3.5-5 新入メンバー!「いや! いやいやいやいや! 無理でしょ!」
漸く口内の辛味が薄まり、話せるくらいになったエースが断る。悶えながらも、今までの話はしっかり聞いていたようだ。エースの言葉にジャックも頷く。
「ああ、あんたが嘘つきと判明した今、仲間に入れろってのはちょっと無理だな」
「カニちゃんとウニちゃんに無理って言われてるアコヤちゃん、マジウケんね」
「……仕方ないだろ。日頃の行いだ」
一同の間で拒否の空気が強まる中、ジョットは含みのある笑みを浮かべた。
「じゃあ、こうしましょうか。私を仲間入りさせてくれたら、私は今後一切嘘は吐かないって誓うわ」
「つーかさぁ、アコヤちゃんを入れるメリット、何も無いじゃん。それじゃあ、取引になんねーよ」
「本当にそうかしら。実は私、偽アズちゃんに言われたのよねぇ。『また後ほど』って。これってもう一度、偽アズちゃんが私に会いに来るってことじゃない?」
「ほ、本当ですか!?」
食いつく監督生に、警戒したエースがすかさず言及する。
「どうだか。それだって怪しいもんじゃん。それが嘘じゃないって証拠あんの?」
「そうねぇ、証拠らしい証拠と言ったら……これくらいかしら」
ジョットが胸ポケットから取り出したのは、一台の白いスマホ。おそらく彼の物だろう、それを弄っていたかと思うと、音声ファイルを再生した。
「おや、ジョットさん。こんにちは。こんなところでお会いするなんて、偶然ですねぇ」
「あら、アズちゃん。どうしたの?」
それは先程のやり取りを録音したものだった。シークバーを最後の方に動かすと、証拠となる音声が記録されていた。監督生達が来た辺りで、ジョットにしか聞こえないような音量で入っている。
「では、また後ほどお伺いいたします」
「来ないで頂戴」
再生が終わると、フロイドの機嫌はまたすっかり悪くなっていた。
「何これ。アズールは契約の話は何回もするけど、一回の話でこんなにしつこくねぇし。マジで似せる気も無い偽物じゃん。ムカつく」
「これが証拠ってこと?」
「ええ、そうよ。証拠にならないかしら? 確かに言われてるでしょ? ほら、録音した日付もついさっきのものよ」
ジョットがスマホの画面を見せる。再生画面になっており、確かに今日の日付で時間も合っている。音声だけでは正直まだ不十分だが、監督生達も写真に収められていないことから、今はこの音声ファイルの方が根拠としては強い。条件を呑むしか無さそうな雰囲気に、一同は渋々彼の取引に応じた。
「ありがとう! お礼に飴あげちゃうわ!」
「いやいらないです!」
「いらないんだゾ!」
今度は別のポケットからキャンディを取り出すジョットに、即答して断る一年生達。言われたジョットは、残念そうに眉根を寄せた。
「あら、そうなの。残念ね、こっちは普通の甘いキャンディなのに……」
「じゃあ、くれ! 欲しいんだゾ!」
「ふふ。はい、どうぞ」
懲りずにまたキャンディを受け取り、グリムは包装紙を開けてひょいと口に入れる。今度は期待通りの味だったのか、目を輝かせて味わっていた。それを見ていた監督生達も同じように、キャンディを貰う。包装紙を開けて口に放り込むと、今度は普通の飴だったようで、ミルクの甘い味が広がり、あの酷い味も少しはましになる。
「はぁ……これで少しは紛れる」
「にしても、ジョット先輩。マジックキャンディ食わせるとか、冗談キツいっすよぉ~」
「マジックキャンディって、何なんだゾ?」
「ああ、お前らは知らないか。ジョークグッズみたいなお菓子だよ。ドッキリとか罰ゲームで食べるようなロリポップのこと。包装紙も普通の飴と変わらないから、そこが厄介でさぁ。オレも一回兄貴に食わされたことあるけど、あの時はすっげぇ渋くて、もう最悪だったなぁ」
懐かしいと零すエースに、ジョットはまた件の飴を勧める。罰ゲームに使うような飴だと分かっているので、当然断ると、悪戯っぽく笑って仕舞った。
「では、アズールに報告しに行くか」
サミュエルがそれだけ言うと、ジョットとフロイドがにまにま笑いながら、からかった。
「あら、サミュちゃんたら、お仕事熱心ね」
「イモガイちゃんてば、真面目〜」
「なんだ、止めろ。二人共」
両側から頭を大味に撫でられたり、服の裾を引っ張られたりして、サミュエルは二人にもみくちゃにされる。今まであまり表情の変わらなかった彼が初めて見せる困惑の表情に、監督生達は一種の驚きを覚えた。彼もそんな顔ができたのかと。
「ほら、行くぞ。二人共。監督生達も。一度アズールに報告して、また今後のことを相談しよう」
頭はぐちゃぐちゃのままだが、どこか照れたような顔を逸らす彼に、密かに笑って監督生達はついて行った。
モストロラウンジのVIPルームに入ると、そこにはアズールとジェイドの他に見知らぬ生徒がいた。その生徒を見て、まず注目したのは、異様に高い身長と腰までの長い髪だろう。ジェイドより少し高い背と群青色の長い髪。髪には細かく七色の小さな粒子が散っており、彼が動く度、きらきらと煌めいている。オクタヴィネルの寮服を着ていることから、彼もここの寮生だと分かった。しかし、振り返ったその男の両目は固く閉じられている。彼の姿を認めて声を上げたのは、エースだった。
「デカッ! いや、ジャックとかフロイド先輩よりデカくない!?」
「こら、失礼だよ。エース」
「デカいって……あー、確かにお前らから見たらデカいな」
男とエースを交互に見て、納得した様子のジャックは、組んでいた腕を解いた。その時、書類を見ていたアズールが顔を上げて一同を迎え入れる。
「お帰りなさい、皆さん。報告の前に監督生さん達にご紹介します。こちら、オクタヴィネル寮の監督生ロランドさんです。僕達に協力してくれるそうですよ」
「監督生?」
彼女以外にも監督生がいたのかとエースとデュース、グリムは同時に疑問符を浮かべた。その表情を見て、アズールは更に付け加える。
「ああ、その辺りの事情を話していませんでしたね。うちの寮は人魚の生徒が多いんですが、寮の階層・種族ごとにまとめ役である監督生がいます。ロランドさんは貝の人魚の監督生なんですよ」
「じゃあ、サミュエル先輩とジョット先輩の監督役ってこと?」
「そうね。他の寮でも寮長や副寮長の他に何人かいるでしょう? うちはそれぞれの種族事情を分かっている人が必要なの。種族に関する相談とかもあるのよ」
感心するエース達にロランドは静かに近づいて来る。
「初めまして。アズール2年生から聞いているよ。君達が噂の1年生達だね。僕はロランド・オルソ。オクタヴィネル寮の3年生だ。どうぞよろしく」
「よ、よろしくお願いしま……」
真ん前に立たれて、その身長から滲み出る威圧感に気圧され気味になる監督生を、ロランドは優しく抱き締めた。ふわり、と彼女の鼻腔を甘過ぎない苺の香りが掠める。
「こちらこそよろしく」
あまり長くはなく、すぐに離されたが、監督生とエース、デュース、ジャックはいきなりのことに固まっている。それを絞められたと勘違いしたのか、グリムが騒ぎ出した。
「子分が動かねぇんだゾ!? オマエ、何したんだ! そっくり兄弟みたいに絞めたのか!?」
「あれ? 陸の挨拶では言葉を交わして抱き合うのではなかったかな? また勉強のし直しを……」
「あっ、えっと、大丈夫です! 私の故郷ではあんまりしない挨拶なので、ちょっとびっくりしただけで……!」
慌てて監督生が弁解すると、ロランドはほっとしたようだった。
「ああ、そうなんだね。それは悪いことをしてしまった。今後は気を付けるとしよう」
「いいえ、こちらこそすみません。困らせてしまって」
ぺこりと頭を下げる監督生に、ロランドは朗らかにくすくすと笑った。
「噂通りの子だね、アズール2年生が信頼するのも分かる気がするよ」
「噂?」
監督生の疑問に答えたのは、ジェイドだった。
「監督生さんはNRCきってのお人好し、と噂されているんですよ」
「あー、確かに」
一斉に発される監督生以外の一年生達とグリム、フロイドの声に、当の本人はただただ困惑の表情を浮かべた。
「え、そんなに?」
「おや、自覚が無いんですか? あなた何かとこういった面倒事に巻き込まれやすいでしょう? 僕もあなたのそのお人好しな面を利用……じゃなくて、信頼しているので、今回のことも手を組もうと提案したんですよ」
「お前、今後もこいつらには気をつけるんだゾ」
相変わらずの二人に監督生が苦笑したところで、フロイドとサミュエルが席に座るように一年生達を促し、ジェイドが飲み物を配っていく。それにワンドリンク分の料金を頂くとアズールが本気か冗談か分からない冗談を言ったが、ジャックの表情が険しくなったところで「冗談ですよ」と明かした。
「そういえば、アズール先輩とロランド先輩はどういったご関係なんですか?」
何気なく出た監督生の疑問に、アズールとロランドはお互いに顔を見合わせた。と思うと、二人揃って微笑む。一方は胡散臭い笑みで、もう一方は朗らかに。
「関係、と言っても大したものではないよ」
「ええ。僕が寮長に就任した頃、間髪入れずに決闘を申し込んできた程度の関係です」
「いや、それ思いっきり大した関係じゃないじゃん」
エースの指摘にも、ロランドはにこにこと微笑んでいる。ジェイドも何やら含みのある笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ロランドさんは資産家オルソ家のご子息で、次期跡取りと言われている方ですよ。アズールとは一時期、寮長の座を奪い合いましたけど、今は僕と一緒にアズールのサポートをして下さっています」
「僕としても、あの時、アズール2年生の実力を身をもって知ったからね。もう彼と争う気は無いよ」
そう言って安心させるように微笑み、ロランドは目を開けた。監督生達は驚いた。彼の目は白目の部分が黒く、群青色の瞳孔が覗いていた。自分の目が開いていると気付いた彼は、すかさずまた目を閉じる。
「つい目を開けてしまった。すまないね、びっくりさせてしまったかな?」
「ロランド先輩の目って、もしかして……」
見えないのか、というニュアンスの含んだジャックの言葉に、彼は「違うよ」と否定して、困ったように笑う。
「大丈夫。ちゃんと見えるよ。元々こういう目なんだ。普段は怖がらせてはいけないと思って、透視魔法で物を見ているよ」
「確かに、ちょっとびっくりしたんだゾ」
「サングラスとかで隠してもいいと思うけど」
エースの提案に、ジョットとサミュエルが残念そうに表情を曇らせる。
「それも試してみたんだけど、普段より怖くなっちゃったのよね」
「ロランド……先輩はヤコウガイの人魚だから、その影響かもしれない」
「ヤコウガイって……」
デュースが何やら思い出そうとするが、いまいちピンと来ないらしく、そのまま固まっている。その姿を見て、ジョットが補足説明を入れた。
「ヤコウガイはシャコガイを除けば、貝の中でも最大の部類の貝なの。多分、ロランド先輩の目は、ヤコウガイの蓋が関係していると思うわ。ヤコウガイには中身を守る為に蓋が付いてるから」
「あ、そうなんすか。ありがとうございます」
「お前、さっきまで考えてたのは何だったの?」
「う、うるさいな! 思い出そうとしてたんだよ」
エースとデュースのいつものじゃれ合いは放置して、アズールは本題に入る。
「それで、あなた達が戻ってきたということは、何か収穫があったんですか? フロイド、サミュエルさん」
「あ、そうそう。アコヤちゃんがアズールの偽もんに会ったんだってぇ~」
それを聞いたアズールは眼鏡がずれるほど驚いた。
「いや、なんで先に言わないんだ! ……ごほん、失礼。それで、偽の僕は何か気になることは言ったりしていませんでしたか?」
「また後ほどと言われたわ。一応、録音しておいたけれど、聴く? アズちゃん」
「『アズちゃん』は止めてください。良いでしょう、聴きます」
監督生達と全く同じように、音量を大きくして音声を流すジョット。話が進んで行くにつれてアズールとジェイド、ロランドの表情が険しくなっていく。そして、最後の方でジョットが説明を入れた。
「ああ、この辺から監督生ちゃん達が来てくれた辺りね」
頷く監督生達に構わず、アズールは音声に集中しているようだった。聞き終わると同時に、彼は忌々しげな顔で手を組む。
「許せませんねぇ。こんな、在りもしないことをでっち上げられるのは……本当に腹が立つ」
「ええ、僕も良い気はしません。これは明らかに業務妨害の域です。さて、アズール。如何いたしますか?」
ジェイドに問いかけられたアズールは、一度溜め息を吐いて発表する。
「決まっています。この偽物を捕まえて、何故こんなことをするのか、洗いざらい吐いてもらうとしましょう。僕に喧嘩を売ったことを後悔させてやるんですよ」
良からぬ企てをする時の笑みを浮かべて、アズールはそう宣言する。その言葉を待っていましたとばかりに、双子も不敵な笑みを浮かべた。そんな三人にサミュエルは無表情、ジョットとロランドは微笑ましいとでも言いたげに笑い、一年生達は戦慄した。
「では、まず情報収集です。敵を倒すには敵を知らねばなりません。という訳で、エースさん。ケイトさんの件はお願いしますよ。僕とジェイド、ロランドさん、イデアさん、ケイトさんはマジカメを中心に情報収集を行いますから、フロイドとサミュエルさん、ジョットさんと1年生達は足での情報収集をお願い致します。僕とジェイドはラウンジの経営があり、片手間にしか活動できませんが、よろしく頼みましたよ。客足は極端に減りましたけど、仕事が無くなった訳ではないので」
「へーい。って訳でデュース、一回寮に戻ってケイト先輩に頼みに行こうぜ」
「分かった。監督生とジャックは、先輩達と先に調査に行っててくれ。僕達もダイヤモンド先輩をここに連れて来たら、すぐに合流する」
「うん、分かった。じゃあ、また後でね。エース、デュース」
手短にこれからの予定を話し合って、エースとデュースは一足先にVIPルームを出て行く。監督生達も後に続くようにラウンジを出て行った。
※※※
中庭を開始地点として、フロイドとサミュエル、監督生とジャック、ジョットの二手に別れて偽アズールについて調査することになった。目標は偽アズールについて何でもいいので手掛かりないし、目撃証言や証拠となる証言を引き出すことだ。そして、上手く行けば偽物を捕まえられるかもしれない。後で合流するエースとデュースにも説明できるよう、監督生は購買部でメモ帳を買った。
そこからはジョットと出会った時と同様、目撃証言はあるにはあるが、現場に行くと走り去る後ろ姿しか捕捉できない。その姿を追っても、必ず見失ってしまう。普通の人間である監督生だけならまだしも、獣人のジャックすら撒いてしまうとは、かなりの脚力の持ち主だ。ジョット本人に偽物から何らか手段で連絡があったかどうかも確認してみたが、あれから一切音沙汰が無いらしい。
「もしかして、私があなた達と組んでるってことがバレちゃったのかしら?」
「うーん……それは正直、俺らには分からないすけど、そうだとしたらまた振り出しか……」
「また地道に情報収集するしかないね」
それから程なくして、エースとデュースが合流した。約束通り、ケイトをモストロラウンジに送り届けたらしい。ケイト自身には、調査の中で何かしらマジカメのネタになると吹き込んで協力してもらったようだ。
「そんな曖昧な条件でよく引き受けてくれたね? ケイト先輩」
「んー……後、さっきラウンジ行ったら、アズールが今度出す新作メニューの話してたからそれ狙いもあんじゃない? 今度出すメニューはマジカメ映えしそうなパフェだったし」
「そうなんだ。じゃあ、できたら食べに行きたいね。グリム」
「そん時はオレ様が事件を解決したってことで、ポイント増し増しにしてもらうんだゾ!」
「それはできるか、分からないけど」
ちゃっかりしている相棒に、監督生は「強かだなぁ」という思いを込めて溜め息を吐いた。
それから一時間ほど聞き込みをしたが、収穫は無く、偽アズールも捕まらない。それどころか、エースとデュースが因縁を付けられたりして無駄に喧嘩をすることになってしまった。諦めかけた時、丁度フロイドとサミュエルと合流できた。訳を話すと、フロイドは急に噴き出す。
「小エビちゃん達、やっぱバカじゃん。ウニちゃんが走っても追いつけねぇってことは間違いなく、運動部だよねぇ~。それと透過系魔法とか変装、擬態能力に優れてる。そっから洗い出していけば良いじゃんねぇ」
この何気ない一言で、全てを察した一年生一同はその場で頭を抱えた。
「私もそう思ってたわ」
「じゃあ、なんで言ってくれなかったんですか!?」
あっさりと他人事のように言いのけるジョットに、デュースが食い下がると、気持ちの良い笑顔で彼は言い放った。
「だって、私が言ったらあなた達のためにならないじゃない。何事も経験よ」
そう言われるともう何も言えない。一年生達はそういう言い方は狡いと思ったが、ジョットの笑顔は何故か、有無を言わせない雰囲気がある。おそらく、ナイトレイヴンカレッジに似合わない程の爽やかさを持っているからだろうか。
「その線だとかなり絞れそうだな。寮に帰ったら、レオナ先輩とラギー先輩にも訊いてみる」
「頼むわ。オレもジャミル先輩に訊いてみる」
「じゃあ、今日は運動部の人……陸上部の人達に話訊いてみる?」
「そうするか。時間的にも話を訊けるのは後一カ所くらいだし」
「え~。カニちゃん達、もう時間ねぇの? もうちょっと付き合ってよぉ~」
フロイドはそう言うが、もう夕方だ。流石にこれ以上は寮の門限に近くなってしまう。それを察しているらしいサミュエルがフロイドを制した。
「ハーツラビュルの寮長は時間に厳しいんだろう。許してやれ、フロイド」
「そうなんすよぉ。なんだぁ、サミュエル先輩、話分かる人じゃん」
「ローズハート寮長は事情を言えば、分かってくれるとは思うけど……。どちらにしろ、今日はもう陸上部以上の手掛かりは無さそうだしな」
「ローズハートって……金魚ちゃんのこと? へぇ~。金魚ちゃんってハーツラビュルの寮長だったんだぁ」
ぼんやりとした口調で感心するフロイドに、エース達は驚きの声を上げた。
「え~……フロイド先輩、今まで知らなかったんすか?」
「だって、他の寮の事情とか興味無ぇし。それより、早く行こ~」
ぐいぐいと監督生の手を引いてフロイドは先頭を歩き出したものの、そのままジャックに質問する。
「ねぇねぇ、ウニちゃん。陸上部の部室ってどこ?」
「え……」
※※※
結論から言うと、手掛かりとしては掠りもしなかった。そう言うしかない程、収穫は無く、疑いを掛けられた陸上部員の心象は悪くなったが、フロイドがいたお陰で喧嘩に発展することは無かった。デュースとジャックが頭を下げるだけの結果に終わってしまった。
「あ”~、もう調べんの飽きたぁ~!」
「先輩を疑ってしまった……明日何かお詫びを持って行った方がいいよな。ジャック」
「ああ。明日、ちょっと購買寄って菓子折でも買って持って行くか」
「か~っ! マジメだねぇ、二人とも」
「何も詳しい話訊けなかったね……」
「そろそろ疲れたんだゾ~……」
「今日はもうこれ以上、行動しても効率が悪い」
「そうね。アズちゃんには私達で報告しておくから、一年生ちゃん達は帰りなさい。リドルちゃんにもよろしくね」
ジョットの何気ない呼び名にエースとデュースは噴き出した。
「じょ、ジョットせんぱ……! リドルちゃんて……!」
「リドルちゃ……!」
「あいつに似合わねぇあだ名なんだゾ!」
「あら、おかしい? リドルちゃんって、小さくて可愛らしいじゃない。私のイメージだけど」
普段の彼を知っているエースとデュース、グリムと監督生は怒らせると怖いリドルのイメージと違いすぎて笑うしかなかった。ジョットのお陰で、一年生達の疲れは少し吹き飛び、未だ不満そうな顔をしているフロイドを宥めて一同は解散した。