんだか引いてんだか分かんない!でもまぁ、これがスガナミらしさといえばらしさで。そんで、それがモネちゃんには大正解なんだよなー。ほら、うれしい時にお口をむぎゅむぎゅするモネちゃんのお顔、ものすごく久しぶりに見た!モネちゃんをこのお顔にできるの、悔しいけどスガナミだけなんだよなー。
「ううん、うれしいです。行きます、水族館デート」
見てよ、このモネちゃんの笑顔。そんでそれを見たスガナミのゆるっゆるの表情筋。ほんと、モネちゃんはスガナミじゃなきゃダメだし、スガナミはモネちゃんじゃなきゃダメなんだなぁ。足掛け何年見守ってきたことか。これからもちゃんと見守らないと、って心の胸ビレを思わず腕まくりしちゃうね。特に袖ないけど。
な、ふたりで仙台行っといで。
コージの晩酌のお相手はやっとくからさ。
まぁ、それを言い出すハードルはあるだろうけど、それはもうさ、がんばるしかないね。
僕はいつだって応援してるからさ。スガナミもモネちゃんも、がんばー!