仕事帰り 初めて彼と会ったとき、ひとを真っ直ぐ見る青年だな、と思った。翠色の目が印象的だった。
年も近く、階級も所属している部も同じ。同じ作戦に参加する機会も多い。指令執行班である彼と通信指令班である私の関係が良好であることは、作戦遂行において極めて重要であると考えた私は、ただそういう理由で彼に近付いたのだ。
と言っても私は血も涙もない男ではないし、むしろどちらかといえば情に棹さし流される方だと思う。戦友には誠実であるべきだとも思っている。彼と付き合っていくにつれ彼がとても真摯に物事へ取り組む人間だと知り、それがとても尊いということをよく知っている私は、彼を……エルウィン・クライネルトを好ましく思うようになったのである。
※ ※ ※
「少し待ってくれ少尉。それは……」
「いけるでしょう?」
淡い色の前髪が揺れ、一瞬彼の目を遮った。だが、こちらを見る眼差しは揺れない。彼の目は若々しく鮮烈な光を宿している。
「わかった、やろう。そこまで言われて応えないのは俺たちの矜持に関わる」
何をしているかといえば、次の作戦における方針の擦り合わせである。指令執行班の使う会議室にて、地図やら資料やらを広げて頭を突き合わせ、互いの共通目標を探る大切な行為だ。
今回は彼(指令執行班)が私(通信指令班)にぎりぎりの目標を提示したが、逆もままある為お互い様だ。信頼関係があるからこそのやり取りである。
……そして、気付けば夕飯時を大幅にすぎていた。どちらも集中するたちだからいけない。彼との仕事はとてもやりやすいが、気を付けなければならないな、と毎回思う。
「もうこんな時間か……」
固まった肩を回すと、彼もつられたように伸びをした。少しばかり空気が緩む。資料を片付けながら、ふと思い付いて私は再度口を開いた。
「エルウィン、夕飯の予定は?」
仕事は終わった為、名前で呼ぶ。
「食堂あたりで簡単に済ませようと思っていますが」
「いい店を見付けたんだ、一緒にどうだ」
僅かに首を傾げた彼の髪が夕日に透けた。とん、と机で書類の端を揃え、いいですよと彼は答えたのだった。
……並んで歩く私たちは端から見れば同期の友人に見えるかもしれない(後輩には見えないと思いたい)、が、実際のところは私の方が年上である。私は少しばかり(本当に少しだけ!)童顔であるから仕方がないのだが。
基地を出て少し歩き、あまり人通りの無い道をひとつ入る。薄汚れた木製の看板とこじんまりとした店構え、外からは薄暗く見える店内は、発見した当初は入るのに躊躇したものである。
ここだ、と彼を先導するように扉を開く。外から見た印象より店内は明るく、窓ガラスが曇っていたせいだとわかるだろう。客は少しばかり低所得者層に寄っており、基地を出る前に着替えてこいと言ったのはこのためかと彼も察したらしい。こんなところに軍服で来ようものなら針のむしろである。
「ここは魚が美味くてな」
椅子を引きながらそう言うと、彼は少し驚いたように瞬きをした。良い魚が出てくる店というのはなかなか貴重である。
私が薦めるものをそのまま頼んだ彼と、酒によく合うものを頼む私。少し待ち時間は長いが、無愛想な店員が運んでくる料理は間違いなく美味いということを私は知っている。
大きな白身魚を香草と蒸しただけのシンプルな料理。身を割るとふわりと芳しい。それを口にした彼は、ぱちくりと瞬きをした。
「……美味しいですね」
「中央ではなかなか美味い魚が無いからな。良い店だろう」
私はフライをフォークで刺しながら、あまり表情は変わらないながら頷く彼を見やる。箸の進みが早いところを見るに、お義理ではないだろう。
蒸し魚、フライ、それから酒。あまり暴飲暴食する性質ではないとはいえ若い男二人だ、減りは早い。ほろ酔い程度で酒のペースは落とし、なんだかんだと話をする。いい女がどうの、といった若者特有の話題にならないのは何故だろうか。
「結局のところ速度がですね」
「指向性も捨てがたい」
何の話をしているかというと結局通信機器の話である。色気の欠片もない。その癖、きっと酒で潤んだ私の瞳は楽しげに輝いているのだ。