3.5-2 零細フェノメノン!諸注意
モブによるモブへのいじめ描写があります。
初めに目に入ったのは、小さな小さな世界だった。
カウボーイの人形を先頭にダンボール箱から雪崩れ落ちた沢山のおもちゃを、様々な形状のおもちゃ達が迎える光景。現実離れしたこの空間に、監督生はこれが夢なのだとすぐに分かった。この夢の中では、おもちゃに意思が宿っているようだ。
そう考えている間にも場面は変わり、ピンク色の熊のぬいぐるみがおもちゃ達を案内する。その内容からここは幼稚園であり、おもちゃ達は持ち主の手を離れ、寄付された物だと分かった。
最後に見たのは、隣の教室に案内され、遊んで貰えると喜んでいるおもちゃ達の姿と穏やかな笑みを浮かべながら、元の教室へ戻る熊のぬいぐるみの姿だった。
※※※
監督生は目を覚ますと、いつものように伸びをしながら、今見た夢のことをぼんやり考えていた。ここ最近起きたことと関連付けようとしたが、いまいち思い当たることが無く、監督生はそれ以上考えるのは止めた。そうしているうちに、隣で寝ていたグリムも起き出してくる。
「ん~なぁ~……朝か。まだちょっと眠いんだゾ~」
グリムが猫らしい伸びをしている間に、監督生は制服に着替え、鞄の中身を確認すると、グリムのリボンを首に巻いてやる。魔法石の状態確認を終えると、監督生とグリムはゴースト達に挨拶をしつつ、オンボロ寮を出た。
鏡舎に行くと、エースとデュースが既に待っていた。いつものように挨拶をして、他愛ない雑談をする。
「はぁ~、今日朝から魔法史だよ。ただでさえ眠ぃのに……ふぁあ~」
「寒くなってきたから、尚更だな」
「むぅ~、オレ様、今度こそ寝るまでの時間を伸ばしたいんだゾ~」
「お前、いつもそう言って五分で寝てるじゃん」
「エースに言われたくねぇんだゾ!」
「オレは要点だけ聞いてメモってるから、大丈夫なんですー」
「その割に私より補習多いよね」
「うぐぅ……監督生に言われると何も言えねぇ」
そんな調子で教室に向かい、軽口を叩き合いつつ、欠伸を噛み殺しつつ、何とか午前の授業を乗り切った。今日も例に漏れず、エースがグリムを挑発して教室の半分を燃やしたことで二人は放課後、反省文を書くことになっている。
トレーをそれぞれ一枚取って、料理を皿に盛り付けながら、デュースが口を開いた。
「エースは僕のことをバカとか言うけど、お前だって同じようなもんじゃないか。毎日のように教室燃やしてる生徒なんてお前達くらいだろ」
「お前だって、実践魔法の授業で壁に穴開けたじゃん。オレらと同じ反省文って聞きましたけどー?」
「二人とも、ちゃんと反省文書いてね。その間に私は帰るけど」
「えぇ~? 監督生、ひっでぇ~。親友置いてくとかないわ~」
「自分が悪いんでしょ。ちゃんとやらないとダメだよ」
「へいへーい」
「うぅ……そう、だな」
「むぅ~、子分は相変わらず厳しいんだゾ」
「あ、いたいた。エースちゃん、デュースちゃん。グリちゃんと監督生ちゃんも。まだ席決めてない?」
背後からよく知った声が聞こえて、監督生達は振り返る。そこには、ハーツラビュル寮所属の生徒ケイト・ダイヤモンドがいた。手には食事を乗せたトレーを持っている。いつもは一年生だけで食事を摂っているので、この先輩が誘ってくるのは少し珍しい。
「ケイト先輩、どうしたんですか?」
「いやね、たまには一緒にお茶しないかなーって思って」
「わっかりましたー。取ったら行こうぜ、デュース、グリム、監督生」
一瞬、何か思い付いたような顔をしたエースだが、デュース達はその表情に気付かなかった。粗方、目当ての料理を取って、ケイトについて行くと、辿り着いたテーブルにはトレイとリドルの姿もあった。予想外の顔ぶれにエースが「げっ」と声を上げる。
「随分な挨拶だね、エース。もう既に、君がグリムと一緒に教室を燃やしたことは知っているよ。デュースの壁に穴を開けた件もね。でも、今日は別の話があって一緒に食事をと思ってね」
「話が行くのが早い……」
「やっぱ、寮長、知ってた……って別の話?」
「ああ。お前達に教えておこうと思ってな」
席につくようにトレイに促され、監督生達は素直に従う。全員席について話を聞く態勢が出来上がると、トレイが切り出した。
「大きな声じゃ言えないんだが、最近、オクタヴィネル……アズールの良くない噂が流れていてな」
「アーシェングロット先輩の?」
「悪い噂って、元々あんまり良い話聞いたことないんですけど」
エースの茶々に苦笑いを浮かべるトレイだが、「まぁまぁ」と宥める。
「これは先輩としての忠告だが、暫くの間、オクタヴィネルとはあまり関わらない方が良いぞ」
「噂って、具体的にどんな話なんですか?」
監督生の質問に、今度はケイトが答える。
「それなんだけどねぇ、あくまでも噂だよ? 実際に現場を見たっていう子もいるみたいだけど、オレ達は現場を見た訳じゃないから、真偽の程は分からないよ。でも、なんでも、アズール君が見境無く契約を迫ってくるって噂。ポイントカードの話しても、「関係無い」って感じらしいよ」
ケイトの話をリドルが引き継ぐ。
「その時に契約を結んだ生徒が契約を履行しても、不履行だったとしても、アズール本人に話をすると「知らない」の一点張りだそうだよ」
「だから、アズールの信用は今、益々下がってる。その影響か、ここ最近はオクタヴィネル寮生が避けられてるみたいだ」
「このままの状態が続けば、いじめに発展するかもしれない。それを危惧して、君達にも知らせておこうと思ったんだよ。うちの寮生が巻き込まれて怪我をしたり、嫌がらせをされたりするのは全く不本意だからね。何より、秩序が乱れる」
噂がこれ以上悪化しなければいいけどと心配しているトレイとリドルに、監督生達も不安を煽られる。
「じゃあ、暫くはモストロ・ラウンジに行くのも止めておこうか」
「むむ~、仕方ねぇか。面倒に巻き込まれるのは嫌なんだゾ」
「はぁ……じゃあ、暫くテストは自力で何とかするしかないか」
肩を落とすエースに、すかさずリドルの厳しい声が飛ぶ。
「テストは本来、自分の力で取り組むものだよ。それより、エース、デュース。忠告も済んだことだし、放課後、反省文をしっかり書くように。サボリは許さないよ」
「うぅ~……」
ほぼ同時に同じように呻く二人に、監督生が密かに笑いを零す。もう一度、リドルの声が鋭く飛んでくる。
「返事は?」
「はい、寮長」
「よろしい。そういうことだから、監督生とグリムも気を付けるんだよ」
「はい、わざわざありがとうございます。リドル先輩」
「エース達と違って、オレ様は大丈夫なんだゾ」
「どこがだよ、トラブルメーカー第一号のくせに」
いつものようにまた始まったエースとグリムの言い合いに、とうとうリドルの雷が落ちた。
午後になり、食後最初の授業は、魔法薬学の実験科目だった。エースとデュースは首輪に気を付けながら、実験着に着替えて実験室に入ると、いつものようにクルーウェルによる説明が始まる。しかし、その時、エースと監督生はいつもと違う雰囲気を察知した。彼らの少し後ろの方でサバナクロー寮生二人がこそこそと何か話している。
「なぁ、あれ……」
「ああ」
ここからでは何を話しているのか、聞こえないが、何か良くないものを二人は感じ取った。しかし、何も起こっていないうちに首を突っ込む気にはなれない。第一、リドルから関わるなと言われている。それでも、二人は何となくオクタヴィネルが関係しているのだと思った。
「では、各ペアに分かれてやってみろ」
クルーウェルの説明が終わり、実技に移る。その際、さきほどこそこそと話していたサバナクローの二人は、それぞれオクタヴィネル寮生をパートナーにして離れて行った。意外な行動に、監督生は先程の嫌な予感は気のせいだったのかと安堵した。しかし、パートナーのエースは未だ渋い顔をしている。
「何事も無さそうで良かったね」
小声でそう告げると、エースは困惑の表情を浮かべた。
「いや、後でもう一回見てみなよ。監督生」
エースには何か心当たりがあるのか、晴れない表情に監督生も不安を覚えたが、授業に集中しようと、もう一度手順と材料の確認作業に入る。エースには「オレが覚えてるから大丈夫だって」と言われたが、前にも同じことを言われて鵜呑みにした結果、反省文を書くことになってしまったので、監督生は「念の為」と言って確認する。
結果は三番目に早く成功した。成功してからは時間が空いてしまったので、エースは隣のデュースの鍋を覗き込んで茶々を入れている。その間、監督生はさり気なく先程のサバナクロー寮生の動きに注目した。
「おい、子分。何かあっても、首突っ込んだりすんなよ。リドルにも言われただろ」
「うん……でも、何か気になっちゃって」
「オマエはほんとにお人好しだなぁ。……オレ様を巻き込むんじゃねぇんだゾ」
「大丈夫だよ、見てるだけだから」
言い終わった瞬間、件のサバナクロー生とオクタヴィネル生の鍋が爆発した。
「おい、仔犬! 何をしている!」
すかさず飛んできたクルーウェルに狼狽えながらも、オクタヴィネル寮生は弁解しようとしたが、それより早くサバナクロー寮生が、まるで「待ってました」とばかりに間に入って口を開く。
「ちがーー」
「違うんです、先生!」
ほっと安堵した表情を浮かべる自分のパートナーを、そいつはいとも簡単に裏切った。
「オレは止めたんです! 少しで良いって。でも、こいつが「早く終わらせたいから多く入れよう」って、無理矢理……!」
ショックを隠しきれないまま、オクタヴィネル生も弁明を述べる。
「ちがっ……違います! それは僕が言ってーー」
「シャラップ! 無駄吠えをするな、駄犬! 見たところ、まだ調整次第で薬は作れる。次同じことをしたら、きつい躾をする。肝に銘じておけ」
鍋の状態を見てクルーウェルが何種類かの材料を入れると、ぼこぼこと沸騰はしたが、次第に水面は落ち着き、安定したようだった。
「すみません! 気を付けます、先生」
「僕じゃ……ないのに」
肩を落とすオクタヴィネル寮生の呟きが、監督生にはやけに大きく聞こえた。
「あーあ。ほら、言った通りだったでしょ」
いつの間にかデュースをからかうのを止めたエースが、隣に立って眺めていた。その表情は険しい。グリムも見ていただけだったが、腹を立てていた。
「やり方がむちゃくちゃ卑怯なんだゾ」
「サバナクローって、ああいう狡賢い方法はいくらでも思い付くってイメージ。ま、これからああいうの増えると思うけど、関わらないのが吉ってね。監督生も首突っ込んだりするなよ。巻き込まれても助けてやんねーからな」
憎まれ口を叩くエースだが、監督生は一つだけ確信を持っている。
「うん、その時は頼りにしてるね。エース」
「お前、話聞いてた?」
「そう言っていつも助けてくれるから」
魔法石を探しに一緒に行ったあの時から、エースとデュース、グリムは信頼の置ける友人達だ。なんだかんだ言って見捨てないでいてくれると、監督生は確信している。そういう意味を込めて返したのだと分かると、エースはふいとそっぽを向いた。
「そ……そっ! 頼りにされてるみたいで、まぁ? 良かったっていうかぁ? 大船に乗ったつもりでいてくれたって良いっていうか? いやぁ、お前にそこまで頼られてると思うと、ちょっと恥ずかしいかなぁって……監督生、聞いてる?」
エースが照れくさそうに頬を掻きながら、つらつらと言い訳らしく述べている間、監督生はもう一人のサバナクロー生の方を見つめていた。エースに呼びかけられて慌ててそちらへ振り返る。
「え? ああ、うん。聞いてる聞いてる」
「ふぅ~ん? 今度は何見てたの?」
「えっと、あそこのペアなんだけど……」
一見、上手くいったように見えるペアだが、二人が予想している通り、実験結果をクルーウェルに評価されている時にそれは起こった。
「なんだ? これは」
鍋の中から出てきたらしい物にクルーウェルは眉を顰める。彼の魔法で浮遊しているそれはよく見ると、紙の束のようだった。それを当事者の二人はまじまじと見つめ、やがてサバナクロー寮生がさっと表情を変えた。
「あぁーーーーーー! それ、俺のノート! なんで!? いつの間に!?」
見ようによってはわざとらしい反応だったが、監督生達は肝心な部分を見ていない。彼が本当に自分のパートナーを陥れるためだけに自分のノートを入れたのか、確証が何も無い。しかし、彼のパートナーの反応を見る限り、陥れられた可能性が高いことが窺える。
「えっ!? そんな、なんで……。なんでノートなんて……」
「てめぇがやったんだろ! 他人のノートを勝手に鍋に入れるとか、頭おかしいんじゃねぇのか!!」
容赦なく胸倉を掴んでくるサバナクロー生に狼狽えながらも、オクタヴィネル生は反論する。
「ち、違う! 誤解だ! そんなことしてない!」
「ステイ! 暴力は許可していないぞ、駄犬! 離れろ!」
指揮棒を隣にいた生徒に渡し、二人の間に割って入るクルーウェル。両手で二人の胸を押し、無理矢理距離を取らせると、サバナクロー生が吐き捨てるように言い放った。
「ちっ。これだから、オクタヴィネルは」
その一言は、よくある寮間の対抗心からきているものと思うが、生徒達だけは別の意味が含まれているとはっきり分かった。明らかに、最近のアズールの噂を根拠に敵視している響きだった。
「おい、仔犬。予備のノートはあるか? 無ければ俺が用意してやろう。放課後、今までの授業内容を叩き込んでやるから、職員室に来い。それで良いだろう?」
「……っ。分かりました」
サバナクロー生はまだ納得のいっていない様子だったが、クルーウェルのサポートに、取り敢えず、この場は収めることにしたらしい。ぎろりと彼に睨まれたオクタヴィネル生は、気の毒な程にばつが悪そうな表情を浮かべている。そんな彼にクルーウェルは「今回は厳重注意だけで済ます」と言い渡す。
「だが、次にやったら反省文に加えて、ご両親に報告させてもらうぞ。今後一切、こんな悪質な嫌がらせは止めろ」
「…………はい」
自分じゃない。彼の表情はまざまざとそう物語っていたが、クルーウェルはその顔から反省の色が無いと見たらしく、「反省文を書いてもらってもいいが?」と念を押す。それを受けて、彼は慌てて居住まいを正し、納得のいかない答えを無理矢理飲み込むしかなかった。
先程の一件もあり、実験室はすっかり居心地の悪い空気が流れている。自然と監督生達の声も小さくなる。
「なんか、居心地悪いね」
「そりゃあねぇ。はぁ……暫くこんな空気に晒されるのかと思うと、気が滅入るわ」
「うん……」
「気分悪いんだゾ」
曇った表情で返事をする監督生とグリムに、エースも溜め息を吐く。その背後で「やっとできた!」というデュースの元気な声が響いた。