きつねとがちょう テーブルの上に、十字型のゲーム盤が置かれている。天使の白い指がその上からそっと木製の駒――狐のような形をしている――をつまみ上げた。しげしげとそれを眺めてから、今度はその視線は盤上に落ちる。そこには鳥を模した駒が幾つも並べられている。
「もう跳べませんのでクェイルーヴァ様の負けですね」
盤を挟んで向かい側に座っていた青年が静かにそう述べると、天使クェイルーヴァは手に持っていた駒を盤上に降ろした。狐が鳥に囲まれ、追い詰められているような様相である。
平和な昼下がり、青年の……ジーフリートの私室にて二人は珍しくゲームをしていた。珍しく、というか、クェイルーヴァが娯楽らしい娯楽に手を出すのはこれが初めてであった。
盤上で狐が鳥の群れを追うゲーム。狐側と鳥側、両方の立場を交代でプレイした二人だったが、いずれの勝負もクェイルーヴァが敗北していた。ジーフリートはクェイルーヴァの様子を慎重に推し量りながらも手加減はせず、またクェイルーヴァも機嫌を損ねるようなことはなく満足したようだった。
「ジーフリート、これを借りていっても構いませんか?」
「ええ、どうぞ。どうされるのですか?」
「皆とやります」
クェイルーヴァの回答に、ジーフリートはきょとんと瞬きをした。それからゆっくりと目を細め、それはとてもよい思い付きですね、と優しく笑った。
大事そうにゲーム盤を抱えて空を飛んでいたクェイルーヴァは、ふと眼下に見えた姿に瞬きをしてから高度を下げた。翼を一打ち、一気に風を切って滑空する天使のたてる音に気付かぬ筈もなく、相手は地面近くで足を止めそちらを見上げた。
「クェイルーヴァか。元気そうで何よりだ」
閉ざされたままの目がクェイルーヴァの方を見やってから僅かに目尻を緩ませる。ふわりとその背で真っ白い花で形作られた翼が揺れた。……天使エルダフラウ。彼はクェイルーヴァが抱えているものに気付いて僅かに首を傾げた。
「それは?」
「ボードゲームです。『きつねとがちょう』と言うそうです」
知っていますか、と訊ねるクェイルーヴァにエルダフラウは曖昧に頷いた。
「知ってはいるがやったことはないな……」
「そうですか。今からイグネイシャス師のところへ伺って相手をお願いしようかと思っているのですが、貴方も来ますか?」
「いや……まだ往診の途中だからな、今はやめておこう。後で顔を出す」
「わかりました、では私は行きますね。道中気を付けて」
「ありがとう、そちらもな」
クェイルーヴァは会釈してからまた翼を鳴らすと空高く舞い上がった。それを見送ったエルダフラウもまた翼を広げ、彼方へと飛び去った。