3.5-7 妨害バスケ!「じゃあ、今後はそいつを警戒して行動しよっか」
フロイドの言葉に、一同は了解したという意味で頷いた。彼とアズールがそう考えたのだから、間違ってはいないのだろう。それを見ると、続けてフロイドは今後の指示を出す。
「アズールが言ってたけど、オレとカニちゃん、場合によっては小エビちゃんは部活の合間に黄色いヒオウギちゃんに訊けるだけ訊いて情報を引き出す。他のヒオウギちゃんにバレないようにね」
「了解っす」
「俺らは何をしたら良いですか?」
「ウニちゃん達はさっき言った奴の動きに注意して、今まで通りにしてて。今はまだ確信が持てねぇから監視だけ」
「うっす」
「分かりました」
監視なんて今までやったことが無いが、できるだけ頑張ってみようと張り切る監督生に、デュースが同じような不安を口にする。
「でも、監視なんてやったこと無いから、どうすればいいのか……」
「いつも通りにしてればいいんだよ。ただちょっとだけ要注意の人に意識を向けるようにしてれば、大丈夫かな。多分ね」
「うんうん。小エビちゃん達ならやってくれるよね?」
「うっす。頑張ります!」
デュースの不安が少し払拭されたところで、フロイドは「先に帰るねぇ~」と言い、監督生達はもう少し時間が経ってから帰るように言って、去って行く。その後ろ姿が豆粒程になってからデュースがぽつりと零す。
「リーチ先輩って、なんかこういうの手慣れてる感あるな」
「取り立てとかやってるからじゃないの? オレらも帰ろ-。ティーノには明日訊いとくし。あ、監督生。必要な時は呼びに行くから、なるべく分かりやすいとこにいろよ」
「分かりやすいところって、そんな無茶な。エースとフロイド先輩、明日部活行くんでしょ? だったら、小一時間くらいした後、体育館行くよ」
「おー、頼むわ。そっちの方が助かる」
「じゃあ、僕達はその間、監視だな」
「やるだけやってみるか。バレてもフロイド先輩が何とかするって言ってたしな」
「腕が鳴るんだゾ! 明日はティーノをとっ捕まえて犯人を聞き出してやる!」
「犯人に行き着くかは分かんないけどね。そんじゃあ、お疲れ~」
エースの言葉を解散の合図とし、一同はコロシアムを後にした。
※※※
翌日、エースとフロイドは久しぶりに部活に顔を出した。フロイドはともかく、エースが休むのは珍しいと周りの生徒にからかわれたりしたが、彼は持ち前の愛嬌とノリの軽さで軽くあしらいながら、ティーノの様子を観察した。
三つ子はいつものように練習に励んでいるようだったが、昨日のこともあってか、何となくこちらを警戒しているらしいことは視線や所作で分かる。それはフロイドも分かっているらしく、ちらりとエースがフロイドを一瞥すると、彼は含みのある笑みを返す。後から監督生と合流するが、それまでに何らかの情報を聞き出せれば、御の字だ。まずは少しでも彼らの警戒を解くため、エースはフロイドに任せることにした。
「ヒオウギちゃん達、お疲れ~。ねぇねぇ、この前、ウミヘビ君に教わったやつ、出来るようになったんだぁ~。見たい? 見せてあげよっか?」
ふらりとやって来たフロイドに、初めは警戒していた彼らだったが、昨日のことを全く話題に出さない彼に、少しだけ警戒が解けたようだった。
「お、お疲れ様です。フロイド先輩」
「あ、もしかして、前やってたブレイクダンスですか? 見たい見たーい!」
「……お疲れっす」
「紫ヒオウギちゃん、ノリ良いねぇ~。良いよぉ、見せたげる。まずは三点倒立してぇ~……」
言いながら床に手と頭を付け、勢い良く両足を直立させるフロイド。その姿を見たジャミルは「またか」と頭を抱えた。
「よっ」
体幹を軸に手を付きつつ、回り始めるフロイド。その光景を間近で見ながら、三つ子はそれぞれ感嘆の声を上げた。
「うぉー! すげぇ! フロイド先輩!」
「凄いですね」
「……すげぇ」
「うわぁ。191㎝が回ってんの、エグ」
思わず、エースもそう口走ってしまうくらいには、フロイドのブレイクダンスはダイナミックで迫力があった。以前、行ったアドバイスの通りに踊れているフロイドを見て、どことなくジャミルは得意気に見えた。ダンスのソウルを宿している彼としては、まずまずの出来らしい。
「フロイドせんぱーい、ちゃんと部活やりましょうよー」
いつも通りの気まぐれなフロイドに調子を合わせ、エースもいつも通りを心がけて声を掛ける。しかし、逆立ちを止めたフロイドはこれまたいつも通りに、不満を露わにして断った。
「えー、やだ。もう飽きたからやんね~」
「飽きたって、まだ今日、何もやってないじゃないすか」
「そうだ、フロイド。たまには真面目に練習しろ」
「いや、さっきまであんなドヤ顔してた人に言われたくないだろ」と思ったエースだったが、流石にそれをジャミル本人の前で口にできる程の度胸も無ければ、勇気も無い。ついでに馬鹿でもない。その言葉をごくりと飲み込んで、「そうっすよ」と同意した。後で、監督生に褒めて貰おうと彼は思う。
「んじゃあさぁ、ウミヘビくんもやってよ。一緒にやろぉ~」
「断る。真面目に練習しろよ」
「え~……あ、もしかしてぇ、ウミヘビくん。オレの方が上手いから、後からやりたくないんだぁ~? ごめんねぇ? 無理言っちゃって」
にやにや笑いを浮かべて分かりやすい挑発をするフロイドに、ジャミルは深い溜め息を吐いた。今の安すぎる挑発に呆れるのも分かる、とエースは内心で頷いた。
「全く。そんな安い挑発をするなんて、お前らしくないな、フロイド。……まぁ、できないとは言ってないがな」
言いながらジャミルは手に持っていたバスケットボールを傍らに置いて、両足で勢い良く反動を付けながら、床に頭と両腕を付けて回転して見せる。最早プロの動きだったが、それよりもエースはこうも簡単に挑発に乗ってしまった先輩に、複雑な感情を抱いていた。
「いや、踊っちゃうの!? ジャミル先輩、チョロ過ぎない!?」
「え~、すげぇ。そっから回るの? オレ、まだそれはできないからなぁ~」
「すげぇ! ジャミル先輩、最早プロのダンサーじゃないですか!」
近づこうとしたルキーノの体操着の裾を、ピーノが慌てて掴んで留める。
「だ、ダメだよ、ルキーノ。ぶつかったりしたら、危ないから」
「分かった分かった。伸びるから掴むなよ、ピーノ」
「陸のダンス、すげぇ」
ティーノとルキーノはきらきらと瞳を輝かせて、ジャミルのダンスに見入っている。標的はティーノなだけに、「これはまずったな」とエースは思った。仮に二人よりはまだ冷静なピーノを引っ張ったとしても、融通が利かないと紹介されるくらいだ。簡単には口を割らないだろう。正直、ここまでで自分は何もしていない。これ以上、他の先輩に頼るのも嫌だし、第一、不自然だ。どうしたものかとエースが考えているところに、よく知った声が届いた。
「こんにちはー。すみませーん、エース・トラッポラはいますかー?」
「邪魔するんだゾ-」
フロイドとジャミルのダンス披露会をやっているうちに、小一時間も過ぎていたらしい。監督生とグリムが、プリントを片手に体育館に入って来た。それを認めると、エースは声を掛けて手招きする。
「エース。これ、机に置きっ放しだったよ」
「あー、悪い悪い。忘れてたわ」
エースがプリントを忘れたというのは、もちろんわざとだったが、監督生が来るまでには何かしら情報を掴んでいると思っていただけに、決まりが悪い。差し出されたプリントを受け取ろうと、手を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。驚く彼女とグリムに構わず、エースは即席で作った言い訳を口にした。
「あのさ、プリントは後でいいから、フロイド先輩とジャミル先輩止めるの手伝ってよ」
意味ありげなエースの視線で察した監督生は、「しょうがないなぁ」と言って、彼について行った。エースに付いて行くと、そこには笑いながらまた別のダンスに挑戦しているフロイドとジャミルがいた。
「……先輩方は何してるの?」
「ダンスしてる」
「それは見れば分かるんだゾ。お前ら、全然仕事してねぇじゃねぇか」
「あ、ばっか、お前。ここで言うなって」
エースの制止の声も無視して、グリムはティーノに近づき、啖呵を切るように声を張り上げた。
「やい、ティーノ! オクタヴィネルの問題について何か知ってんだろ! いい加減、白状するんだゾ!」
グリムのその一言で、辺りは水を打ったように静まった。今までこちらに関心の無かった他生徒達まで無言になり、こちらを見ている。頭を抱えるエースと監督生、ジャミル。「余計なことを」と言いたげな表情のフロイド。肝心の三つ子はというと、最初の頃と同じように明らかにこちらを警戒した目つきになり、黙りこくっている。今にも体操着のペン入れに差しているマジカルペンに手を伸ばしてもおかしくない、非常にまずい状況だった。
最初に動いたのはルキーノだった。徐にグリムの目の前まで来て見下ろす。さっきまできらきらと輝いていた瞳は、今や細く眇められ、苛立ちを露わにしていた。
「なに? ティーノに用事?」
「そうなんだゾ。さ、早く知ってること全部話すんだゾ」
「あのさ、昨日知らないって言ったよね? オレ達」
「でも、昨日、そいつが何か知ってる風にしてたんだゾ。オレ様は見逃さねぇからな!」
「それは昨日、監督生が言ってたことだろ」とエースが呟く。そんな彼にはお構いなしに、グリムは「へへん」と得意気にしている。ルキーノはティーノの方へゆっくり振り向き、わざとらしく語尾を伸ばして問うた。
「へぇ~、そうなんだぁ。そうなの? ティーノ。何か、知ってるの? オレにも教えて欲しいなぁ~」
「……」
ルキーノの問いにもティーノは答えず、ただ黙って立っていた。その態度に苛立ったルキーノが足早に近づき、その肩を掴む。
「黙ってないで何とか言えよ。何か知ってるのかって訊いてんだろ」
「おれは、何も……」
ふいと顔を逸らすティーノに、満足そうに微笑んだルキーノがグリムに向き直る。
「ほら、ティーノは何も知らないって。君達の勘違いじゃないの?」
あまりにも白々しすぎる態度に、グリムの怒りを助長する。流石に他人を馬鹿にしている。
「嘘だ! オマエ、今ティーノを脅したんだゾ!」
それまでにこにこと白々しくも誤魔化そうと笑んでいたルキーノの顔から、笑みが消えた。
「は? 何を証拠に言ってんの? っていうか、この話、昨日で終わったよね? しつこいんだよなぁ。何にも知らないって言ってるじゃん。なに? まさかオレらがやったって、疑ってんの?」
ルキーノの豹変した態度にも驚いたが、それより一気に不利な状況に陥ってしまったと監督生達は痛感した。こちらが三つ子を疑っていると分かれば、ますます警戒され、話を聞けなくなる。しかし、それをいとも容易く、彼が逆転させてしまった。
「べっつにぃ~。疑ってなんかねぇよ? 昨日、何か知らない? って訊いた時、黄色ヒオウギちゃんが何か言いたそうにしてたからぁ。何かあんのかなぁ~? って思っただけ。それよりさぁ、紫ヒオウギちゃん。そっちこそ何か疚しいことでもあんの? 急に焦っちゃったりしてさぁ~?」
いつの間にか近寄って来ていたフロイドは、グリムをひょいと抱き上げて同意を求めるように目線を合わせ、「ねぇ~?」と小首を傾げる。フロイドの意見にルキーノはぐっと押し黙り、グリムは「そうだ、そうだ」と囃し立てた。
「嘘吐きは、訊いてもいないことをべらべら喋るんだよねぇ~」
「疚しいことがあるからな!」
「……先輩ともあろう人が後輩を嘘吐き呼ばわりって、最低ですね」
「もういいよ、ルキーノ。すみませんでした、フロイド先輩。ルキーノの態度が悪くて……。この話は後日、改めて――」
「今じゃなきゃ、やだ。ねぇ、もう飽きたからもっかい訊くけど、何か知ってんだろ? さっさと吐けよ」
グリムを監督生の方へ投げて、フロイドは三つ子に迫る。後方でグリムが何か騒いでいるが、彼らの耳には入ってこない。両手をポケットに入れて後輩に迫るフロイドの姿は、常日頃、目撃されている取り立て屋のそれだった。しかし、ピーノも退かなかった。
「いえ、ですから、そのお話はまた別の機会に……」
「今度も何も無いでしょ。疚しいことが無ければ、今話せるよな?」
痺れを切らしたフロイドがティーノに近づこうと、一歩踏み出した。もう誤魔化しきれないと思ったのか、ピーノはティーノを後方に押しやり、ルキーノと共にフロイドの前に立ちはだかる。その様を見て、フロイドが条件を持ちかけた。
「あ、良いこと思い付いた。じゃあさ、バスケで勝負しよーよ。そっちはヒオウギちゃん達三人。こっちはオレとカニちゃんとウミヘビくんの三人。ヒオウギちゃん達が勝ったら、何も聞かなかったことにするし、オレらが勝ったら、素直に知ってること全部話す。で、どう?」
「おい、オレを巻き込むな。やるなんて言ってないぞ」
フロイドの提案に抗議するジャミルだが、提案した本人はどこ吹く風で、全く意に介していない。彼の提案に、ピーノとルキーノはぶんぶんと首を左右に振った。
「そ、そんなの、先輩達の勝ちが決まっているようなものでしょう! 取引にすらならない!」
「え~、そう? さっきも言ったけど、オレぇ、今日すっげぇやる気無いんだよね~。もうヒオウギちゃんみたいな小っちゃいの、捕まえられそうにないくらい。マジ、ダル過ぎて無理。っていう状態だから、ちょっとは勝機あんじゃない?」
「試しにゴールに投げてみよっか?」と言って、フロイドはドリブルしながらバスケットゴールに近づき、ゴールもボールも見もしないで適当に投げた。当然、本当に適当に投げられたボールがゴールに入ることは無く、それどころか掠りもしないであらぬ方向に弧を描いていく。その様を欠伸をしながら見つめていたかと思うと、フロイドは踊るようにこちらへ振り返り、「ほらねぇ~」と言う。それを見ていたジャミルが呆れた溜め息を吐いて、「これはやるしかないか」と呟いた。
「すみません、ジャミル先輩」
「君のせいじゃないだろう、監督生。これは一つ貸しだな。それにこの際、フロイドがちゃんと部活をやるなら、もう何でもいい」
半ば自棄になるジャミルに驚きと苦笑を送って、監督生は聞かなかったことにした。勝負と聞いて、血気盛んな年頃のエースもやる気は十分あるらしく、監督生を追い越してコートに入る。
「面白そうじゃないっすか。もちろん、やるよな? お前ら。それとも、怖いの? 負けるから?」
「は? 負ける訳無いじゃん。寝言は寝て言えよ」
「ちょっと、ルキーノ!?」
エースのシンプルな挑発に、喧嘩っ早いルキーノが釣れた。まだ勝負に乗って来ないピーノも引きずり出してやろうと、エースは更に煽った。
「あー、そっかぁ。そうだよねぇ、弟がボロ負けするとことか見たくないよねー。分かるわー。オレにも兄貴いるから、気持ち分かる。うん、弟が無様に負けるところとか、見たくないよねー」
「……してください」
今まで黙って聞いていたピーノは、唐突にぼそりと呟く。しかし、彼と少し距離がある位置に立っているエース達には聞こえない。
「ん? なーに?」
「撤回してください。誰の弟が無様に負けるって?」
拳を握り締め、エースを睨むピーノの目は、先程とはまるで別人のように鋭い。エースは内心、オクタヴィネルに恐怖を覚えながらも、挑発に成功したと確信する。元々ティーノは何か話したそうだったが、兄弟達の手前、話しにくいことだと予想できたので、この二人が乗ってくれば、自然と彼も参加せざるを得ない。
「やるぞ、ティーノ」
「やりますよ、ティーノ」
「はぁ……分かった」
分かりやすい挑発に乗ってしまった兄弟達に溜め息を吐きつつ、ティーノも並んで前に出た。練習試合が始まると聞いて、周りの生徒達は彼らにコートを譲る。というよりは、どっちが勝つか、明日の昼食代を賭けているようだ。フロイドチームはジャミルがいるお陰か、それとも、いくらやる気が無いフロイドでも、一年生相手に負けるとは思われていないのか。圧倒的に票が多く、皆期待しているようだ。三つ子は殆どアウェーだと言ってもいい状況で、監督生は内心、彼らを少し哀れに思った。
「改めて、条件を確認します。通常の試合を三人ずつのルール。先輩チームが勝った場合は、僕らの知っていることを話します。僕らが勝った場合は何も聞かなかったことにして頂ける。それで、良いですね?」
「オッケェ~」
「ああ、良いぞ。事情はよく知らないが」
「オッケー。それで良いわ」
確認のためピーノが条件を提示し、お互い確認が終わると、エースは背後の監督生を振り返って言い放った。
「なんか良い感じの指示、よろしく!」
「アバウト過ぎるよ!」
「良いねぇ、それ。負けたら、小エビちゃんのせいにしよ」
悪乗りするフロイドに、監督生は困惑するばかりで、反論する暇も無いまま試合が始まってしまった。コートの中央にティーノとフロイドが向かい合わせで並ぶ。そのあまりの身長差にグリムが可笑しそうに笑い、監督生に窘められる。
「あいつら、身長が違いすぎて大人と子供みたいなんだゾ」
「こら、そういうこと言わないの」
「フロイドせんぱーい、せめてジャンプボールくらいは取ってくださいよー」
「ん~、多分、頑張るかもぉ~」
エースとフロイドがそんなやり取りをしているうちに、審判役の生徒がボールを二人の真上に投げ上げた。少しタイミングが遅れたフロイドが「あ、やべ」と零した時、彼の頭上近くにボールが来た。叩こうとフロイドが手を振り上げたその瞬間、影ができた。
見ると、ティーノがフロイドに覆い被さろうとするかのように跳躍し、彼より先にボールを叩いた。その場にいる全員が驚いているうちに、ティーノが弾いたボールをルキーノが受け取り、そのまま姿勢を低くしてゴールへ向かう。
「え~、すげぇじゃん。黄色ヒオウギちゃん」
「いや、感心してないで追ってくださいよ! 先輩!」
「カニちゃん、さっきから指示ばっかうるせぇ~。今日やる気無ぇって言ってんじゃん」
その言葉の通り、フロイドは冷めた表情で棒立ちになっている。早々に見切りを付けたエースは「ああもう!」と言い、先にボールを奪いに行ったジャミルに合流しようと走り出す。三つ子はその身体の小ささを上手く利用して、なかなかボールに触らせない。ボールはルキーノからピーノへ渡っていたが、ピーノにジャミルが、ルキーノにエースが張り付くと、その時を待っていたかのようにティーノへボールが渡り、あっさりゴールされてしまう。
その後も続けて二回もゴールされてしまい、走り疲れたエースが膝に手を付く。三つ子の動きが素早く、監督生も指示する暇が無い。
「だぁー! なんだよ、あいつらのあの動き! 今まであんな動きしたことねーだろ!」
「あいつら、普段の試合じゃサポートにしか回らないからな。まさか、ここまでとは……。エース、こうなったらフロイドのやる気を引き出すしかない。何とかあいつの興味を惹くようなことを起こすしか……」
「いや、簡単に言いますけど、試合中じゃほぼ無理っすよ」
またしてもピーノにボールが渡り、そのままドリブルするかと思われた。が、ピーノはそこから投げた。その速度からパスではないと分かる。しかし、入る訳が無い。全く反対側から投げたのだ。そう高を括ったエースだったが、がこんっという音と共に、ゴールの口を数回回転させてボールは落ちた。
「……は?」
「ひゅー! さっすが、ピーノ! 優等生振りが光ってるぅ~!」
ロングシュートを決めたピーノに、ルキーノが飛び付く。そこでエースは昨日、ジョットが言っていたことを思い出した。二枚貝の人魚は腕力・脚力が常人より強いと。強いどころの話ではない。調子の良い時のフロイドも大概だが、彼ら三つ子はフロイドと違って、気分に左右されるような性格ではないのだろう。安定してあのシュートが出せるとあっては、これ以上、ゴールされる訳にはいかない。
「何がちょっと強いだ、ジョット先輩のやつ~!」
また嘘を吐かれたのか、それとも人魚の認識と人間の認識の差で、ジョット本人としては本当にちょっとのつもりで言っていたのかもしれない。試合中では確かめる術も無く、今はどうやってあの化け物じみた三つ子の動きを止めようかと考えていた。
「何今の~! オレもやりたぁ~い! 紫ヒオウギちゃん、貸して~!」
今の今まで、まるでやる気が無かったフロイドが、ピーノのロングシュートに興味を持つ。これは好機と捉えたエースとジャミルだったが、余計なことは言わずに彼に任せることにした。やる気になったフロイドは大きな歩幅であっという間にルキーノに迫り、あっさりボールを奪い取ってピーノと同じようにロングシュートを放った。ドリブルなんてあって無いようなものだったが、面白くなってきたので、良しとされた。
その一点を皮切りに、次々とフロイドは三つ子から華麗にボールを奪い、ゴールを決めていく。彼の中で何かが切り替わったかのようだ。凄まじい勢いで得点していくフロイドに、流石の三つ子も焦り始め、プレイに乱れが生じ始めた。このまま押し切れば、勝てる! 確信しながらも、エースとジャミルは慎重にフロイドのサポートに回った。
後一回ゴールすれば、こちらの勝利が確定する。フロイドも今のところ、飽きる気配は無い。彼の大股に身体の小さい三つ子は追い付くのがやっとのようで、しかもジャミルとエースの妨害になかなか苦戦しているようだった。フロイドがドリブルしながらゴールに迫ったところで、彼は言い放った。
「あ、飽きた」
「……は?」
急に立ち止まり、ぽいっと手に持っていたボールをその辺に捨てたフロイドは、あろうことかコートを出て監督生の傍に行ってしまう。未だ現状を理解できないまま、またティーノがゴールした。