3.5-6 暗示アピアランス!※創作生徒増えます。これで全員です。
翌日の放課後、ジャックとエースは溜め息を吐いて「ダメだった」と報告した。昨日両者が言っていた通り、ジャックはレオナとラギーに、エースは同じ部活に所属しているジャミルに訊いてみたが、特に思い当たる人物の名前は挙がらなかったらしい。デュースはジャックと共に、陸上部へお詫びの差し入れを持って行って事無きを得たようだ。
「犯人特定したら、絶対に詫びさせる。先輩の分もだ」
真面目な気質のジャックとデュースは、先輩にあらぬ疑いを向けてしまったことがきっかけで、エースは単純に手詰まりに苛立って、スイッチが入ったらしい。エースとデュースがここまで怒るのは割とあるが、ジャックまで怒らせたのは珍しい。アズール達の契約書事件以来だ。足での調査は少し先に延ばし、今日はラウンジでアズール達と情報共有を行っていた。その中でも、ケイトがマジカメで気になる投稿を見つけたらしい。
「やっと手掛かりらしいものを見つけたんですか!?」
「うーん……手掛かりになるかは分かんないけど、気になる投稿は見つけたよ。ほら、これ」
そう言ってケイトが見せたスマホの画面には、マジカメのある投稿が表示されていた。
「タコ先輩を陥れようとしてるのって、同寮の誰かなんじゃね? って噂流れてるよね。でも、そんなことしてどうすんの? ま、あのタコ先輩のことだから全方面から恨まれてると思うけど」
遠慮会釈無く、こんなことが書かれていた。その後もいくつかの説が書かれており、単純に恨み説、モストロラウンジという店の経営に成功している妬み説、寮長の座を狙っている者がいる説等、ふざけたものも混じっているが、この三つの説が主なもののようだ。それを見たアズールは、眉を顰める。
「誰がタコ先輩ですか。いえ、蛸ですけど。それにしても、同じ寮ですか……正直に言って信憑性はありませんが、今は少しでも手掛かりが欲しいのが現状です。この噂を頼りに絞り込んでいきましょう。僕達は引き続き、ケイトさんとイデアさんの協力の下、マジカメでの調査を……」
その時、軽い通知音が鳴り、メールが来たことを知らせる。
「誰ですか? 今、話し合いをしているのでメールの確認は後で――」
「アズールのじゃね? 今の通知音、オレ聞いたことあるよぉ~」
はた、と少しの沈黙の後、気まずそうにアズールは胸ポケットからスマホを取り出し、「失礼」と言って画面を見た。
「おや、イデアさんからです」
メールの文面を見て、アズールは少し目を見開いた。
「どうしたの? アズちゃん」
「容疑者が挙がりました」
そう言って、アズールが一同に見せたスマホの画面には、イデアからマジカメのスクリーンショット画像が送られてきていた。文面にはこう付け足してある。
「はい任務完了しましたわ。楽勝過ぎて草」
肝心の画像はどうやら鍵が掛かっているアカウントだろうか、名前の横に南京錠のマークが付いている。ジェイドの話によると、アズールとイデアが事前に連絡を取っていた際、サーバーをハッキングするとか少々物騒なことを言っていたらしく、これがその成果だろう。アカウントの主は、度々オクタヴィネルのいじめの件について言及しており、中には意味深な投稿もある。
「あの人はいつまで、こんなことをおれらにさせるつもりだろう。辛い。止めたい。でも、今更だとも思うし、もう後戻りはできないって言われた」
一同は「あの人」という単語に注目した。
「あの人?」
「おそらく、この投稿は実行犯のもの。『あの人』とは裏で彼を操作している主犯のことでしょう。やはり、複数犯でしたか」
「鍵アカすら筒抜けって、怖っ!」
「滅多なこと呟けないねぇ。同じクラスだけど、イデアくんは敵に回さないようにしよ」
「この「あの人」について、もっと詳しく言及している投稿は無いのかな?」
ロランドの疑問に、ケイトは首を振った。
「いやぁ、無いでしょ。オレが実行犯なら鍵掛けてたって絶対投稿しないし」
「そうなのか。僕はこういうのに詳しくないから、よく分からないな」
「ロランド先輩はあんまりこういうの、触らないのかしら?」
「うーん……そうだね。スマホは電話とメールくらいしか使わないから」
「マジで!? 今時、珍しいね~。希少価値高~い。ロランド君もやってみたら? 色んな情報入ってきて楽しいよ」
ケイトのノリに苦笑いを浮かべるロランド。マジカメの話に逸れそうになったので、アズールが軌道修正する。
「ごほん。ケイトさん、このアカウントに覚えはありませんか? できれば、特定をお願いします」
「オッケー。任せて! ……お、フォロー申請通った。挨拶して~。外部の人間の体で行くね」
慣れた様子で迷い無く、外部の人間らしい文章を打っていくケイトの姿に、一年生達は密かに彼に恐怖を覚えていた。エースが小声で監督生に呟く。
「ケイト先輩だけは敵に回したくねぇ」
彼の意見に、肝が据わっていると言われている監督生も頷いて同意するしかなかった。程なくして、ケイトはこのアカウントの持ち主が運動部に所属していること、一年生であることを突き止め、自分の情報収集能力を知らしめる結果となった。
「どこの寮生かまでは、分かりますか?」
「オレも訊いたんだけど、寮と具体的な部活はどうしても教えたくないみたいだね。あんまりしつこくするとブロックされちゃうし、マジカメでの情報収集はこんなところかな。後は運動部の一年生を洗ってみたら、何か分かるんじゃない?」
ケイトの助言に、ジャックとデュースは納得したように頷いた。
「そういえば、うちの部、同級には訊いてなかったな」
「ああ。でも、今度は慎重にした方が良い。また菓子折持って行くことになるのはご免だ」
「ああ、そうだな。もう僕も手持ちが少ない」
「いや、お前らどんだけ出したんだよ。人数多いとこだったら、そんな高い物じゃなくて良いだろ」
「えっ!? そうなのか!?」
「礼儀はちゃんとしないとダメだろ。それに、俺は貯金してるから大丈夫だ」
「礼儀通すってのは別に良いけど、明日の飯代まで犠牲にしてたら世話無いでしょ。ま、オレは奢ってやんないけどね」
「デュース、どうしてもお金無い時は頼っていいよ?」
「しょうがねぇから、その時はオレ様もツナ缶一個くらい、恵んでやるんだゾ」
「菓子折持って行くって言い出したのは俺だし、その分の責任は取る」
「みんな……」
友人達の温かい言葉にデュースが感動を覚えていると、途端にエースが慌てだした。
「ちょ、なんかオレ一人だけ酷い奴みたいになってんじゃん! ま、まぁ、デュースがどうしても困ってる時は、宛にしてくれてて良いけど?」
「いや、その時はジャックに頼るから大丈夫だ」
「おまっ、現金かよ! 冗談だよ! 悪かったって!」
一年生達の話が纏まったところで、アズールが次の指示を出す。
「お話が纏まったところで、あなた方の出番ですよ。フロイド、サミュエルさん、ジョットさん。この情報を元に一年生達と引き続き、調査をお願いします」
「はぁ~い」
「分かった」
「分かったわ」
三者三様の返事をしたところで解散となり、アズールとジェイド、ロランドはラウンジの仕事に戻る。ケイトも「割引券貰っちゃったから休憩してこ~」とホールへ消えた。
※※※
「なんか、オレらずっと歩き回ってね?」
校舎に戻って来た時、ぼそりとエースが呟いた。先輩達に聞こえないように言ったつもりだが、フロイドにしっかり拾われていたらしく、あの長い腕で軽く首を絞められる。
「なぁにぃ? カニちゃん、嫌なの~? 足で調べんのがオレらの役割じゃん。何か文句あんのか?」
「無いです、無いですぅ……いでででででででで! 首! 首締まってる!」
「絞めてんだもん。当たり前じゃぁ~ん?」
「フロイド。遊ぶな、行くぞ」
「ちぇ。命令すんなよ、イモガイちゃん。命拾いしたねぇ、カニちゃん。次は無ぇぞ」
「はい……」
サミュエルの簡潔な言葉に救われたかと思うと、すぐフロイドの脅しに怯えるエースを監督生達は哀れみの目で見つめていた。
陸上部の一年生を皮切りに次々と話を聞いて行く。今のところ、バスケットボール部以外は当てが外れている。またしても、フロイドの機嫌は悪い上に、ここまでフロイドを宥めることに労力を費やしていたサミュエルの表情にも疲労が見える。そろそろ見つけないと、本格的にまずい。そう思った一年生達は率先して先導し、体育館まで来た。中に入ると、幸いバスケ部はまだ活動しており、フロイドがいないお陰か、真面目に練習に励んでいるようだった。
「お疲れーっす。ジャミル先輩」
取り敢えず、場を持たせる為にエースはジャミルに声をかける。丁度休憩していた彼はこちらに気付くと、何かを察した様子で「ああ、お疲れ」と返した。
「ウミヘビくーん。もし、ここに犯人いなかったら、暴れていーい?」
「良い訳無いだろ。勘弁してくれ。休憩してる奴から声掛けて良いから」
以前にエースから事情は聞いていたらしいジャミルは、話が早く、水分補給をしながら少し離れた場所で休んでいる一年生を指した。彼の言葉に甘えて監督生達は固まっている一年生達に近付く。フロイドはその中に知り合いを見つけたらしく、声を掛けながら真っ先に向かって行った。
「ヒオウギちゃん達、いんじゃ〜ん。お疲れ〜」
ヒオウギちゃんと呼ばれた一年生三人は、びくりと肩を震わせ、こちらを振り向く。単純に背後から声を掛けられて驚いたのか、それとも別の理由があるのか、監督生達には分からなかった。
「お疲れ様です、フロイド先輩」
「お疲れっす」
「お疲れ様でーす。先輩、またサボりですかぁ〜?」
三人は顔を見るに三つ子らしく、それぞれ髪と瞳の色がオレンジ、金、紫の可愛らしい顔立ちをしている少年達だ。オレンジ髪の少年は姿勢と口調からも真面目で大人しそうな印象、金髪の少年は姿勢と口調からもぶっきらぼうな印象、紫髪の少年は姿勢は真っ直ぐで上品そうで、愛嬌のある笑みを浮かべていた。
「ふなっ!? そっくり兄弟の他にも、そっくりな奴らがいるんだゾ!」
「こいつら、三つ子だからね。そういや、フロイド先輩。前から思ってたんすけど、なんでこいつらのあだ名『ヒオウギちゃん』なんすか?」
エースの問いにフロイドはあっけらかんと答えた。
「あれ? 言ってなかったっけ? ヒオウギちゃん達も人魚だって」
「え、ええっ!? そうなの!?」
驚いて思わず、敬語が抜けてしまったエースだったが、フロイドはいつの間に機嫌を直したのか、「うん」と肯定した。
「知らなかったの? エース」
「知らなかった。いや、だって、おかしくないですか? フロイド先輩以外にあんな動き出来る人魚って……」
「えー、普通じゃん」
「あんな動き?」
エースの話によると、この三つ子は試合中、分かりやすく目立つような存在感を放つタイプではないが、防御や妨害が得意で三つ子の連携プレーが見事らしい。ジョットの説明に寄れば、彼らのような二枚貝の人魚は海中では、足糸という物を身体から放出して岩礁を歩くらしい。糸を腕力だけで掴んで移動し、波に流されないように岩礁に張り付くことから、人間の身体になった時に腕力・脚力が常人より強いのだそうだ。
「へぇ〜。お前ら、見た目に寄らずに凄ぇんだな」
「それ、どういう意味だよ」
「こら、ティーノ。すみません、弟達はちょっと喧嘩っ早いところがありまして。悪気は無いんです。あ、ご紹介が遅れました。僕はピーノ・アナトラです。こちらが……」
「ちょっと、ピーノ! ボク達も自己紹介したいんだけど。全部一人で言う気?」
オレンジ髪の少年ピーノが弟達に手を向けて紹介しようとすると、紫髪の少年が遮る。ピーノに促され、その少年は監督生の前に駆け寄った。
「初めまして、監督生さん。ボクは末っ子のルキーノ! ティーノに虐められたら、ボクに言って。よろしくねぇ。ボク達みんなヒオウギガイの人魚なんだぁ」
にこにこと無邪気な笑顔を振り撒いて、握手を求めるルキーノ。監督生は自分より背が低いせいか、年下に見えるルキーノの手を取り、同じように微笑んで握り返した。
「相変わらず、猫被りが気持ち悪いな。ルキーノ」
ぼそりと吐き捨てるように呟いたのは、金髪の少年だった。その呟きを聞いた瞬間、ルキーノは一瞬固まり、ティーノの目の前まで来たと思ったら、表情は抜け落ちて胸倉を掴む。
「今何か言ったか? ティーノ」
「ふなっ!? いきなり性格変わったんだゾ!」
「いーや、何でも。何かまずいことでもあったか?」
「……ちっ。……あ、ご、ごめんねぇ? ちょっとティーノが意地悪言うから怒っちゃったぁ。ごめんね、監督生さん。ティーノ、性格悪いから虐められたりしたら、すぐ言ってねぇ」
「え、あ、うん。あ、ありがとう……?」
ころころと変わるルキーノの表情と態度に、監督生が困惑しているうちに「性格が悪いのはどっちだよ」と呟いた金髪の少年が少し前に出て自己紹介をした。
「おれはティーノ。融通利かない上と性格最悪の下に挟まれてる」
「誰が融通利かないですって?」
「誰が性格悪いって?」
「こういう奴らだから、あんまり近づかない方が良い」
背中に伸し掛かってくる兄弟を肩を振って払い、改めてティーノは会釈した。良くも悪くも息がぴったりな三つ子を見て、監督生は思ったそのままの感想を述べる。
「仲が良いんだね」
「仲が良いっていうか、息が合ってる分、足の引っ張り合いも凄そうなんだゾ」
「紹介終わったんなら、とっとと本題入っちゃいますか。単刀直入に訊きたいことがあるんだけど。お前ら、ここ最近のオクタヴィネル問題について、何か知らない?」
エースがそう問うと、三つ子はお互いの顔を見合わせ、口を揃えて言った。
「さぁ、特に噂以上のことは知りませんね」
「知らない」
「知らなーい」
しかし、監督生とエース、ジャックは見逃さなかった。「知らない」と言った後にティーノが僅かに視線を逸らし、何か言いたそうに口を引き結んだ。今この場で詳しく訊きたいところだが、ピーノとルキーノがいては聞き出せない。仕方なく、監督生達はティーノを見逃すことにした。
その後、他の一年生達にも同じように訊いたが、特に真新しい情報を得ることは無く、一同は体育館を出た。
「あのさ、監督生……」
エースが何か言おうとしたところで、不意にフロイドのスマホが鳴った。どうやら電話のようだ。「はぁい」と出るフロイドに気を遣って、一同は口を閉じ、静かにする。少し話してフロイドは電話を切った。
「イモガイちゃん、アコヤちゃん。アズールが呼んでる~」
「私とサミュちゃん? 何かしら?」
「ん~、何かねぇ。洗い出して欲しいリスト作ったんだけど、それが凄ぇ量だから、二人にも手伝ってって言ってたぁ」
「ふむ……この件についてのことか。分かった。そちらに向かおう」
「でも、サミュちゃん……」
「なんだ? 何か支障があるのか? ジョット」
ジョットは監督生達の方へ心配そうな顔を向けるが、「私達は大丈夫です」と言う監督生に「ごめんなさいね」と言ってサミュエルについて行く。二人の姿が見えなくなると、フロイドは監督生の首根っこを掴んで反対方向に歩いて行く。
「ぐえっ。ちょ……フロイド先輩、どうしたんですか?」
「ん~、ウニちゃん達もちょっと来て」
「おい、子分の首が絞まっちまう! 放すんだゾ」
「アザラシちゃん、うるさ~い」
いつもと少し違う、真剣な語調にエース達も何も言わずに付いて行く。やがて、体育館の反対側、運動場を横目にまだ進み、コロシアムの前まで辿り着くと、漸くフロイドは監督生を放した。
「げほっ、げほっ……ど、どうしたんですか? フロイドせんぱ……」
「小エビちゃん達さぁ、今んとこ誰が怪しいと思ってる?」
「え? ここまでの話を総合してってことっすか?」
「ぼ、僕は……まだそういうのは見当付いてないっていうか……」
「うーん……今のところ、あの三つ子のティーノって奴が怪しいと思ってんすけど」
「そ、そうなのか? あ、いや、オレ様もそう思ってたんだゾ」
「小エビちゃんは?」
特にフロイドがエース達に答えることは無く、彼は監督生にも同じことを問う。彼には何か考えがあると思った彼女は、思ったことをそのまま口にする。
「私も、今のところはティーノ君が何か知ってるんじゃないかって思います」
「ふ~ん……じゃあ、今からオレとアズールの考えてること言うね。オレとアズールは……」
その名前を聞いて、監督生達は瞠目した。