おかわりいただけるだろうか ――歌が、聞こえる。
ふわりと上空を旋回してから、その天使は……クェイルーヴァは天窓から教会の中を覗き込んだ。
男が一人、祈るように歌っていた。褪せた色の髪をした長身の男である。身形からして聖職者であろうその男の歌をしばらくその場で聞き、それからクェイルーヴァは高度を下げ教会内へと滑るように足を――翼を――踏み入れた。
男の目の前まで近付いても反応がないことに一瞬怪訝そうな顔をしたクェイルーヴァは、だがすぐに理由に思い至り、男から少し距離を取ると自分の頭に手をやった。
髪をざらりと後ろへ払うと青みが抜けて黒一色になる。光輪は徐々に、翼は折り畳まれると同時に溶けるように消えた。……とん、と床に靴のつま先が触れ、そのままゆっくりと着地する。
ただの聖職者のような格好をした年若い青年が、そこにいた。
クェイルーヴァが青年の姿になることによってようやく姿を視認出来た男は、突然現れた相手を少し警戒するように身構えたが、その容姿と雰囲気に思い当たるものがあったのかそっと口を開いた。
「……『クェイルーヴァ様』?」
「ええ。どこかで会いましたか」
「いや、ジーフ君に聞いたことがあって……本日はどんなご用件で?」
服の襟を直してそう訊ねる男に、クェイルーヴァはゆるく瞬きをした。
「歌が聞こえたので」
そしてほとんど表情を変えずにそう述べ、少し黙ってから、
「もう少し続けてください」
と遠慮もなにもなく要請する。
歌を活力の源とするクェイルーヴァにとって歌は法悦を伴う食事のようなものである。ただ聞くだけでも十分活力は得られるが、それが「自分に向けられた」ものであれば得られる活力は更に増える。
「えっ、構いませんが、ええと……少しやりづらいな……」
「消えましょうか」
「それはそれで余計に気になるので! お気遣いありがとうございます、あー……うん」
じっとクェイルーヴァに見詰められ落ち着かなげに一度咳払いをした男は、少し足を開くように姿勢を正すと口を開いた。
――……聞け、天使の歌……。
歌い出しこそ少し迷うような足取りをしていたその歌は、すぐに迷わず前を向き歩き出す。
――み子には栄光、地には平和あれ。
低く、空気を震わすような音。天に愛を、地に恵みを満たすための歌。
――聞け、喜びのおとずれの歌……!
そうして一番を歌い終えたところで男はクェイルーヴァの様子を確認したが、相手は黙ってそちらを見返すばかりであり、……その無言の圧力に押されるまま二番へと入らざるを得なくなる。
結局、すべて歌い終えるまでクェイルーヴァはなにも言わずに――どこかうっとりした様子で――男の歌を聞いていた。