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    カイすばBD2017■メルティ・オレンジ


     新しい台本が配られると必ず見ることになる風景というものが、当然ながらいくつか存在する。新堂カイトにとって「珍しく気難しい顔をしながら筆記具を握り締めて机に向かう城ヶ崎昴」というのもそのうちのひとつであり――いままさに、その状況がカイトの眼前で展開されているところである。
     カイトの自宅、遅い午後の日差しに浸されたリビングにあるテーブルに広げられているのは、次公演『Wind-Wind Symphony!』の台本だ。休み明けに予定されている最初の読み合わせに備え、昴は真新しい台本に念入りに読みがなを振っている。
     読めない単語に行き当たるたびに首を傾げながら手元の携帯で辞書を引いて懸命に書き込んでいく姿はある意味けなげではあるが、なにせ「御伽草子」を「おかくさこ」と読む国語力の持ち主だ。いかんせん、進みが遅い。男の背後にあるソファに座り、自分の台本を読みながらしばらく様子を見ていたカイトだったが、結局痺れをきらして男の隣に腰を下ろした。
    「ったく、毎回毎回世話の焼けるヤツだなお前は」
    「うう……」
     すみません、とばつが悪そうに言いながら肩と眉尻を下げて縮こまる大型犬の広い背中を軽く叩いてやってから、そこかしこに書き込みの散らばった台本に目を落とす。
    「つーか、なにをそんなに引っかかってんだよ。高校生の話なんだから、今回はそう難しい漢字は出て来ねえだろ」
    「読みがなのほうはいつもよりよくてあとちょっとで終わりそうなんですけど、代わりに音楽関係で知らない言葉がいっぱいあって……。本物は無理でも、せめて楽器の写真とか図とか調べて見てみないと、ホン読んでてもイメージしにくいし」
    「あー……」
     なるほど、そういうことだったか。男の寄越した答えに、合点がいったと首肯を返す。どうやら毎度の辞書と、関連画像を保存したデータフォルダを端末の画面上で往復しながら作業をしていたらしい。いつにも増して時間がかかるはずだ。
    「いっそ楽器の写真はパソコンから刷って、楽器の名前と担当のヤツの名前書き込んで横に置いとけよ。そしたらそーこーしてるうちに頭に入るだろ」
    「あ、そっか!カイトさん頭いい!」
    「当然だろ、俺様を誰だと思ってんだ」
     ぽんと手を打って素直な歓声を上げる男に呆れ声を返しつつ、座ったばかりではあるが席を立つ。
    「カイトさん?」
    「そっちは俺がやってやるから、とりあえずお前は読み仮名進めとけ」
    「へっ?い、いいんですか……?」
    「いつもならそこまで手ェ出さねーが、今回は『SUPER ROCK MUSICAL』のとき並みにやること山積みだからな。やれることはさっさと済ませる」
     以前行なった『SUPER ROCK MUSICAL』公演と同様、今回の演目にもキャストによる生演奏が組み込まれる。演奏に加えてステージドリルパフォーマンスまで行なう予定になっていることを考えると、時間はいくらあっても困ることはない。
    「で、それが済んだらマーチングバンドの動画漁るぞ。俺もステージドリルの動きがじっくり見たい」
    「っは、はいっ!」
     そしてなにより、今回の主演である指揮者――ドラムメジャーの役割を務めるのは他ならぬこの男だ。ドラムの演奏を叩き込んだ際にも拍の取り方のコツは教えてあるが、昴にとってはマーチングの指揮など完全に未知の領域である。緊張を含んだ、よく通る返事を背中で受け止め、カイトはパソコンのある作業部屋へ向かったのだった。

    「どーだ、終わったか体力バカ」
    「はい!ありがとうございます……!」
    「よし、じゃあこっち来い。動画見るならパソコンのがいいだろ」
     呼ばれるままに作業部屋までやって来た男に、仕上がったばかりの資料を渡す。
     各楽器の名前はもちろんながら、パーツの名称、手入れの方法などの基礎知識を列記したものだ。資料から得るディテールは多岐に及んでいるほうが演技にも厚みが出る。受け取ったそれをぱらぱらと捲って流し読んだ昴が、再び申し訳なさそうに縮こまった。
    「すっげー助かります。すみません、メーワクかけて」
    「べつに。どーせレッスン用にこのくらいは用意するつもりだったしな。基礎しかさらってねえから、もう少し突っ込んだことは自分で勉強しろよ」
    「はいっ」
     そんなやり取りを交わしてから、肩を並べてマーチングバンドの関連動画を探しだす。
     ステージドリルに要求されるのはダンスというよりも集団行動に近い規律性だ。アクション指導を担当している昴の視線が真剣さを増したことにつられて、揃って食い入るように画面を眺めていた。
    「――……あれ、暗くなってきましたね」
    「あ?そういやそーだな……って、うお、もうこんな時間かよ」
    「オレ、カーテン閉めて来ます」
     ふと気付けば数時間が過ぎており、部屋に差し込んでいたはずの蜂蜜色の日差しは知らぬ間に茜色に変わっていた。
     窓際に立つ男のやわらかな赤毛が、夕日に透けて滲む。カイトが向けた視線に気づいたのか、カーテンに手をかけた男がカイトを振り返った。なにやら随分と嬉しげなティーブラウンの瞳と視線がぶつかる。
    「んだよ」
    「あ、いや、なんでもないんですけど」
     男の長躯が佇む、橙に染まった窓辺が台本のなかの教室と重なる。カイトの演じる宇田川が、昴の演じるアキラへ、吹奏楽部の未来を託す場所。
     デスクチェアから立ち上がり、ステージライトのような夕日に染まったそこへ誘われるように歩み寄る。髪と同じように茜色に滲んだ双眸が、カイトを映してあどけなくほどけた。
    「なんか、オレ、アキラの気持ちがわかる気がします」
     それは一体どういう意味か。そう尋ねるまでもなく伝わる無防備な信頼が胸裡を揺らして、心地好い高揚を連れてくる。
     この男の持つ未完成な才能を支え、伸ばし、あざやかなステージをともに作り上げたい。目の前の存在がそう望むに足る男だと、自分はすでに知っている。――三杉アキラという可能性に出会った宇田川も、きっと似た感情を抱いたに違いない。
    「……ガッツリ鍛えてやるからな。覚悟しとけよ、指揮者殿」
    「はいっ、オレ、がんばります!」
     レッスンよろしくお願いします!
     元気よく頷いて頭を下げる男のまっすぐな熱さが、カイトにはただ好ましい。応えの代わりに男の髪を少々乱雑にかき混ぜてやって、目を細めた。



    ***
    20171030Mon.

    ■蒼穹にささぐ


     天蓋から降り注ぐステージライトは、あざやかな夏の日差しに似ている。
     膚をすべる汗の感触、足元にくっきりと落ちる濃い影、目の眩むような強烈なひかり。銀幕に投影された青空を背に、眼前に広がる客席からの熱を感じながら、新堂カイトは葛西大翔として終幕を告げる礼を贈る。
     搭乗案内員が、管制官が、客室乗務員が、副機長が――YME777便のフライトを支える個性豊かなスタッフたちがそれぞれに観客への礼を示し、大きな拍手と劇伴に送られながら順に舞台袖へと捌けていく。
     ホールいっぱいに響き渡っていた拍手が潮の満ち引きのようにうつろってひそやかなさざめきに変わったころ、舞台上にただひとり残った男がその長い両腕を広げて客席からの熱を受け止める。しん、と静まり返った舞台の上で、男がひとつ大きく息を吸った。
    「『――当機はまもなく、定刻通りに着陸致します。このたびはご利用、まことにありがとうございました!』」
     最後の台詞を言い終えるとともに、右手を上げて敬礼の姿勢をとる。
     よく通る、まっすぐな熱に彩られた中低音が空気を伝わって飛んでいく。冷めやらぬ熱で肺を満たし、敬礼を解いた男は「ありがとうございました」と礼を述べながら深々と頭を垂れる。おもてを上げ、客席を見渡した男が浮かべるのは、快い安堵と高揚に満たされた笑顔だ。
     それに応えるように、割れんばかりの拍手がもう一度湧いて劇場を包んだ。


     離陸を報せる機長・葛西のアナウンスから始まり、回想録の形で物語が進行していくシチュエーションコメディ『フライト・インポッシブル!』は、主演でありもうひとりの機長を務める東堂の着陸アナウンスで幕を下ろす。目的地へ到着したYME777便の乗務員たちが、それぞれの旅路に向かう乗客の幸いを願うように、カイトたちも青空に似た高揚とともに観客を送り出すのである。――ちょうど、今日のような。
    「カイトさん、早くしないと売り切れちゃいますよ!」
     今日は劇場の裏手にある飴細工の専門店の新商品の発売日で、昼食後の軽い腹ごなしを兼ねてふたりで楽屋を抜けてきた。劇場の裏口から並んで一歩踏み出した昴が、ちいさな子どものように弾んだ声でカイトを急かす。夜公演に備えて特盛りの唐揚げ弁当をぺろりと平らげてきた表情は、どこから見ても上機嫌そのものだ。
    「ったく、急かすんじゃねーよ」
     抜けるような青空からやわらかい陽光が降り注ぎ、穏やかな風が頬を撫でながら街路を吹き渡っていく。カイトが返した窘めも、申し訳程度に呆れの色を重ねてはみたが形ばかりだ。こんな日に不機嫌な顔をしているほうが野暮というものだろう。
    「そういえばさっき、夜公演が終わったらみんなでごはん行こうって響也さんが言ってましたよ」
    「んだよ、ジュニアのやつもう晩飯の話してんのか?」
    「ほら、今日で公演期間の折り返しじゃないですか。明日は休演日だし、せっかくだからって」
    「あー、そういうことか」
    「その話してたときちょうどカイトさんロッカー行ってていなかったから、たぶんあとで食べたいもの聞かれますよ」
     オレ、焼肉って言ったら『いま唐揚げ食べたばっかりだろ』ってみんなに笑われちゃって。いや、そりゃそーだろ。えー、だってもう夜には消化されちゃってるじゃないですか!
     他愛のない会話をボールのように転がしながら、肩を並べて同じ速度で歩く。明るく跳ねる耳慣れた中低音と、初夏の翠に染まった街路樹のざわめきが心地好い。昼下がりの街の喧騒のなかを泳ぐ感覚に目を細めていると、昴がふいに視線を上向かせてちいさく呟く。
    「飛行機だ」
     その声に誘われるようにして同じ方向へと目を遣れば確かに、空色のキャンバスに白い尾を曳きながら渡っていく銀翼が見えた。綿菓子に似た雲の向こうへ消えていく小さな影をまっすぐな目で見送り終えた昴の、あかるいひとみがカイトを捉える。
    「オレ、東堂を演るようになってから、飛行機を見るのが楽しくなったんですよ。どこに行くのかなーとか、どんなお客さんが乗ってるんだろうって」
    「あと、どんな乗務員が乗ってるか、もな」
    「そうそう!機長の仲が悪かったら大変っすよね、葛西と東堂みたいに」
     じゃれつくように投げかけられた言葉に同じ調子で返してやると、昴が嬉しげに表情を綻ばせてもうひとつ応えを接いでくる。ほんの一瞬重なった視線のあどけないぬくもりがやわらかい風を含んで、胸裡を揺らして過ぎてゆく。
    「……まあ、なんとかなるだろ。葛西と東堂みたいに」
     カイトの答えに、午後のひかりを汲み上げて透けるティーブラウンがぱちりとまばたく。
     『フライト・インポッシブル!』はシチュエーションコメディであると同時に、相容れない性質の存在だと決めつけるばかりでは得られなかったなにかを、主人公である東堂がひとつのフライトを通して得る演目でもある。
     すれ違いや衝突を経てもなお、ひとはいつかなにかのきっかけでわかりあうことができるのだと、晴れやかな希望に満ちた――そんな、物語だ。
    「そうですね、」
     ステージライトのあざやかな熱と光を湛えた中低音が、たしかな声でそう応えた。



    ***
    20171123Thu.
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    2018/07/08 15:13:37

    カイすばBD2017

    #BLキャスト #カイすば

    2017年のカイトさん、昴くんのお誕生日に書いた小ネタ×2。この子たちと出会って2回目のお誕生日もお祝いできてしあわせでした。

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    ##腐向け ##二次創作  ##Kaito*Subaru

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