建国祭にて 遠くからマーチが聞こえる。楽団の練習の成果が遺憾なく発揮されているようだ。人々が忙しなく行き交う様を眺めながらジョエルは街灯にもたれかかり、ホットドッグを食べていた。
最後の一口まで腹におさめきると、唇についたケチャップを指で拭って舐めてからハンカチで手を拭く。包み紙を丸めながら周囲を見回した目が、雑踏の中にある人物を見つけて細められた。ジョエルが片手を挙げて振ると相手の方も気付いたらしく、進路をそちらへと変える。
「お疲れ様です、見回りですか?」
そう声をかけてきたのはジョエルの相棒(バディ)のエルウィン・クライネルト少尉である。透けるようなシルバーブロンドの髪が今はきっちりと撫で付け軍帽におさめられ、身に付けたマントや礼装には皺ひとつ無い。
「……いや、俺のシフトは15時からだ。お前は?」
「ぼくは今から休憩ですが、特にすることもないので少しその辺りを流そうかと思っていたところです」
休憩しろよ、と小さく笑ったジョエルは、ふと目線を相手から逸らした。そして軽く顎をしゃくる。
「おい、見られてるぞ」
エルウィンが怪訝そうにジョエルの視線を追った先には、まだ若い、少女と呼んで問題ない年頃の娘が二人、何やらこそこそと話しながらこちらを見ていた。
「……何でしょう。なにかぼくおかしいですか?」
「美形は何しても様になるってことだよ。敬礼のひとつもしてやったらどうだ」
「何故です」
「軍人への好感度を上げるのも仕事の一環だろう」
いまいち納得できない様子ながらもエルウィンが少女らに向けて軽く敬礼をすると二人はきゃあきゃあと盛り上がってからどこかへ駆けてゆき、ジョエルは面白そうに笑う。僅かに首を傾げてそれを見る目は光を飲んだような青。凪いだ、感情の波が見え難い色。
……なにか言いかけて結局何を言うべきか判断しかねたのか口を閉じた己の相棒をしばらく眺めてから軍帽をかぶり直そうとしたジョエルの、今朝方たっぷり時間をかけてセットしたというのに既に崩れ始めている癖毛へ不意に手が伸ばされた。
「ジョエル、紙吹雪が」
ひょい、と相棒の指によってつまみ上げられた白い紙片を見て、ジョエルはどこか照れ臭そうに眉を下げた。
「まだついてたか、悪い」
軍帽をかぶり直し、ポケットから手袋を引っ張り出して手に被せ、ふとジョエルの口から何気なくこぼれ落ちた台詞。
「白手袋になれるのはいつだろうな」
指を一本一本丁寧に手袋の中へおさめながら言われたそれに、
「十年はかからないのでは」
「……九年を目指すか。お前とどっちが先かな」
淡々と答えるエルウィンの表情はほとんど動かない。
「ぼくと貴方で、昇進の速度にそれほど差が出るとは思いません。所属している班を考慮すると多少ぼくの方が有利かもしれませんが、年齢は貴方の方が上ですし……同時期くらいかと」
「そうだな、……うん、白手袋似合うだろうなお前」
それとは対照的に、……早く見たいなと目を細めたジョエルの表情は、かわいい後輩、あるいは弟分を思うそれだ。それを暫く見ていたエルウィンが、緩く瞬きをしてから静かに口を開いた。
「八年です」
「ん?」
「八年で佐官になります」
それを聞いたジョエルは一瞬きょとんとしてから破顔した。呆れたような、喜ばしいような、あるいはもっと尊いなにかを抱いて笑った。
「そう……そうか、俺も負けてられないな!」
相手の肩を握り拳で小突いてから、ぱちんと手袋のボタンをとめる。琥珀色の目は柔らかく細められたままだ。
「じゃあ俺はそろそろシフトに入ってくる。また後でな」
「はい、また」
雑踏に紛れ込むジョエルの背を見送ったあおい目は、ほんの僅かな瞬間だけ、年相応の若く鮮やかな色をしていた。