3.5-3 決断エラディケーション!※創作生徒出ます。
それからいじめが広がるのは早かった。三日も経てば、オクタヴィネル寮生の評判は地に落ちたも同然で、食堂や教室で同席しようものならあからさまに席を立たれ、ペアを組むような授業では分かりやすく顔を顰められた挙げ句、妨害や嫌がらせをされて成績は下がる一方。時には誹謗中傷が書かれたビラを掲示板に貼られたり、廊下で足を引っかけられそうになったりと表だっていじめがエスカレートしていた。幸い、ビラはすぐ撤去されたが、それ以外のいじめは未だ続いている。監督生達もあまり関わらないようにと努めてきたが、そろそろ精神的にも限界だった。
「ん゛ぅ~~! もう我慢できねぇ! 見てるだけでも気分最悪なんだゾ!」
「ほんとほんと。関わらないようにするって言っても、限度があるよね。オレもああいうの嫌いだわ」
「オレもああいうのは大っ嫌いだ。男なら正々堂々、拳で勝負しろや!」
「でゅ、デュース、抑えて抑えて」
ぱん、と掌に拳を打ち合わせて怒りを露わにするデュースを、監督生は制止する。でも、確かに二人と一匹が言う通り、目に余る光景が多い。監督生もそろそろ危機感を覚え始めていた。そんな時だった。トレインを通して、学園長室に呼び出されたのは。
※※※
放課後、学園長室に向かう道すがら、偶然にも監督生達はジャックに出会った。
「あ、ジャック。お疲れ~」
「ああ、お前らか。デュースも……ん? 今日は部活に来ないのか?」
訝しげな表情を浮かべるジャックに、デュースは「ああ」と答える。
「僕達、今日は学園長に呼ばれていて、これから学園長室にーー」
「オクタヴィネルのいじめの件、だろ?」
確信めいた発言に、監督生達は無言で頷いた。この状況では誰しもそう思うだろう。
「多分ね」
「俺もついて行っていいか?」
「え!?」
予想外の申し出に、一同は目を丸くする。普段は一匹狼を貫いている彼にしては、珍しいことだ。
「いいの?」
「ああ、原因はアズールの噂だが、きっかけはうちの寮生だからな。お前らが呼び出されるってことは、また学園長に頼まれるだろうし。その……けじめ付けるためだ」
ふい、と少し赤くなった顔を背けてジャックは言った。口ではつれないことを言う彼だが、その実、力を貸してくれることの方が多い。監督生はぱあ、と表情を輝かせた。
「ありがとう、ジャック」
「べ、別に。ただ、俺も勉強に集中できねぇ環境が嫌なだけだ。勘違いすんなよ!」
「あー、はいはい。そういうことにしといてやるよ」
「ほんとにジャックは良い奴なんだゾ~」
「だ、だから……!」
「じゃあ、行こう。みんな」
にやにや笑いを浮かべてジャックをからかうエースとグリムに、反論しようと彼が何か言おうとするより早く、監督生が先導する。そのせいでうやむやになってしまったので、ジャックは渋々ついて行くしかなかった。
※※※
「ああ、なんということでしょう。ナイトレイヴンカレッジでこんな……こんな事態になってしまうとは……。って言っても、皆さん、普段からいがみ合ってますから表面化しただけとも言えますけどねぇ」
監督生達が学園長室に入って開口一番に、学園長はあっけらかんと言い放った。相変わらず、この男は腹の立つ言い回しが得意だなと、グリムがぼそりと零す。
「ところで、私は監督生くん達を呼び出して頂いたのですが、何故ハウルくんまで?」
「っス。今回の件で、うちの寮生がきっかけだったこともあって、自分でも何かできることは無いか、考えた結果っす。レオナさんには許可もらってきました」
ジャックの話を顎に手を当ててふむふむと聞いていた学園長は、急に両手を広げ、喜色満面でまた語り出した。
「おお、おお! ハウルくん! なんと素晴らしい心がけでしょう! 寮の責任を自ら負って、行動しようなんて! 私が学園長になってから初めてのことです!」
「あ、いえ、今の環境が続けば、俺も他の奴らも勉強や運動で、本来の実力が発揮できないと思うんで、何とかしようと思っただけっす」
あっさりとしたジャックの返答に、学園長は「知っていた」という顔をしながら答える。
「あ、そうですか。……まぁ、そんなことだろうとは思っていました」
言いながら、学園長は仕切り直しという意味を込めて、ぱんと柏手を打った。
「さて、今回監督生くん達を呼び出したのは、正にその件です。オクタヴィネル寮生へのいじめの原因である、アーシェングロットくんの噂の調査をお願いしたいのです。これ以上、事が大きくなりますと、いずれ学園外にも話が広まり、やがては私の地位が危うく……いやいや、余計な話でしたね」
「本音が隠せてねーんだゾ」
「いつものことじゃん」
「こら、そこを掘り下げてはいけません! ……ごほん。えー、そういうことで。監督生くん、お願いしますよ」
「……はい、分かりました」
その返答に学園長は満足そうに、にっこりと人の良い笑みを浮かべる。エース達も今回は珍しく反対しなかった。彼らも同じことを思っていたようだ。
「まぁ、今回はすげぇ目に余るし、しょうがないよね」
「僕も、今回ばかりは自分で動かなきゃいけない気がする。もう関係無いとか言ってられねぇ」
「オレ様もやるんだゾ! このままじゃ、いつまでもモストロ・ラウンジ行けねぇし」
珍しくやる気になった一同を見て、学園長はうんうんと頷く。
「頼みましたよ、皆さん」
※※※
まずはどう調査を進めるのか作戦を立てようと、学園長室を出た一同はそのままオンボロ寮へ向かった。途中、購買部に寄ってお菓子とジュースを買ったが、決して遊ぶつもりで買った訳ではなく、作戦会議での水分と栄養補給のためというのはエースの談だ。すぐにジャックに「嘘つけ」と看破されていたが。
オンボロ寮に着くと、早速談話室で作戦会議が始まった。お菓子の封を開け、監督生が持ってきたコップにジュースを注ぐ。
「おっしゃ、準備完了ーっと。で、噂の調査ってことだけど、こういうのってまず何すればいいの?」
エースが全員が思っていた疑問を口に出すが、当然こういったことに関しては素人も同然なので、似たタイプとして、過去にあったレオナとラギーの事件を参考にしようと、監督生が言い出した。
「そうだな。だけど、それ本当にアズールの偽物なのか、まずはそこをはっきりさせておくべきじゃないか?」
ジャックの言う通り、活動している人物が本当にアズールなのか、そうでないのか、はっきりさせておく必要はある。掴んだ事実によっては、全く話が違ってくるからだ。
「じゃあ、まずは噂の真偽を確かめよう。モストロ・ラウンジに行って、アズール先輩に訊いてみればいいよ」
「その必要はありません」
不意に、この場にいる筈の無い人物の声がした。見ると、開けっ放しだった談話室の入り口からアズール、ジェイド、フロイドと見知らぬ生徒が入って来る。アズールの表情は、心外だとでも言いたげに険しい。いきなりの本人登場に、エース達は驚きの声を上げる。
「アズール! ……先輩」
「今回の事件、僕達も非常に迷惑しているんです」
監督生に促され、一人分席を空けたジャックの隣にアズールは腰掛け、双子ともう一人の生徒は傍に立って話を聞く姿勢になる。
「迷惑って……じゃあ、本当にアズール先輩がやっている訳じゃないんすね」
「当たり前じゃないですか。僕の評判が悪くなれば、ラウンジの客足も少なくなってしまい、そうなれば売り上げが落ち込んでしまいます。そんな損しかしないこと、この僕がする訳無いでしょう。僕との契約は、いつも相互同意の下、結ばれていますからねぇ。なので、今回の件に関しましては、できれば犯人の方から、早々に自首して頂ければ一番良いのですが」
元々あまり評判は良くないだろうと、この場にいる誰もが思ったが、口には出さなかった。そんなことを言えば、何を人質に何を対価に要求されるか分からないからだ。
「アズールの評判落としてやろうって奴が、自首なんかする訳無いんだゾ」
「確かに、今のところ損しかしてねぇし……このアズール先輩も本物っぽいしな」
ジャックの正直な発言に、一年生達はうんうんと頷く。それを受けて、双子はくすくすと笑い出した。
「おや、アズール。あなた、今まで本物かどうか疑われていたようですよ」
「ウケる~。オレらが本物と偽物、間違える訳ねぇのにね~……ナメてんの?」
いきなり表情が抜け落ち、凄んでくるフロイドに、ジャック以外の一年生達は一様に怯えてしまう。唯一、双子の言い分に返したのはジャックだった。
「グルルルルル……ケンカを売る必要は無いじゃないすか。先輩達だって騙されてる可能性は0とは言えねぇし」
「だとしたら、相当の腕の持ち主ですね。それこそ、マレウスさんクラスの魔法士でしょう。ですが、僕は正真正銘、本物のアズール・アーシェングロットですよ。その証拠に、今まで握ったあなた方の秘密を一つ一つ暴露していきましょうか?」
「その性格の悪さ、確実に本物のアズール先輩だな」
「やめて」と怯えるエース達を他所に、ジャックはばっさりとアズールを本物と認めた。そのタイミングで、監督生が二人の会話に割り込む。
「それじゃあ、アズール先輩達も協力してくれる、ということで良いんですか?」
「ええ。こちらも被害を被っている訳ですから、協力は惜しみません。犯人を特定し、信用を回復しなければ! こうしている間にも、僕の偽物は活動しています。それで、あなた方はどういった作戦を立てていたんですか?」
「いや、あの、その前にそちらは?」
そのまま本題に入りそうなアズールに、監督生とジャックが疑問の目を向ける。アズールはフロイドの傍らに立っていた、背の高い物静かな生徒に目を向け、「ああ」と思い出したような声を上げた。
「忘れられているのかと思った」
「何を仰います、サミュエルさん。今、紹介しようと思っていたところですよ」
「どうだか」
随分、気安い口調でアズールと接していることから、監督生達は彼がアズール達と同学年の先輩であることは分かった。アズールは、彼に手を向けながら簡単な紹介をする。
「こちらは、僕達と同学年で同郷のサミュエル・アルピオーネさんです」
薄い茶髪をオールバックにして、後ろで一つに纏め、灰色の切れ長の目を持つ、サミュエルという生徒は「よろしく」とだけ言った。オクタヴィネルの寮服を着ていることから、彼もアズール達と同じ寮所属なのだと分かる。サミュエルも双子に負けず劣らずという背の高さではあるが、双子に比べると華奢に見えた。
「同郷ってことは、サミュエル先輩も人魚なんですよね。何の人魚なんすか?」
好奇心の赴くままにエースが尋ねると、サミュエルは少しの沈黙の後、一言発した。
「タガヤサンミナシ」
「え?」
「タガヤサンミナシの人魚だ。イモガイの一種」
「あ、そうなんすか」
そこから話題が広がる訳でもなく、両者の間でただ沈黙だけが流れた。当然、彼とは初対面のエースはどうしていいか分からず、監督生とジャックに小声で確認する。
「なぁ、イモガイって何だっけ?」
「ああ、確か貝の一種で毒性のある貝だったと思う」
「うん、確かそうだよ。イモガイは海の殺し屋って言われてたかなぁ。私の故郷でも刺されたら大変って言われてたよ」
「いや、話広げる要素として全然使えねぇ! っていうか、サミュエル先輩、全然喋らないんだけど・・・・・・!」
「ああ、彼は話すのはあまり得意ではないんですよ」
ぬうっとエース達の間に割り込んできたのは、ジェイドだった。突然の乱入に驚いて身を引く一年生達に気を悪くした風も無く、ジェイドは折り曲げていた姿勢を正した。監督生達が座っているせいもあるが、この男の身長から滲み出る威圧感は強い。
「もう少し詳しく紹介するとすれば、そうですねぇ。彼は珊瑚の海の中でも南部の出身でして、僕ら……というか、フロイドと知り合ったのはミドルスクールの頃でしたね。フロイドが間違って南部へ流れる海流に乗って行ってしまい、その先で彼と出会ったそうです。そうでしたよね? フロイド」
ジェイドの言葉を受けてフロイドが「うん」と頷く。
「そうそう。あの時、偶然最初に見つけたのがイモガイちゃんなんだよねぇ。それで、南の海案内してもらってぇ、そん時、別れてからここに入学するまで忘れてたぁ。ねぇ~? イモガイちゃん」
「忘れてたという辺りがお前らしいよ、フロイド」
「あはっ、ごめ~んね? そういう付き合いだからさぁ、信用してていいよぉ?」
「もし、何か不手際あったら絞めちゃえばいいし~?」と言うフロイドに、サミュエルは淡々と言い放った。
「ああ、そうだな。もしもの時はたとえ、相手がお前でも容赦はしない。フロイド」
「あは。生意気じゃ~ん」
びりびりと二人の間に殺気のような空気が流れる。本当にこの二人、仲が良いのだろうかと一年生一同が思っているとも知らず、フロイドとサミュエルはお互い微笑み合った。
「ふふ。フロイドはともかく、サミュエルさんまではしゃいでしまっているのは珍しいですね」
そして、そんな二人をまるで幼児を見守る母親のような目で、微笑ましいとでも言いたげに見つめるジェイド。そんなアンバランスな三人を見て、一年生達は一様に「はしゃぐ」の言葉の意味を考え出してしまった。そんな場をアズールは手を打ち合わせて、意識を作戦の方へ向けさせる。
「ほら、あなた達。サミュエルさんの紹介も済んだところで、本格的に作戦会議をしますよ」
「あ、ちょっとその前に飲み物を用意します。アズール先輩達は何にしますか?」
「ああ、そういうことでしたら、僕が紅茶を淹れましょう。監督生さんはどうぞ、そのままで」
「え、あ……はい」
監督生の申し出をやんわりと断って、ジェイドは迷い無く、厨房へ向かう。そういえば、一度はこの寮を没取されたなと監督生は思い出した。
「さて、皆さん。まずはこれからの方針を決めましょう。ふふふ……この僕を陥れたこと、倍にして返し、是非後悔して頂かなければなりません」
指で眼鏡のブリッジを押し上げ、アズールは不敵に笑った。