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    誕生 ――天使の誕生は、前触れがある時もあればない時もある。
     今回は後者であり、ふとなにかの予感に己の《本》を開いた天使アガフォンはそこに綴られた文字に眉を寄せた。
    「少し出てきます」
    「どちらへ?」
    「新しい天使が誕生したようなので、回収に」
     そう言い残し、第三書庫の門からアガフォンは飛び立った。


     天界の片隅にある小さなあずまや。澄んだ泉を抱くその場所に、一柱の天使が座り込んでいた。
     少年から青年への過渡期の姿、裸に薄絹を巻いただけの装束、まだ空を飛んだことのない白い翼。腰に届くほどの長い黒髪は毛先にゆくにつれ青く染まり、夜空を思わせた。
     ぼんやりと周囲を見回すその生まれたばかりの天使の目前に、アガフォンは舞い降りた。どこか冷えているようにさえ見える目がその天使を睥睨する。
    「名は言えますか?」
     そう問われ、おさない天使はゆるく瞬きをした。薄雲のかかったような紫色の目が、アガフォンを見た。
    「……Cueiluewa……」
     喉を震わせたものは声というより音に近い。抑揚はなく、色もない。それにアガフォンは鷹揚に頷いた。
    「よろしい。では来なさい、クェイルーヴァ。鑑定をします」
     再び空へ舞い上がったアガフォンを見上げた天使、幼きクェイルーヴァは、恐る恐るその二枚の翼を伸ばすと、……一打ちで一気に飛び上がってしまい、がくんとバランスを崩してばたばたとみっともなく羽ばたいて体勢を整えた。それに気付いてか気付かずか、アガフォンは振り返らずに空を飛んでいく。その後を、クェイルーヴァは黙ってついていった。


     クェイルーヴァが連れてこられたのは、周囲すべてが白く、壁の見えない部屋だった。柱が立ち並んではいるが天井は見えず、床もあるのだかないのだかわからない。その場所にぽつりと机と椅子があり、そこに一柱の天使が座っていた。膝の上に一冊、机に一冊本が置かれている。
    「マーティス、本の用意は出来ていますか」
    「勿論」
     机の上に置かれていた本を手に取り、椅子から立ち上がってクェイルーヴァへと近付くその天使は、マーティスと呼ばれる知恵の天使である。マーティスは開いた本の頁とクェイルーヴァを見比べ、それからアガフォンへと視線を向けた。
    「誕生したのはあの学舎上のあずまやで?」
    「ええ」
    「魂の色も香りも知恵の天使で間違いないように見えるけれど、君にもそう見えるかな」
    「そうですね、知恵の誉れを抱いているように見えます」
     ――齟齬はなし、と本を閉じるマーティス。クェイルーヴァは無表情に、微動だにせずその場に佇んでいる。それに視線を流したマーティスは穏やかな表情をしており、色だけ見ればクェイルーヴァと似た紫の目をしていたが、孕む光は全く違っていた。静かにクェイルーヴァを見下ろすその目は叡知を隠している。
    「自分がどういう存在かは理解しているかな」
     不意に問われて、クェイルーヴァはぱちぱちと瞬きをした後ゆっくりと唇を開いた。
    「天と、地と、人のためにあるもの」
     まだ発声に慣れないためか、その声は少したどたどしい。だが迷いはなく、己の本質を宣言する。……天のしもべ、人の奉仕者。その回答を聞き、マーティスは緩く頷いてから質問を続ける。
    「では、君はなにを尊しとする?」
     それに対しても幼いクェイルーヴァは迷わない。
    「学ぶこと。知恵の、ほうししゃ、であること。すべてを知ろうとすること」
     明確な、強い、知恵の天使としての矜持。学舎のざわめきから生まれた天使の本能でありある種の欲望ですらあるが、作り物のような面差しに表情はほとんどなく、欲の存在する生き物には見えない。
    「これは……書庫の閲覧許可を与えて自学自習させて構わないのではありませんか」
    「……ええ……」
     アガフォンの提案に僅かに目を細めたマーティスは、クェイルーヴァの手を取ると軽くその甲を指先で撫でた。一瞬文字のようなものが浮かび上がり、すぐに消える。
    「……待ちなさい、今のは」
    「これで自由に閲覧出来るように、」
    「私の見間違いでなければ、第一階層のみに閲覧を限定しましたね?」
     マーティスはアガフォンの問いには答えず、クェイルーヴァに微笑みかけた。
    「君の学びに光が降り注ぎますように」
     何かを言わんとして飲み込んだアガフォンは、
    「……我々は君を同志として愛し、尊ぼう」
     言葉にまったく似合わない、にこりとも笑っていない顔でそう言った。


      ※  ※  ※


    「あれは何ですか」
     クェイルーヴァの知識欲には際限がない。
    「それはどういう仕組みで動いているのですか」
     それは彼の本能であったし、
    「これの名前はなんですか」
     その身を形作る根源であった。
     ……大抵の場合クェイルーヴァは天の書庫へ連れて来られて本を読んでいた。不運な通りすがりの天使がクェイルーヴァに質問攻めにされることは絶えず、「この人物は適切な答えをくれる」と判定された者に至っては彼に付きまとわれた。
    「アガフォン様、質問があります」
     アガフォンもその一人だった。
     愛用の辞書(とても分厚い)を抱えて彼の後ろをついて回っては、他愛のない、毒にも薬にもならない、きりのない質問をしてくるクェイルーヴァにアガフォンは悩まされていた。否、苛立っていたと言ってもよい。
     であるからその日、クェイルーヴァに「人間はなぜ死ぬのか」「人間が死を恐れる、あるいは恐れないのはなぜか」という生物学でもあり哲学にも片足を突っ込んでいる質問をされた時――間の悪いことに、丁度新しい蔵書の搬入時間が近かった――、アガフォンの口からは普段の数割増しで低い声が出ていた。
    「忙しいっつってんだろ黙ってろガキ」
     ぴたりとクェイルーヴァの動きが止まる。それからゆるゆると頭を下げると、音もたてずにその場を後にした。その間表情は一切変わらず、反省したのかしていないのかすら判断が難しかったが、少なくとも静かにはなったためアガフォンは特に気にかけることもなく仕事へと戻った。
     ……その日の夕暮れ。蔵書の搬入も終わり、《書》の確認作業をしていたアガフォンの元へ、クェイルーヴァがやってきた。気後れしている様子はなく、紫色の目は真っ直ぐ相手を見ている。
    「アガフォン様、お時間ありますか」
    「少しなら。何の用ですかクェイルーヴァ」
    「お聞きしたいことをまとめてきました」
     よくよく見るとクェイルーヴァが手にしているのはいつもの辞書だけではなく、無地の書物になにやら書き付けがしてあるものをアガフォンに開いて見せた。そこには無表情な文字で様々な疑問点と考察、仮説が列挙されていた。
    「ほう」
     僅かに眉を動かしたアガフォンが、見せてみなさいとクェイルーヴァを招き寄せる。記されているものを確認し、少し感心した様子で頷いてからそのひとつひとつに答えを与えるべく――どうやら腰を据えて教えるつもりらしく姿勢を正し――口を開いた。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2018/09/16 14:03:42

    誕生

    #小説 #Twitter企画 ##企画_トリプロ
     天使アガフォン @mohe369 、天使マーティス @mikadorobo と幼い天使

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