返礼 ――彼と出会ってから何年かがすぎた。
順調に大尉へと昇進し、そろそろ佐官への足場も出来てきている。
彼との関係は露呈しておらず(この言い様の不誠実さに時々泣きたくなる!)、日々の生活にはなんの問題もない。
問題があるとすれば、そう、彼の伸びしろが凄かったということくらいだ。
元々彼は魅力的だ。それは私の贔屓目ではない。整った顔立ちと、すらりとした体つき、叡智の煌めきを湛えた瞳。……私の贔屓目ではない。数年前こそ抜けきらない幼さがあったが、今となっては十二分すぎるくらいに色気がある。私の、贔屓目では、ない。
女たちの囁き交わす言葉は容赦なく私の耳に届くし、仲介を頼まれることすらある。その度なんだかんだと理由をつけて断ってはいるが、愉快な気分はしない。
閑話休題。
その彼が、まさに今、私の前でほんの僅かに(多分私にしかわからないくらい微かに)微笑んでいる。愛を囁いたその唇で。聡明なあおに、私だけを映して。
「エルウィン、その、」
「……ん?」
するりと指を絡められ、手を握られる。指先が震えた。
「え、あ、ええと」
「もう一度言いましょうか」
「いい、必要ない、大丈夫だ」
――彼が臆病だったことを私は知っている。全身全霊で私を愛しながら、喪失の可能性に怯えていたことを。
その彼が、私に愛を囁くだけでなく、未来を約束する言葉を告げたのが……魂が震えるほど嬉しかった。全身の血が歓喜するようだった。私の愛するあおい目から視線が逸らせなくなった。
「エルウィン」
名前を呼ぶ。はい、と嬉しそうに目を細める彼が愛しくて、腕を伸ばし抱き締める。体格は数年前に比べると少しばかり格差が開いてしまい、僅かに踵を上げた体勢になってしまったが、そんなことはどうでもいい。
「……エルウィン」
もう一度彼の名を(私にとっては「愛している」と言うのに等しい言葉を)繰り返すと、彼が優しく私の肩を押し返してから耳の付け根あたりに口付けた。
「ジョエル、ちゃんと言ってください。……ぼくは貴方を愛している」
真っ直ぐこちらを見る彼の目!
私がそれに逆らえないことを、彼はわかっているのだろうか。あおに溺れそうになる。息が出来なくなるくらいに愛しいのだ、彼の眼差しに宿るその心が。
「エルウィン、ああ、」
声が震える。今自分がどんな表情をしているのかはわからないが、見苦しくなければいいと思う。……ああ、本当に、度し難い。
――おまえをあいしている。
その言葉は空中に散る前、逃すものかとでも言うように、彼に飲み込まれた。