共闘(?)『だからって、あいつら見捨てろっつーのかよ!?』
「物事には優先順位があるんです!」
距離を置いてもわかるくらいの声量で通信機の向こうから聞こえる異議に、年若い通信兵は気圧されていた。
ここはとある戦場。指令執行班から下った命令に、従おうとしない班があった。……リノ・エリサルデ少佐。彼の率いる班だ。完全なる方針の食い違いと折れようとしない相手に、まだ若い通信兵(少年と呼んで構わないだろう)は途方にくれていた。
「替われ」
その時、その通信兵から通信機を取り上げたのは彼の上官にあたる青年で、熾火を抱えた琥珀色の目をしていた。
「ランツ少尉だ。……指示には従って頂かないと困ります」
『あァ!? ふざけてんじゃねェぞ、クソッタレ!』
既知の相手であっても、むしろ既知であるからこそ遠慮のなくなった言い様に、青年は一度目を閉じてから通信機を反対の手に持ち替える。
『現場にいるのは俺達だぞ! 状況を見てもいない癖に好き勝手言いやがって!』
「貴方がたより、指令執行班の方が戦場全体を把握しています」
――指示に従って下さい。
静かな声はとてもよく通る。しかし、異議を唱える相手の声は、それを掻き消すくらいの熱を帯びていた。
その声を聞き流しはせず、けれど表情を変えないまま青年が近場にいた部下を指先で呼び、口の動きだけで指示をすれば、すぐに意図を察した部下が小走りで何かを持ってくる。通信機を片手に引き寄せたそれは、周辺の地図である。
「……最速でF地点へ向かって下さい」
再度、とんとんと指で机を叩くと今度は筆記具が差し出され、その中からコンパスを取り上げて地図の上で針を立て線を引く。
『同じことしか言えねぇのか、』
「いいですか、指令執行班の指示は『最速』です。『最短』ではありません」
円形に描かれた線を眺め、紙の上へ指を滑らせた青年は、ほんの僅かに目を細めた。
「貴班の現在地からF地点まで、最短距離を通ろうとすると、森を突っ切ることになります。迂回した方がいっそ速いかもしれません」
『それがどうし……』
た、と言った声は途中で響きを変えた。まるで何かに気付いたような。
「指示に従って下さい。健闘を祈ります」
それだけ言って相手に二の句を継がせず通信機を部下へ返し、ぽかんとしたその顔に首を傾げてみせる。
「指令執行班の指令が正しく伝わり遂行されること、それが俺たちの仕事だ。ただ言葉を伝えるだけなら九官鳥にも出来る」
そこで青年は、僅かに笑みを浮かべてみせた。
「あのひとは普段の言動こそ馬鹿だが、頭は良いし、有能だ。これで十分だろう」
……ジョエル・ランツの仕事は、ここまでである。
※ ※ ※
「よし、行くぞ」
「少佐!?」
通信機を置いた男を、ぎょっとした様子で部下たちが見る。
「グインたちを見捨てるんですか!?」
「そうは言ってねえ」
「でも、」
「F地点へ、森の北西から回り込む」
困惑したように顔を見合わせた兵たちは、はっと目を見張る。森の北西にある(あるいは「いる」)ものに思い至ったのだ。
「迷子のガキどもを回収してから突っ込むぞ、ハラ決めろ」
「……はい!」
にぃ、と。唇の端を吊り上げて、リノ・エリサルデは笑った。