共闘 空はどこまでも澄み切って青い。地上の絶望など知らずに。
その絶望を知らぬ場所で、それらは相対していた。
蝙蝠に似た翼と山羊に似た角を一対、足元は蹄。薄気味悪い黄色の目をしたそれは、嘲笑うように唇をねじ曲げる。
「羽虫が吠えよる、もうこの国に未来など無いというのに!」
悪魔。この国を蝕む悪意、致死の病。
それに対し弩を携えるのは夜闇の髪と濃い藤色の目をしたそれ。輝く光輪が彫像めいた無表情を照らし、おおきな白い翼が空気を抱くように羽ばたいている。
「絶望は終わりとは違う、未来との断絶でもない! 疾く去りなさいあわれな蛇、お前たちの罪すらいずれは許されるのだから」
天使。遅れて差し伸べられた手、あるいは剣、あるいは盾。
「ふは、《傲慢》の悪魔すら尾を巻く驕りぶりよなクェイルーヴァ! 鞭打ちの刑こそお前に相応しかろうよ!」
悪魔の片手が炎に包まれ、そこからずるりと一振りの鞭があらわれる。次の瞬間それは生き物のようにしなり、クェイルーヴァに向けて振るわれた。
翼を一打ちしその攻撃を掻い潜ったクェイルーヴァは、弩……《炎の剣》を構え、乞い祈る言葉を紡ぐ。
――主よ、その雷を借り受けます。私が手ずから罪を焼き、救う、この傲慢をお許し下さい。
「遅い!」
弦の上を小さな雷が走るか否か、のその瞬間に悪魔が一気にクェイルーヴァへと距離を詰め鞭を振り上げる。ぱっ、と火の粉が散った。
その火の粉ごと「何か」が悪魔の鞭を切り払う。
宙を舞ったのはきらきらとした透明な破片。そらから地面へ向かって降る氷の刃。落ちる端から溶けて水となり周囲へ逃げてゆくそれらに見惚れかけた悪魔は、はたと気付いて視線を上げた。
「ミアプラキトス……!」
艶やかな黒髪が空に踊る。新たに現れたその天使の――ミアプラキトスの――あおい目が、静かに悪魔を睥睨していた。片手に持たれた大ぶりの杖の周囲で、氷の破片のようなものがくるくると舞っている。
悪魔が歯噛みをした次の瞬間、ひゅん、と空気を切る音がし、咄嗟に悪魔が飛び下がる。一息に距離を詰めたミアプラキトスの杖が、悪魔の鼻先すれすれを薙ぎ払った。
「……ふむ、なかなか速い。……」
逆の手に杖を持ち替え、なにやら囁くように呟くと杖の周囲で空気が揺らめく。なにかを感じ取ったのか、悪魔は鞭を構え直した。燃え上がる炎の勢いが増し、龍のように膨れ上がって攻撃態勢に入る。
突然の轟音。
背に走った衝撃と、片翼の感覚が消えたその時、ようやく悪魔は当初戦っていた筈の……クェイルーヴァの姿が、ミアプラキトスが乱入してから消えていることに気が付いた。
クェイルーヴァの招いた雷が翼の片方を吹き飛ばしていた。体勢を立て直そうと悪魔が一度羽ばたいた、その間だけでミアプラキトスには十分だった。
悪魔が最期に見たのは、空から自分へ目掛けて降ってくる鋭い氷……十と二本の剣だった。