大事な話があるんだ 会議室にて、収集班の手に入れてきた情報を確認しつつ、地図にペン入れをしつつ、あることに考えを巡らせていた私は感覚が鈍くなっていたらしい。
「……ジョエル!」
すぐ近くで聞こえた声にペンを取り落とす。振り返ると、僅かに眉を寄せた私のバディが立っていた。
「何度か呼んだのですが……聞こえませんでしたか」
「ああ……悪い、なんだ?」
広げていた地図にインクがそれほど飛び散っていないことを確認し、改めて向き直ると、彼はほんの僅かに首を傾げた。
「中尉がお呼びですが……ジョエル、体の具合でも?」
「いや、大丈夫だ。行ってくる」
内容の予想はつく。必要な資料をまとめて小脇に抱えてから、私は出来るだけ何気ない風を装って彼に話しかける。
「エルウィン、今夜空いてるか?」
「えっ……空いてます、けど」
「じゃあ……そうだな、八時くらいに俺のところへ来てくれないか」
「……わかりました」
戸惑うような彼の口振り。私から誘うなんてことは滅多にないからだろう。……残念ながら、そういう意図ではないが。
だが約束を取り付けられたことに内心胸を撫で下ろしながら、私は呼び出しに応じて上官の元へ向かい、結局就業時間ぎりぎりまで打ち合わせは続いた。
八時ちょうど。
響いたノックの音に、どうぞとこたえる。
「今晩は、……ジョエル?」
部屋に入ってきた彼は怪訝そうな顔をした。それはそうだろう、普通に生活感のあるこじんまりとした部屋の真ん中で、自分の相棒が式典くらいでしか着ない礼装を着ていたら、私だってそんな反応をする。
「試着ですか? よく似合っていますよ」
「……、……エルウィン」
そっと深呼吸をしてから彼の前に跪き、片膝を立てる。戸惑う彼の手を取ってその甲へ唇を寄せると、指がぴくりと動いた。
「愛してる」
彼の顔を真っ直ぐ見上げてそう言えば、零れ落ちそうなくらいにそのあおい目が見開かれた。え、え、と彼の声が言葉にならないうちに、後ろ手に持っていた箱を前に出して開いてみせる。
指輪が、ふたつ。
こういったものの良し悪しはわからないし、自分のセンスに自信もなかったから、本当にシンプルな飾り気のない銀の指輪。
「物でお前のことを縛るつもりはない。お前の気持ちを疑っているわけでもない。ただ、……たとえ大手を振って歩けなくても、俺はお前がいいと……一生守ると、そう、誓いたくて」
――受け取って、くれるか。
そう言ったとき、彼がはらはらと涙をこぼした。呆然と、といった風だった表情が見る間に歪み、口元を押さえて嗚咽を堪えている。
「ジョエル、ええ、ジョエル……喜んで……っ」
絞り出すような返答に、息を吐く。互いに愛し合っているということを疑ってはいないがこれは少し重いだろうか、と思っていたのは杞憂だったようだ。
そっと手を取り、その指に(左手の、薬指に)指輪を通し、……第二関節でひっかかった。
「……はは、格好つかないな」
サイズ直しに行かないと、と苦笑すると、つられたのか彼も笑った。立ち上がって彼の頬に触れ、涙を親指で拭ってから口付ける。少し塩の味がした。
「ジョエル、ぼく、貴方を愛してよかった」
腰に腕が回され、きつく抱き締められる。その背に手を這わせるとますます力がこめられて、少し苦しいくらいだ。
「俺もだ、エルウィン。……こんなに誰かを愛しいと思う日が来るなんて、思いもしなかったのに」
働いて、出世して。ただ理想に向かって走ることしか考えていなかった私が、こうして愛しい相手と抱き合える奇跡をなんとしようか。
「……ジョエル」
耳朶を擽る声は熱っぽい。顔を上向かせられ、口付けられた。一度だけでなく、何度も、何度も。触れるだけのそれはそのうち貪るようなものに変わり、呼吸する間すら惜しくなる。
「は、……エル、ウィン……」
なんとか合間を縫って呼ぶと、とろりと蕩けたあおが私を見た。少しの間黙って見詰めあってから、彼が私の手首を掴み、部屋の奥へ向かう。……向かう先に何があるかは、よく、知っている。
すとん、とベッドに腰かけさせられ、肩に手を置かれた。少し首を傾げるようにして顔を覗き込まれ、この後に続く言葉は予想できたし、自分はそれを断れないだろうということもわかりきっていた。
「エルウィン」
服の襟元を掴んで引き寄せ、噛み付くように口付ける。
「……これが答えだ、わざわざ訊かなくたっていい」
一瞬動きを止めた彼は、すぐに理解したらしく嬉しそうに目を細め、私をそのまま押し倒した。