サメ太朗の気仙沼日記僕がモネちゃんのリュックに入って、気仙沼の島のおうちに来てもう一か月。シャークミュージアムからスガナミに連れられて登米に行って、東京に行って、そんで今また気仙沼にいるんだから、なかなかのお引越しっぷりだと思う。モネちゃんがお引越しするなら僕もお引越しするのが当たり前なんだけどさ。だけど、スガナミは入れ違いで東京で仕事なんだって。相変わらずな二人だけど、二人らしいっちゃ二人らしい、のかな。
僕はいつもはモネちゃんのお部屋にいる。気仙沼でのモネちゃんは、一人でお部屋で仕事してる時間が結構あって、東京にいる時より僕と一緒にいることが多い。お仕事の新しいチャレンジをしにきたモネちゃんは、いろいろ悩むこともあるみたい。スガナミに電話してぽつりぽつりとお話することもあるし、今先生寝てるしな…って呟いて僕のことをぎゅってすることもある。
モネちゃん、僕はいつでも味方だよ!!
基本的にモネちゃんのお部屋にいる僕だけど、モネちゃんはたまに僕を小脇に抱いて、一階のお部屋に連れてってくれる。僕を傍らに置いて、本を読んだりすることが多い。僕たちがそうしてると、モネちゃんにお茶を持ってきてくれるのが、アヤコさん。
んで、おっ!サメ連れてんな!って言って、僕のことをわしゃわしゃー!ってするのが、コージ。そんで、やめてよおとーさん、ってモネちゃんが僕を奪い返してくれるまでがお約束。コージをコージって呼ぶオジーチャンはモネちゃんの編み物のお師匠さんで、僕がしている腹巻きをとっくりと見て、モネちゃん、素敵にできたねぇってほめてくれる。ダンディ!
あと、モネちゃんの妹のミーちゃん。海の生き物にとっても詳しくって、スガナミと仲良くなれそう。なんだけど、スガナミの話をモネちゃんとするのは避けてるっぽくて、なんかあんのかなぁ。なので、あんまりミーちゃんは僕のことお構いしてくんない。ちょっと寂しい。いや、でもコージみたい構われたいかっていうと、それは超たまにでいい。うん。
島のおうちは海が近くって、特に一階に連れてきてもらうと波の音がとおーくに聞こえて、ちょっと海のかおりもする。サメの僕には落ち着くおうちだ。スガナミも早く遊びに来させてもらったらいいのに。多分、東京でナカムラセンセーにこき使われてんだろうな。がんばー。
結局、スガナミがモネちゃんの島のおうちに来たのはお正月も終わってからだった。仕事で落ち込み続きだったモネちゃんが、スガナミが来るって聞いて、やっと楽しみそうな雰囲気になったのが僕はほんとにうれしい。その話を電話でしてる時のふわっとした笑顔のモネちゃんはとってもかわいくて。でも、いつものウキウキだけじゃなくて、なーんかちょっとした緊張感ってかソワソワな空気もあって、何なんだろ、って僕は首をひねってた。
スガナミが来た日、なんかいつも以上に一階が賑やかで、呑んで帰ってきたコージがわんぱくしてるっぽい音がいろいろ聞こえてきた。スガナミだいじょぶかなぁ。なかなかモネちゃんのお部屋には来ないなー、と思ってたら、とっぷり夜になった頃、なんだか疲労困憊のスガナミがモネちゃんと一緒にお部屋に来た。小さな声でおじゃましまーす、って言ってる。どーぞー!
モネちゃんがスガナミをいざなってちゃぶ台とヒーターの前に座らせる。なんかちょこんと正座するスガナミが借りてきたサメみたいだ。そのスガナミを膝立ちでモネちゃんがぎゅってして、あわわわってなりながらも、おずおずとモネちゃんに腕をまわして。しばらくしてモネちゃんがスガナミを離して、その前にちょこんと座る。
「おつかれさまでした」
とぺこりと頭を下げるモネちゃんに、スガナミもふかぶか~と頭を下げてる。
なんか大変なことをやり遂げた空気が漂いまくってるけど、何があったんだろ。
「ほんと、あの、父がすみませんでした。まさか脱走するとか…」
「いえ、お父さん、の気持ちもよく分かります…し。それに、ちゃんとあなたと僕のことを分かっていただけましたし」
「ですね」
そっか!スガナミは、コージとアヤコさんにモネちゃんとのことを挨拶に来たんだ!やるじゃん、スガナミ~。そんな挨拶とかする柄じゃないだろうに、モネちゃんのためにってがんばったんだな。てか、それでそんな疲労困憊なのか。
コージ対スガナミって、どう考えてもスガナミのブが悪いもんな。しかもお酒の入ったコージとだとしたら、うん、スガナミよく頑張ったよ。僕がほめてあげよう。えらい!うんうん、って頷いてたら、モネちゃんのお部屋をそっと見渡したスガナミと目があった。おっす!
スガナミが僕を見つけたのに気が付いて、モネちゃんが立ち上がって僕をスガナミのところに連れてってくれる。おひさー!
「先生、サメ太朗も久しぶりですよね」
僕をぺこり、とお辞儀させてくれるモネちゃんに、スガナミの顔がゆっるゆるになる。ひょいっと僕をモネちゃんの手から取って、僕の顔を覗き込んできた。
「ほんと、久しぶり。おまえさん、ちゃんと百音さんの役に立ってるかい?」
僕の胸ビレをパタパタさせてスガナミが聞いてくるけど、そんなのもっちろん!って感じだよね。
モネちゃんは寂しい時に、僕のことぎゅってだっこして、そんでいろんなこと乗り越えてんだぞ、こらー!
スガナミが僕とじゃれるのを見て、モネちゃんが楽しそうに笑ってて、それだけでもう僕はとっても嬉しい。またスガナミから僕を取り返したモネちゃんが、僕のことぎゅーってしてくれる。
「サメ太朗はいっつもお役に立ってくれてますよ。さすが、先生のサメ太朗です」
ぎゅーってしながら、はなっつらなでなでしてくれて、モネちゃん分かってくれてる!さすが!って感じ。そうやって、僕を抱っこするモネちゃんを、またスガナミはふわふわの笑顔で見てる。まぁ、サメをだっこしてるモネちゃんなんて、スガナミにとっては、盆と正月が一緒に来たみたいなもんだもんな。
スガナミが、ふわっと僕ごとモネちゃんをハグして、おモネちゃんの背中越しにおっきなため息をはいた。そのため息に、モネちゃんがふふって笑って、片腕をスガナミの背に回してトントンってする。
「やっぱり緊張した…」
「がんばってくれて、ありがとうございます」
「うん…」
うん、コージに立ち向かったスガナミえらいよ。がんばった!感動した!立ち向かったとこ見てないけど!
スガナミの背中をトントンしてたモネちゃんが、スガナミの膝に僕を預けて、膝立ちになってスガナミの顔を両手で包む。モネちゃんがそっと落とすキスを、スガナミがうれしそうに受けて。なんだよー、めっちゃ見せつけられるー。
スガナミは一階で寝るから、ってその後降りてって、部屋に戻ってきたモネちゃんは、ほんとにほんとーに嬉しそうにしてて、あぁ、スガナミと会ってるときのとびきりのモネちゃんだ!って僕もうれしくなっちゃった。やっぱり、これだけモネちゃんをきらきらにできるのは、スガナミなんだよなー。ほんと、いつか、二人でちゃんと一緒に暮らせたらな。あ、違う、二人と一匹で。
次の日の朝、モネちゃんはいつも通りの早起きでラジオのお仕事に行って、いつもよりお部屋に帰ってくるのが遅かった。んで、お部屋に帰ってきたら、僕のことをいきなりぎゅってして。
「サメ太朗~。先生、帰っちゃった。急に呼ばれたんだって」
って、スガナミー!気仙沼に24時間もいてないじゃーん。モネちゃんめっちゃ楽しみにしてたのに~。いや、モネちゃんも分かってるし、仕方ないんだよ、仕事なんだろ。でもさー。僕ももっとスガナミと遊びたかったよー。
その日からまた、島のおうちはいつも通り。
だけど、なんだかコージがスガナミのことなんだかんだ気に入ったみたいで、僕へのちょっかいかけ度が上がってきた感じがする。僕が一階でモネちゃんと離れてゴロゴロしてたら、仕事から帰ってきたコージがお酒飲むときに、僕を膝にのっけて、なんかいろいろ話しかけてくる。モネちゃんのこと、スガナミのこと、自分のお仕事のこと。はー、人間のオジサンってのは、考えることも多いんだねぇ…。
コージが僕をだっこしたまま畳にゴロンてなる頃合いで、モネちゃんが僕を救出に来る。そっとコージから僕を回収して、はなっつらちょんちょんしてくれるんだ。「サメ太朗、お相手ありがとう」って。アヤコさんも、「耕治さんも、すっかりサメ太朗と仲良しね」って笑う。「先生と飲んでるみたいな気持ちになるのかな?」ってアヤコさんが言うのを、モネちゃんも嬉しそうに頷く。
こうやって、モネちゃんの島の家族のみなさんとスガナミをつなげるお仕事は僕にしかできない。だから、コージのよっぱらいにも、これからもつきあいますよー。