3.5-4 現場コライド!「方針って言っても、具体的にはどうするんですか?」
ジェイドが淹れた紅茶を啜り、購買部で買ったクラッカーを頬張りながら、監督生が切り出す。
「こら、行儀が悪いですよ。監督生さん」
「ごめんなさい」
もぐもぐと口を動かして飲み込んだのを確認したところで、アズールは答える。
「そうですね。一番簡単な犯人の特定と捕縛方法がありますよ」
「えっ!? そんな方法があるんですか!?」
まるでテレビショッピングのようなやり取りを始めたアズールとデュース。いつもなら止めに入る監督生達だが、今回は成り行きを見守ることにした。
「ええ、もちろんです。現状、最も効率的且つ簡単な方法は……偽物の僕が契約を迫っている現場を取り押さえてしまうことです!」
「おおっ! さ、流石はアーシェングロット先輩……! 僕には思い付かないことを!」
「いや、普通に考えて思い付くでしょ」
エースとフロイドが一斉にデュースに突っ込む。そんな二人にデュースは「え」と意外そうな顔をする。
「僕は特に何も思い付かなくて……でも、陰口を叩く奴は許せねぇから、言った奴を片っ端からボコボコにして、情報を掴むっていうくらいしか思い付かなかった」
「どこの通り魔だよ。そんなことしたら、オレらと一緒に行動してるアズール先輩の評判、本当に落とすことになっちゃうじゃん」
「いや、暴力……やはり、暴力は全てを解決する」
「監督生、冷静になれ。取り敢えず、暴力に走るのは良くないぞ」
変な方向に思考を飛ばした監督生をジャックが現実に引き戻す。このまま会議が踊りそうになったが、意外にもフロイドが軌道修正した。
「で、げんこーはん逮捕するってことになったけどぉ。どうする? もう捜しに行っちゃっていーい?」
「ふむ……そうですね。一番良いのは、なりすましている本人から直接お話を伺えたらいいのですが。ジェイド、僕達はマジカメの投稿を調べてみましょう。万が一、犯人を捕らえられなかった場合、噂の大元から辿れるかもしれません。イデアさんにも協力してもらいましょう」
「あ、マジカメだったらケイト先輩も呼んだ方が良いんじゃないすか? オレ、話しときますよ」
珍しくアズールの案にエースが乗ってきた。意外そうな顔をするアズールだったが、すぐに何か思い付いたようで目を細める。
「何がお望みですか? エースさん」
「へへ~。今回協力する件とケイト先輩を呼ぶってことで、今度のテストの対策ノート、お願いしまーす」
ちゃっかりしているエースに、アズールは溜め息を一つ。了承の意だ。
「仕方ありませんね。引き受けましょう」
「あっ、ずるいぞ。エース」
「一人だけ抜け駆けなんてズルいんだゾ!」
「こういうのは早いもん勝ちだろ~」
デュースとグリムに向かってべえ、と舌を出すエースにジャックは呆れ、監督生を促しながら立ち上がる。
「お前ら、本当懲りてねぇな。監督生、俺達もフロイド先輩について行こう。早く犯人を捕まえた方が良いだろ」
「ウニちゃんも来るのぉ~? 精々、足引っ張んないように頑張ってね?」
「んじゃ、対策ノートよろしくお願いしま~す」
「子分、待つんだゾ~!」
「あ、後で僕も対策ノートお願いします! 行って来ます!」
ジャックとフロイドに連れられて、オンボロ寮を出て行く監督生の後から、当然のようにエース、デュース、グリムが出て行く。その背中を見送りながらアズールは紅茶のおかわりをジェイドに命じる。ジェイドが一礼して厨房へ姿を消したところで、それまで黙って成り行きを見ていたサミュエルが口を開く。
「僕も行った方が良いか? アズール」
アズールは少し考えてから応えた。
「ええ、お願いします。フロイドと1年生達だけでは少々不安なので」
「分かった」
それだけ言うと、サミュエルは静かにその場を後にした。
※※※
放課後の校舎はあまり人がいないようで、廊下や教室にはあまり生徒は残っていないようだった。フロイドが片っ端から偽アズールの情報を聞き出そうとするが、怖がられて逃げられてしまうか、喧嘩を売られてしまい、話を聞くどころではなかった。
「なんでこんなに収穫ねぇのぉ~? 超ダリィんだけどぉ~」
むうと頬を膨らませてむくれるフロイドを宥めながら、監督生は労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様です、フロイド先輩。少し休んだ方が良いですよ」
「んんぅ~……でもぉ、アズールに言われたからぁ」
廊下に蹲りながらも、自分を奮い立たせようとするフロイドに、今度はジャックが声を掛ける。
「いや、ここまでフロイド先輩に頼ってた部分デカいんで、俺らで聞き込みしてみます」
「ん~、ウニちゃんがそう言うんだったら任せる」
「うっし! じゃあ、ちょっと行って来ます」
そう言うと、ジャックは監督生達を伴って、歩き出した。ジャックもフロイドに負けず劣らず高身長だが、おそらく他の生徒が逃げていた理由はそれだけではない。その証拠に最初の聞き込みから次々と成功し、情報を入手できた。
「いや、うん。分かってたけどさ」
「ああ。まさか、ここまで差があるとは思わなかったな」
「ふ、フロイド先輩……」
「どんだけ避けられてんだ、あいつ」
それ一点に尽きる。いくらフロイドが情報を集めようとしても逃げられるのは、彼が怖がられているからだった。監督生とジャックは頭を抱えた。
「それは言わないでおこう。さて、情報も集まったし、フロイド先輩に一旦、報告しに行くか」
「うん、それが良いね」
「それにしても、本当に偽アズールなんているのかぁ? 今までの情報を元に捜してみたけど、影も形も無かったんだゾ」
「まぁ、そんないきなりは遭遇しないよ」
きっとそのうち会えると監督生が言いかけた時だった。
「やだ、アズちゃん。しつこいわね! いい加減にしないと人呼ぶわよ!」
それほど遠くないところからそんな声がした。口調こそ女性らしいが、どう聞いても男の声だ。『アズちゃん』というあだ名からアズールを連想した一同は、慌てて声のした方へ走る。
廊下の曲がり角を曲がると、そこにはアズール、否偽アズールに絡まれている黒髪の生徒がいた。金色の瞳に丸眼鏡を掛けた褐色肌の生徒で、身長はアズールと同じくらいだ。
「ふなっ!? あれが偽物のアズールか!?」
「捕まえるぞ!」
走り出すジャックと証拠として写真を撮ろうと監督生がゴーストカメラを取り出しているうちに、偽アズールは生徒を突き飛ばし、ジャックにぶつける。ジャックが彼を受け止めている間に、偽アズールは逃げてしまった。エースとデュースも後を追うが、少し走って戻って来た。どうやら、近くの曲がり角を曲がって行ったらしいが、後に続いてからはそれらしい姿を見失ったようだった。
「いった……」
「だ、大丈夫か? あんた」
「ごめんなさい。大丈夫……」
ジャックから少し離れた被害者の生徒は、少しずれた眼鏡を直して改めて礼を言った。
「ありがとう、助けてくれて。丁度困ってたところなの」
「今の、アズール先輩でしたよね?」
「ええ。どうしちゃったのかしら、アズちゃん。いつもはあんなにしつこくないのに……」
「『アズちゃん』? もしかして、アズールのことか? なんか寒気がするあだ名なんだゾ」
いつも通り、グリムの遠慮の無い一言に監督生が顔を顰めて窘める。それをけらけらと笑ってその被害生徒は制した。
「いいのよ。本人にもちょっと嫌がられてるのよね、このあだ名。でも、可愛いから良いじゃない」
「あんた、絡まれてたのに結構余裕だな」
呆れ半分、困惑半分のジャックに言われて被害生徒は上品に笑う。
「ふふ。ちょっと驚いたけれど、今回は何も失わなかったから良かったわ。あ、自己紹介が遅れたわね。私はジョット・ヴォルペ。オクタヴィネル寮の2年生よ。あなた達は1年生かしら?」
「オクタヴィネルの先輩だったんすか。タメ口利いてすいませんでした」
「あら、いいのよ。お互い知らなかったんですもの。気にしないで」
へにゃりと人の良い笑顔を浮かべるジョットに、監督生達は毒気を抜かれた。この学園ナイトレイヴンカレッジは、はっきり言って性格の悪い生徒の方が圧倒的に多い。学園の特徴とでも傾向とでも言えるが、とにかくこの学園で優しい性格や穏やかな性格の生徒は大変に貴重だ。典型的な「良い人」そうな彼に、一同は逆に戸惑った。同時に、自分達の自己紹介がまだ済んでいないことに気づき、それぞれ一人ずつ名前と学年、寮名を言っていく。
「あら。じゃあ、あなた達がオンボロ寮の監督生ちゃん率いるドタバタ1年生ちゃん達ね? 噂はかねがね聞いてるわよ。よろしくね」
「ど、ドタバタ……」
「1年生ちゃん達……」
「不本意なんだゾ……」
落ち込むエース、デュース、グリムのことは一先ず放置して監督生とジャック、ジョットは話を進める。
「それで、あなた達はさっきのアズちゃんを捕まえようとしていたみたいだけど、どういうことなの?」
「そのことで、ジョット先輩に訊きたいことがあるんすけど、時間大丈夫ですか?」
「ええ。ってここでいつまでも立ち話って訳にもいかないから、取り敢えず、どこか空いてる教室にでも行きましょうか」
「あ、じゃあ、オレらフロイド先輩呼んで来るから、監督生とグリム、ジャックは先行ってて」
エースがそう申し出てくれたが、監督生とジャックは疑問に思ったことを口にした。
「いや、フロイド先輩連れて来るだけなら、一人でいいんじゃねぇか?」
「いや、一応デュースも連れてく。「気分じゃねぇ~」とか言われて抵抗されるかもしんないし」
「ああ、確かに」
ものの数秒で納得すると、エースとデュースは一旦別れを告げて去って行った。監督生達はジョットから詳しい話を訊くため、近くの教室を覗いて人がいないか確認する。幸い、人の気配は無い。ここなら安心して話を聞けそうだ。
「大丈夫です。どうぞ、先輩」
「あら、いいの? じゃあ、お言葉に甘えちゃうわ」
いそいそと先に入室するジョットに、ジャックと監督生も続く。教室の扉を閉めると、ジョットは適当な席の椅子を出して横向きに座った。ジャックと監督生も先輩に倣って、向かい合わせになるように座る。
「あの子達待たなくていいの? もう話してもいいのかしら?」
「あいつらには俺から話しておくので、大丈夫です。さっき、アズール先輩とどういう話を?」
「あらそう」とだけ言ってジョットは話し始めた。
「そうね。アズちゃんには困っていることは無いかって訊かれたわ。特に今は無いって言ったんだけど、強がらなくていいとか、本当はあるんでしょうとか。契約の話以前に、とにかく勧誘がしつこかったわね」
「勧誘がしつこいってのは、明らかに評判を落とそうとしてる感じだな」
「うん……」
「ああ、やっぱりあのアズちゃん。偽物だったのね。何かいつもと様子が違うと思ったわ」
二人の話を聞いて、ジョットは納得したように頷いた。
「はい。ジョット先輩もご存知だと思うんですけど、最近起こってるオクタヴィネル寮生へのいじめの発端が、アズール先輩の悪質な噂の可能性が高いんです」
「あら、そうなの? 私、いじめのことしか知らなかったわ。それは困ったことになっちゃってるわねぇ」
そこで教室の扉が開けられ、フロイドを筆頭にエース、デュース、サミュエルが入って来た。
「あ、フロイド先輩、サミュエル先輩。お疲れ様です」
「お疲れ~、小エビちゃん。んでぇ、どこまでアコヤちゃんに聞いたの?」
言いながら、自分の頭に顎を乗せてくるフロイドを何とか支えながら、監督生は聞き慣れないあだ名に不思議そうな顔をした。
「アコヤちゃん……?」
「あらぁ、フロちゃんとサミュちゃんじゃない。お疲れ様。今日、出勤日じゃなかったかしら?」
和やかに挨拶をするジョットに構わず、フロイドは明らかに機嫌を損ねたようだった。
「出勤日だったけどぉ、偽もんのアズールのせいで客来ねぇから噂調べてる~」
「そうだったの。私は今日はお休みだったから、丁度良かったわね。それで、お話の方だけど、ついさっき私が被害に遭ったって話をしてたのよ」
それを聞くと、フロイドは何故か嬉しそうに笑った。
「マジでぇ? アズールと同じ寮の奴にも声掛けるとか、必死じゃん。ウケる」
「エース、デュースもお疲れ様」
二人の話は暫く続きそうだと思った監督生は、近寄ってくるエースとデュースに声を掛ける。二人は若干、疲れたようで隣に来ると、ふうと溜め息を吐いた。
「監督生とジャックもお疲れ。フロイド先輩、行ったら昼寝してて安心したわ。どっか行かれるよりはまし」
「起こしたら、ちょっと機嫌悪くなってひやっとしたけど。アルピオーネ先輩が合流してて、ここまで引っ張って来てくれたんだ」
「お前らも大変だったな」
「あ、そうだ。まだ私、1年生ちゃん達にお礼をあげてなかったわ」
そう思い立ったジョットは、ごそごそとポケットの中を探っている。『お礼』と聞いて、グリムの顔が輝いた。
「お礼? オレ様達に何かくれんのか!?」
「ええ、良い物をあげるわ」
彼がポケットから出したのは、人数分のロリポップだった。カラフルな包装紙が可愛らしい。食べ物に目が無いグリムは、期待の眼差しで身を乗り出した。
「飴なんだゾ~! ジョット、早く寄越すんだゾ!」
「うふふ。焦らなくてもいっぱいあるわよ。さ、他の子達も好きなのを選んで」
「わぁい」と飛びつくグリム、エース、デュース、監督生。しかし、何故かジャックは手を出そうとはしない。それどころか、フロイドとサミュエルも差し出されたロリポップを受け取ろうとはしなかった。
「食べないの? ジャック」
「先輩方もいいんですか?」
「あー……俺はいいっす。今、腹空いてないんで」
「オレもいらね~。イモガイちゃん、食べたら?」
「すまない、ジョット。僕も今、空腹ではないから遠慮しておく」
「あら、そうなの? 残念ねぇ」
どこか歯切れの悪い三人に不思議に思いながらも、監督生達は「いただきます」と言って包装紙を破り、飴を口に含んだ。甘い味が口の中に広がる、と思っていた。
「んっ!?」
「むっ!?」
「んげっ!?」
「~~~~っ!」
飴を口に入れたまま、驚きに目を見開いて監督生達は一斉に味の感想を言った。
「かっら!!」
「にっがい!!」
「酸っぱいんだゾ!!」
「ぐぅ……し、痺れる……!!」
それぞれの感想通り、エースの飴は辛く、デュースは苦く、グリムは酸っぱい、強烈な味が口内に容赦なく広がる。そして、監督生の飴は辛くて舌が痺れる、山椒のような風味の飴だった。明らかに悪戯で使うような飴に当たり、フロイドは我慢できないと言うように笑い出す。
「あはははははははは! 小エビちゃん達さぁ、いっちばん信用できねぇ奴に当たったねぇ~」
「信用できない奴? どういうことっすか、フロイド先輩」
唯一、飴を食べなかったジャックが訊くと、フロイドはにやにや笑いを浮かべて、改めてジョットを紹介した。
「アコヤガイちゃんはねぇ~、嘘つきなんだよぉ。普段からしょーもねぇ嘘ばっか吐いてんの」
「ひど~い、フロちゃんたら。私、傷ついちゃうわ~」
「はぁい、嘘~。アコヤちゃんさぁ、その趣味悪ぃ飴配んの止めなよ~。ホタルイカ先輩くらいしか食わねぇんだからさぁ~」
「えっ!? 嘘つき?」
驚いてジョットを見つめるジャックに、サミュエルの補足説明が入る。
「ジョットはアコヤガイの人魚で、常日頃から嘘を吐く悪癖がある。それがどこからどこまでなのか、言ったことが本当に嘘なのか、よく分からん。だから、一番信用ならない証人でもある」
サミュエルを見、フロイドを見、最後にジョットを見て、ジャックは絶句した。見られたジョットはにこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。フロイドとサミュエルの言うことが正しければ、今まで自分達は嘘を吐かれていた可能性が高い。しかも、それがどこの部分なのか全く分からない。その事実に、ジャックは少しの恐怖を覚えた。そして、そんなジャックと未だに悶えている監督生達に構わず、ジョットは続ける。
「あのね、私からあなた達にお願いがあるんだけど」
「……なんすか? お願いって」
「私をあなた達の仲間に入れてくれないかしら?」
たった今、嘘つきだと紹介された彼は、そう言ってまたにっこりと笑った。