3.5-8 錯綜スペキュレーション!※最後に精神的リョナ要素少しあります
結果は三つ子の勝利で終わった。得意気な顔でルキーノがフロイドに近づき、宣言する。
「これでオレ達は何も言わなくていいんですよね~? 先輩♡」
「なに急に馴れ馴れしく話しかけてんの? あっち行ってくんね? 紫ヒオウギちゃん」
「きゃ~、こわ~い」
「んじゃ、試合終わったし、オレ帰る~」
最後まで勝手なフロイドに、エースが怒りを感じて彼に近づくも、彼は早々に更衣室に向かって行ってしまう。仕方なく、エースは監督生の隣に立った。
「マジ協調性無いよね~、フロイド先輩。今回は流石にちょっと無いわ」
「……エース、フロイド先輩が後でちょっと話したいことあるって言ってたよ」
「話したいこと? オレに?」
「ううん。一年生全員にだって」
一年生全員とはどういうことだ? そういう顔をしたエースだったが、監督生もフロイドからは「話したいことがある」と言われただけだ。詳しくは彼自身に聞いてみないことには、全く分からない。しかし、何となく二人はこの試合のことについてだと思った。ジャミルも自分の荷物を開け、中から取り出したタオルで汗を拭っているところに、監督生とエースが歩み寄る。
「ジャミル先輩、エースと一緒に試合して頂き、ありがとうございます」
「いや、こちらとしてもあの三つ子の実力を測れただけで、結構な収穫になった。でも、君達は良いのか? 事情はよく知らないが、ティーノに訊きたいことがあったんだろう?」
「そうなんすけど、まぁ、フロイド先輩が何か考えてくれてるみたいで。今んとこは大丈夫っす」
「そうか。あいつは何を考えているのか、分からないが、君達がそう言うなら、オレからは何も無い」
「後日、お礼の品持って行きますね」
「いや、いい。久しぶりにまともな部活ができたからな。むしろ、君達には感謝している」
それほどまでに普段のフロイドの態度は酷いのかと、監督生はジャミルに同情する。もう一度礼を言って、監督生はエースにプリントを渡す。それを受け取って、エースは「じゃあ、後でな」と言い残し、更衣室へ向かって行った。
「オレももう上がろう。では、またな。監督生」
「はい。本当にありがとうございました。ジャミル先輩」
ジャミルも更衣室に向かい、監督生も未だ納得のいっていない様子のグリムを連れて、体育館を出た。
※※※
ジャックとデュース、二人と合流した監督生は学園裏の森に来ていた。フロイドから指示された集合場所がそこだった。エースとフロイドを待つ間、部活を終えた二人と監督生はその後の進捗について話し合っていた。
「結局、そのバスケ勝負には負けちゃってね。話は聞けずじまいだったの」
「何やってんだ、エースのやつ……!」
「エースとフロイド先輩でも勝てなかったのか」
「うん。途中、フロイド先輩がやる気出たって言って、凄い勢いで追い上げてたんだけど、最後の方でやる気無くなったって失速しちゃって」
そこまで監督生から聞くと、二人は残念そうに「あぁ~」と声を漏らして、エースとジャミルに同情した。
「ほんと、人を振り回し過ぎなんだゾ。あいつのせいで負けちまったみたいなもんだし……」
そう言ってグリムが呆れていると、エースとフロイドがやって来た。「遅いんだゾ!」と騒ぐグリムに、言い返すエースと凄むフロイド。フロイドに怯えるグリムと一通りのやり取りの後、一息吐いた頃になって、ジャックが本題に切り込んだ。
「それで、どうして一年だけ集めたんすか? フロイド先輩」
「ん~……その前に小エビちゃん、勝負のこと話したぁ?」
「え、はい。ついさっき二人に話しました」
「ん。そっかぁ。良い子良い子。じゃあ、結論から言うねぇ~。実はぁ……あの勝負って勝っても負けても変わんねーの」
その言葉を聞いて数拍の間を置いた後、一年生達は全員声を揃えて驚いた。
「え? は? ええっ!?」
それから少しの間、また静寂が訪れ、次いでエースが怒りの声を上げた。
「いや、オレが頑張った意味!! なんで! そういうことを! 教えてくれないんっすかっ!?」
「カニちゃん、うるせぇ~。だって、ヒオウギちゃん達が今回のことで何か隠してるっぽかったから、その裏付け? ってやつが欲しかったんだって。アズールが言ってたよ」
「裏付け? どういうことっすか?」
未だによく分かっていないらしいデュースに、フロイドは何の気なしに「サバちゃん、鈍いねぇ~」と言いながらも、説明してくれる。
「要するにぃ、今回オレがヒオウギちゃん達にバスケ勝負申し込んだのは、勝ち負けの話じゃなくて、ヒオウギちゃん達の口から「隠し事してまーす」って言わせることなのね。んで、勝敗の条件に罠を仕掛けたの」
「あー、そういうことね」
「あ、あー、なるほど」
納得するエースと監督生に、後は任せたとでも言うかのようにフロイドは黙った。それを引き継いで監督生がデュースとジャックに説明する。
「あのね、フロイド先輩は勝ち負けの条件に、三つ子が勝ったら何も聞かなかったことにするって言ってたの。最初はあの三つ子、何も知らないから何も言うことは無いって言ってたんだけど、勝負が終わった後に、わざわざこっちに来て「これで何も言わなくていいんですよね?」って言ってたの」
「……なるほどな」
「……なるほど、なのか?」
いまいちピンと来ていないデュースに、ジャックが簡単に捕捉説明を入れる。
「わざわざこっちに確認しに来たってことは、隠し事をしてるってことだろ。で、いつ聞きに行くんだ?」
「部活終わったから、この後すぐ~。ジェイドが黄色ヒオウギちゃんを指定の場所に呼び出してるから。もちろん、オレらだってバレないようにね。そこでお話する予定~」
「え!? この後すぐに!? なんで学園裏に来ちゃったんすか!」
「え~、だって……指定の場所ここだから」
その時、ざっと土を踏む音がした。そちらへ目を向けると、そこにはティーノの姿があった。運動部指定の大きなボストンバッグを下げている。監督生達の姿に瞠目して驚いているようだった。
「な、なんで……?」
「あ、黄色ヒオウギちゃん、来たぁ~」
一瞬、逃げようとしたティーノだったが、フロイドの他にデュースとジャックもいると分かり、逃げ出すのは諦めたようだ。鞄を肩に掛け直して不審に満ちた目を向けてくる。
「何の用すか」
「そっちこそ、オレらに何か言いたいことあるんじゃないの?」
「あの、オクタヴィネルのいじめのこと、何か知ってるなら教えてくれないかな? 私達、学園長から解決するように頼まれて調べてるの」
「学園長から?」
学園長と聞いて、いくらかティーノは警戒を解いたようだった。どうやら、彼には知っていることを話す意思はあったが、監督生達が冷やかし目的で近づいてきたと思っていたらしい。辺りを気にするようにきょろきょろと見回し、誰も居ないと確信したのか、ティーノは話し出した。
「どこから話せばいいのか、分からないけど……。まず、おれらには監視が付いてる可能性が高いんだ。だから、核心に迫ったことはこの場では言えない」
「監視? それって今もいる?」
エースの言葉を受けてもう一度辺りを見回すティーノだが、よく分からないらしく、首を傾げるだけだった。
「分からない……けど、この際、気にしててもしょうがないから、制裁を受ける覚悟であんたらに教えておく。もうおれはこんなこと、したくないんだ」
「こんなこと?」
「制裁って……」
予想外に重い単語が彼の口から出てきて、監督生達は言葉を失う。何かに怯えたように少し顔色が悪くなったティーノだが、意を決した様子で口を開いた。
「おれ達は好きで『あの人』に従ってる訳じゃない。……怖いから。『あの人』に逆らうと兄貴と弟が……。おれ達はお互いがお互いの人質になってるから、協力するしか無いんだ」
「『あの人』? そいつが主犯か?」
ぶるぶると震えながら、ティーノはジャックの疑問にこくこくと頷く。ティーノの口から語られた実態にデュースも顔を顰める。
「兄弟を人質にするなんて、卑怯な野郎だな……!」
「『あの人』は、他の生徒も恐怖で支配してる。自分のユニーク魔法を使って……。『あの人』の仲間なんて、本当に存在するのか分からないけど、寮長の悪い噂を流せって言ったのも『あの人』だ」
「あのさぁ、黄色ヒオウギちゃん。『あの人』じゃ、分かんねーんだけど。名前言ってくんね?」
フロイドがそう迫ると、途端にティーノは涙を滲ませて酷く震え上がった。
「勘弁してくださいよ、フロイド先輩。いくら、あんたの頼みでもこれだけは言えません……!」
「はあ? ここまで話しといて、結局『言えません』? ふざけてんじゃねぇぞ」
ティーノの胸倉を掴み、そのまま自分の目線と合うように小柄な彼を持ち上げるフロイド。慌てて止めようとするエースと監督生に構わず、脅して情報を吐かせようとしている。
「さっさと吐けよ。オレらに助けて欲しいんでしょ?」
「……っ。言え、ませんっ……どうしても……! おれがここで言ったら……あいつらに何されるか……」
「ふ、フロイド先輩! 落ち着いてください!」
「そうっすよ! こいつ、ここで絞めたって吐かないって!」
「…………ちっ」
耐えかねたように、フロイドはティーノから手を放した。地面に落ち、激しく咳き込むティーノの背中を監督生が擦ってやる。それまで黙って見ていたグリムが、無意識に止めていた息を吐き出した。
「ほ、ほんとに絞め上げちまうのかと思ったんだゾ……」
息を整えると、ティーノは監督生を突き飛ばし、バッグを持って逃げるようにその場を走り去って行ってしまった。
「しまった! 逃げられた!」
「お、おい! 待て!」
後を追って走り出そうとしたデュースとジャックに、監督生が「待って!」と制止の声を上げる。焦りを隠さずにこちらを見返し、少しの間ティーノと監督生を交互に見て諦めた様子の二人とポケットに手を突っ込んで彼女を見るフロイド、近くにいるエースに監督生は自分のところに来るよう呼びかける。一同が集まると、彼女は握っている手を解く。そこには折り畳まれた一枚の紙があった。目だけで開ける意思を示し、ゆっくりと広げる。そこにはインクも乾き切っていない滲んだ文字で、こう書かれていた。
今度の土曜日夜十一時、おれの後をついて来て欲しい。そこで詳しい話をしたい
「十一時」と言いかけたデュースの口を、フロイドが即座に手で塞ぐ。辺りを見回すが、相変わらず、何の気配も感じない。が、万一のことを考えた方が良い。スマホを取り出し、電話を掛ける風の動きをして、フロイドは打った文字を一同に見せた。
このことは約束の夜まで秘密。解散
全員が確認したのを見ると、すぐに文面を消し、監督生からティーノのメモを貰ったフロイドは、手の中で握り潰しながら少し離れてアズールに電話を掛ける。
「あ、もしもし、アズールぅ? 今ねぇ、学園裏にいんだけどぉ~。……うん、森んとこ。……そうそう。今度の新作メニューのはちみつ使ったやつについてだけどさぁ。何も思い付かなーい。……うん。今日、調子悪ぃみたい~。……分かったぁ、もうちょっと考えてみる~」
そこで電話を切ったフロイドは監督生達の方へ振り返り、「じゃあ、オレ帰っから~」と声を掛けて校舎へ戻っていく。「オレらも今日は帰るかぁ」というエースの台詞を合図に、監督生達も校舎へ戻っていった。その後ろ姿を何者かが見ていたとも知らずに。
※※※
「はい……はい。分かりました。引き続き、お願いします。フロイド」
フロイドからの電話を切り、アズールは溜め息を一つ吐く。今、このVIPルームには自分とジェイドしかいないので、内緒話もできるにはできるが、慎重に越したことはないとして、部屋に防音魔法と鍵を掛ける。フロイド達が何かを掴んだと察したジェイドは、手元の書類から目を離し、アズールを見た。
「やはり、なかなか尻尾は掴ませてくれないようです。ティーノさんも、具体的なことは何一つ、口を割らなかったようで」
「おやおや、随分と慎重な方のようですね」
「フロイドから、今日は日が悪いと聞きました。後日、何か、あちらからアクションがある筈です」
「なるほど。僕に向かって欲しい、ということですね? アズール」
「ええ。是非、ティーノさんと『お話』してきてください。ジェイド」
「畏まりました」
ティーノから少しでも有力な情報を手に入れられれば、少しはこちらから攻め込める。そう確信したように、アズールは笑った。
※※※
真夜中。ティーノは寒さで目が覚めた。確かにベッドに入って眠った筈なのに、この寒さはどういうことだと、ぼんやりとした頭で認識しようと頭を擡げて周囲の状況を知ろうとした。しかし、あまりにも眠る前と違う光景に、一気に眠気が吹き飛ぶ。
ティーノの手首にはナイロンの紐が何重にも巻かれ、椅子の肘掛けにしっかりと固定されていた。今いる部屋は真っ暗でよく分からない。自分のマジカルペンも、紐を切れるような物も見当たらない。まずい。自分の行動が『あの人』にバレたと確信した彼は、抜け出そうと必死に身体を捻ってみたり、藻掻いて拘束を解こうとする。そうやって紐を解くことに夢中になっているせいで、革靴の音が迫っていることに注意が向いていなかった。
気が付くと、目の前にはサミュエルと『あの人』ロランドの姿があった。
「ひっ……!」
「サミュエル2年生から聞いたぞ、ティーノ1年生。お前、裏切ったな」
殆ど抑揚の無い声で、ロランドは静かにそれだけ言った。彼がこういう声で物を言う時は、罰を下す時だ。
「お、おれ、おれは……! な、名前は出していません! あなたの名前は決して……!」
「当然だ。そんなことより、お前はあいつらに何を渡した」
「ひぃっ……! わ、渡した……………………」
「話にならん。サミュエル2年生、もう一度言え」
ロランドの傍らに立つサミュエルは、相変わらず何を考えているのか分からない無表情で、無慈悲にも真実を告げた。
「何か、メモのような物を渡していました。監督生を突き飛ばした時に渡したんでしょう」
「だそうだ。本当かな?」
「う……うぅ……」
「認めなければ、認めるまで地獄を見せるだけだが?」
「………………渡し…………渡し、ました……」
「何を書いた?」
ティーノは椅子の上でがたがた震えながらも、きゅっと口を真一文字に結んで黙秘を表明する。目は閉じない。目を閉じれば、彼が何をするか分からなくて怖いからだった。
ロランドはティーノの目の前で片手を上げる。打たれると思ったティーノは、今度こそぎゅっと目を閉じ、すぐに来るであろう痛みに備えた。しかし、予想に反してロランドの手は軽くティーノの頭に乗せられただけだった。そのまま何度も撫でられる。自分は許されたのか? ティーノがそう思い、目を開けると、そこには静かに微笑むロランドの姿があった。
「……え?」
「悪かった、ティーノ1年生。酷いことをしたね。そこまで君が言いたくないのであれば、言う必要は無いよ」
そう言いながら魔法で拘束を解き、ティーノを立ち上がらせたロランドは、遅れて涙が滲む目を擦る彼を優しく抱き締めた。許された。そう思ったティーノは安心した反動で、涙が溢れた。泣きじゃくる彼の頭を撫で続けながら、ロランドは慰める。
「よしよし、怖かったね。すまなかった。部屋に帰してあげよう」
「良いんですか? ロランド……先輩」
「ああ、仕方ないよ。ティーノ1年生はどうしても言いたくないようだったから。彼らと何か約束でもしたんだろう」
「やくそく……ぐす…………約束、しました」
「そうか。……また椅子に縛り付けろ」
温度の無いその言葉を合図に、いつの間にかティーノの背後にいたサミュエルに肩を掴まれ、また椅子に座らせられて拘束される。それがあまりにも速かったので、体格の小さいティーノは抵抗らしい抵抗もできなかった。
「何を約束したのかな?」
「い、嫌だ! 嫌だ! 絶対に言わない!!」
拘束されても尚、暴れるティーノをサミュエルが押さえ付ける。ロランドはわざとらしく困ったように溜め息を吐き、ティーノと目線を合わせるため、彼の目の前に屈み込む。
「頼むから僕の手を煩わせないで貰えるかい? でないと……兄弟がどうなっても良いのかな?」
ゆらりと彼の両隣にピーノとルキーノが現れる。二人とも顔色が優れず、怯えきった顔でティーノを見ていた。たったそれだけなのに、ティーノはまるでこの世のものではないものを見たように恐怖に震えた。
「待って……! 待ってください! それだけは! それだけはぁ!」
「もうあの輝く日々は戻って来ない。もうお前なんか好きじゃない。……
君の隣に」
「いやだぁああああああああああっ!!!!」
それからティーノが泣きながら「言います……言いますからもう止めてください……お願いします……」と言うまで、そう時間は掛からなかった。ただ今にも発狂してしまいそうなティーノは力の限り暴れ、叫んだが、部屋の外には全く聞こえていないようだった。防音魔法が掛けられているのだろう。
その間、しっかりとサミュエルに押さえ付けられていたティーノは客観的に見れば、ただただ彼一人がひたすら暴れているようにしか見えなかった。ただ時折、彼の口から出てくる「ピーノ……! ルキーノ……! 置いて行かないで……! おれを一人にしないでぇ……!!」という言葉だけが、今彼を苦しめているものの断片を指していた。その痛ましい姿からピーノとルキーノは目を逸らす。
「辛いだろう? ティーノ1年生。兄弟達が痛がりながら何度も溶けていく様を見るのは。でもね、これは罰なんだ。君が彼らに喋らなければ、受ける筈も無かった罰なんだよ。では、今の君が何をしなければいけないか、分かってるね?」
魔法を解かれ、ティーノから聞いた『約束』の内容を知ったロランドは、隣にいたルキーノの肩をぽんと軽く叩く。
「ひいっ……!」
「ルキーノ1年生、お願いしたいことがある。引き受けてくれるね?」
「はい……はい。もちろん、です」
「良かった。良い返事を貰えて僕は嬉しいよ。では、ティーノ1年生は体調が良くないようだし、彼の代わりに行って来てくれるね?」
「はい! はい。謹んでお受け致します!」
「では、サミュエル2年生」
ロランドはルキーノから離れ、ぐったりと全身から力が抜けたティーノを椅子に座り直させているサミュエルに向かって一度だけ頷く。それを見たサミュエルも同じように頷き、ティーノの拘束を解くと、まるで熱を計るようにティーノの額に片手を付けた。
「…………死は幸福か、無か。犯した罪こそお前を導く標。あの頃に還ろう。
無知とは罪なり」
サミュエルが触れている場所に光が集まり、それが一気に収束して消えると、ティーノは目を覚ました。サミュエルはそっと手を放す。
「……あれ? ロランド先輩? サミュエル先輩? おれ……」
「ティーノ1年生、今日は何をして過ごしたのかな?」
「え? えっと……今日はおれ、普通に授業受けて、普通に部活やって帰って来ましたけど……? ピーノ、ルキーノ? そんなとこで何してんだ?」
「二人はちょっと話し合いたいことがあったから、呼んだんだよ。では、これからの打ち合わせをしようか」
何事も無かったかのように優しく微笑むロランドに、ティーノは少し戸惑いながらも「分かりました」と言って頷いた。ロランドに背中を優しく押されながらピーノとルキーノの許へ歩み寄るティーノの背中を見ながら、サミュエルは一度だけ顔を顰めた。
ぼたり、と真っ黒な澱が滴り落ちた。