日常 ある夕暮れ時、基地の片隅で片手に工具箱を提げて歩いている青年は、名をジョエル・ランツといった。
「ジョエル! 仕事あがりか?」
そこへ小走りで寄ってきたのは士官学校時代の彼の同期で、ジョエルはその顔を確認して少し表情を緩める。
「ああ、これを片付けたらな。お前もか?」
「おう。どうだ、これから一杯」
快諾するべくジョエルは口を開こうとしたが、
「少尉!」
呼ばわる声と慌てた様子で走り寄ってきた少年……部下に、怪訝そうな顔で振り返った。
「どうした」
ぜいぜいと息を切らしながらその少年兵はジョエルを見て、続ける。
「デイジーが危篤なんです……!」
「デイジーが……くそ、早いな」
工具箱を逆の手に持ちかえて、ジョエルは同期を見やり頭を振った。
「悪い、行かないと。また誘ってくれ」
「あ、ああ」
そのまま走り去っていく二人の背を見送って、同期の男はぽつりと呟いた。
「……デイジーって誰だ?」
※ ※ ※
「頑張れ頑張れ! 諦めんな!」
「お前はまだやれる子だ!」
円陣を組んでわいわいと騒いでいる彼らはまだ幼ささえ残る顔立ちの若い兵で、上官であるジョエルが現れたことに気付かない。
「申請出さないと……」
「でもこの間別件で出したばっかりだし、通るか?」
「やり直してこっちに書き直したらまた順番が最後に回されるしなあ」
「おいっ、少尉呼んできたぞ!」
響いた声に、少年たちは姿勢を正して横一列に並んだ。その隣を抜け、先ほどまで少年たちが騒いでいた場所へ近付いたジョエルは眉を寄せ沈痛げな表情をした。
「ああ……これはもう無理だな……今までよく頑張ってくれた」
愛称デイジー……本名TG-S21型電信機の腹を優しく撫でてから、ジョエルは緩く頭を振る。少年たちは溜め息を吐き、不安げに彼を見た。
「少尉……」
はっきりと言葉にはしないが、少年たちが不安に思っているのは後継機の問題である。予算は有限であり、どの部署も少しでも自分のところへ予算を引っ張るのに必死だ。通信班も当然同じで、日々様々な手回しをして予算を手に入れているが、そう簡単に装備を新調出来るわけではない。
しばらく考え込んだジョエルは、短く息を吐くと、くしゃり、と己の髪へ指を差し込み、
「……仕方ない、俺がなんとかしておこう。これでも一応士官だからな」
大事な部下たちを安心させるように笑ってみせた。
それから数日後。
作業前ミーティングにて。
今日の予定と進行目標、作業状況の確認と修正をするジョエルの隣、……テーブルの上に何かが置かれ、布が被せられていた。そしてミーティングが終わりいざ作業に入る前、ジョエルはその布に手をかけ、
「今日は皆に新人を紹介しよう」
と宣言し一気に引いた。
「……TG-GW017君だ」
取り去られた布の下から登場したその武骨な金属の塊。それを見てまるで美女を前にしたかのような表情が出来る彼らは、なんというか、色々と末期である。
「最新型じゃないですかー!」
「うわっすっごい触っていいですか!?」
とはいえ、水を得た魚、玩具を与えられた子供のように色めき立った少年たちは無邪気で憎めなくもある。数秒後、ようやく上官の前であることを思い出したらしく慌てて真面目な顔で彼らはジョエルを見、そのきらきらした瞳にジョエルは苦笑した。
「可愛がってやれ」
「はいっ!」
さっそくその新人(電信機)を運んでゆく少年たちを微笑ましげに見送るジョエル。それから天を仰ぎ、眩しげに目を細めた。
――しばらくおかず一品減らそう。