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    ラミアー 母親としての資質を問われても、私にはどうしようもなかった。刀遣いとして働き続けることは母親としての責任を果たしていないと言われて、どうしたらいいのかわからなかった。「殉職率の高さ、家庭で過ごす時間の短さ、どれをとっても母親に相応しい職ではありません」「事実あなたは家庭を顧みなかった」「なにより、あなたが死んだらお子さんをどうするつもりですか」……。
     ああ、奪われる。この手から取り上げられる。どうしてこんなことになってしまったんだろう。

     * * *

     鳥の鳴く声がする。
     すらりとした長身の女が、その声を聞いている。年の頃は三十そこそこだろうか、ぴったりと体に合ったスーツを着て、腰のホルスターには刀が差されている。
     女、天羽あこやはとあるうち捨てられた神社へ来ていた。人の気配はない。こじんまりとした本殿の屋根に、びっしりと鳥が留まっている。あこやはそっと腰の刀──刀神は宿っていない、豊和だ──を撫で、参道を進む。鳥が騒がしくなっていく。ぎょうぎょうと鳴いて、泣いている。
     本殿の前で足を止め、閉ざされた扉の向こうを見通そうとしているかのように目を細める。周囲の空気がじわじわと色と匂いを変えていく。常人には気付けないその変化を、あこやは正確に感じ取っている。刀の柄を握り込み、呼吸を整える。
     何の前触れもなく本殿の扉が開き、何かが中から飛び出してくる。初撃を刀で受け、あこやは鋭い目つきでそれを見た。
     艶めかしい裸体の女である。しかしその下半身は、太い蛇であった。尋常な生き物ではない。妖魔である。ずるずると蛇の下半身を引きずるその女体の妖魔は、嘆くような叫びをあげている。びゃうびゃうと鳴いて、泣いている。あこやはその耳障りな鳴き声に眉を寄せたが、その刀は鈍らない。そう長い時間をかけずに戦闘は決し、核を砕かれた妖魔は跡形もなく霧散した。
     あこやは改めて本殿へ向かうと、開いたままの扉から中の様子を確認した。暗い。そこに小さな影がうずくまっているのが見える。慎重に中へと足を踏み入れたあこやは、隙間から差す日差しに照らされたそれを見て唇を噛んだ。
     子供だ。小学校の低学年くらいだろうか、じっと動かない。あこやは、そっとその体に触れ、その冷たさと固さに一度指先を震えさせてから、そっと抱き上げた。
     ……あこやはその小さな遺体を適切な場所へ引き渡し、それから天照本部へ戻って豊和を返却した。その後急いで報告書を作り、提出と同時に退勤する。裁判が入っているのだ。
     電車に揺られながらぼんやりと思考を巡らせるあこや。今日は何を訊かれるのだろう。どう答えればよいだろう。あの部屋の匂いは好きじゃない。相手方の弁護士の声も苦手だ。ああ、駅で靴を履き替えないと。それから――
    「終点ですよ」
     不意に声をかけられてびくりと体が震える。混乱しながら周囲を見回したあこやは、車掌に促されるまま電車を降り、見慣れないホームで立ち尽くす。寝過ごしたのだ、と気付き血の気が引いた。慌てて携帯電話を確認すると、着信履歴の欄に弁護士の名前がずらりと並んでいる。時間を見るともうとっくに裁判は終わっている時間だ。ぐっと目を閉じると、呻きたいのを堪えてあこやは長く溜め息を吐いた。

     それから少し──あるいは沢山──時間が経った。

     既に日は暮れ、人気も少ない天照本部。その中にある自販機コーナーの長椅子に座り、長い溜め息を吐くあこや。缶コーヒーを開けることさえ忘れてぼんやりとしていた彼女は、近付いてくる足音に気付いてそちらを見た。
    「やあ」
     片手だけあげて挨拶をしてきたのは芹賀谷容、あこやの古い友人である。男はあこやの前を通りすぎると隅の灰皿の前まで行き、葉巻──といってもシガリロだ、大きさもさほど紙巻きの煙草と変わらない──を取り出して火をつけた。
     特に会話はない。あこやも少しの間は容の方を見ていたが、そのうち視線を手元に戻し、缶コーヒーを開けた。コーヒーの香ばしい匂いと、それから甘い匂いがする。容の吸っている葉巻の匂いだ。
     この匂いを嗅ぐのも久し振りだな、などと思いながらちびちびとコーヒーを飲むあこや。味なんてほとんどしない。胃はほとんど空で、コーヒー以外にすればよかったと少し思いながらあこやは缶を傾けた。
    「……眠れてるか?」
     不意にそう訊ねられ、あこやはちらとそちらを見た。目は合わなかったので、視線を戻す。
    「あんまり」
     苦笑、としかいいようのない表情。誤魔化すことも出来ただろうに、それが無駄だと知っているから。
    「薬、出そうか。依存の心配はないくらいの、きつくないやつ」
     甘い煙を纏いながら言う言葉は甘くはなく、ただ静かで、冷たく感じるくらい優しい。
    「ん……いい、もうすぐ終わるから」
     ゆるく頭を振って、ありがとう、とそちらを見ずに囁いたあこやは、容がどんな表情をしていたかもどんな仕草をしているかも知らない。知らないまま立ち上がり、空になった缶をゴミ箱へと捨てる。
    「草薙くん」
     立ち去ろうとする背に呼び掛ける声。あこやは振り返らず、立ち止まった。
    「君はよくやったよ」
     ぴくりとあこやの指先が跳ねたのを、容は見ていない。
    「……やれていなかったから、こうなったんだ、芹賀谷」
     その声は普段通り落ち着いていたが、ほんの少しだけ、迷子のようだった。そこに、かたん、と小さく何かが揺れた音がする。ようやく振り返ったあこやは、大股にこちらへと近付いてくる容の姿を見て少し身構えるように自分の手首を掴み、自分よりもかなり高い位置にある相手の顔を見上げた。あおい目を久し振りに正面から見た。と、思った次の瞬間、甘い匂いが強くなる。
     抱き締められていた。は、と空気の抜けるような声があこやの喉から出る。硬直したまま瞬きをしていたあこやは、我に返ると目の前の男を押しのけようとした。が、それを拒むように容の腕の力が増す。
    「健闘を称えるくらいはさせなさい」
     宥めるように、慰めるように、あこやの背を撫でる手。そこに他の意図はなく、ただ友として、傷付きかたくなになってしまっている彼女を慰撫しようとしていた。
    「……お疲れ様。今日はよく眠るといい」
     とん、とん、と最後に背を叩いてから離れる。容は穏やかな顔であこやを見下ろし、あこやはどうすべきか決めかねているような表情で容を見上げていた。少しの沈黙が流れたのち、あこやの眉が少し下がる。
    「ああ、……おやすみ」
     囁くようにそう答えて、あこやは立ち去った。それを見送ってから灰皿の方へと戻った容は、葉巻が灰皿の奥の方に落ちてしまっているのを見て苦く笑った。


     その後、天羽誠司、天羽あこやの離婚が成立。
     子供の親権については父親である天羽誠司が所持。母親である天羽あこやについては一ヶ月に二度の面会を許可するものとするが、子供自身が望まない場合はその限りでは無い。慰謝料は双方なし、天羽あこやへの養育費の請求もなし。
     かくして天羽あこやは草薙あこやへと戻り、愛したものをすべて取り上げられた。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2021/08/05 21:31:41

    ラミアー

    #小説 #Twitter企画 ##企画_刀神 ##いるあこ
    十五年前の話。

    草薙あこや@自分
    芹賀谷容@ちゅんさん

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