真珠とサファイア 久し振りに休日が被った。寄り添うように街を歩く二人が仲睦まじい恋人、あるいは夫婦であることは明白で、男の方は長い筒型の製図ケースを肩にかけていることからデザイナーか何かに見える。
その日は気になっていた個展に行った帰りにショッピングもする予定で、ブティックや専門店が並ぶ通りを歩いていた二人のうち片方、女が不意に歩く速度を落として店先に目をやった。
「何か欲しいものでもあるのかい」
「ああ……フォーマル用に真珠をひとつ誂えようかと思っていて」
ショーウィンドウに並ぶ煌めきたちに目を細める妻の横顔を、こちらの方がよほど眩しいと思いながら見る眼差しは優しい。
「覗いてみるかい」
「いいか?」
「勿論」
ジュエリーショップに足を踏み入れる所作に気負いはない。背が高くすらりとしていて日本人離れした容姿の男女は店内の様子にしっくりと馴染み、近寄ってきた店員に対する態度にも余裕があった。
「フォーマルな場所で使える真珠のアクセサリーを探しているのですが」
「承りました、こちらです」
カウンターに案内され、すぐにいくつかの品が並べられた。いずれも品があり落ち着いたデザインで、真珠も質が良いものばかりである。
「こちらのペンダントなどいかがでしょう、主張しすぎませんしお似合いだと思いますよ」
シンプルな、真珠を一粒あしらっただけのペンダント。美しいが、無難だ。女は……あこやはいまいち響いていない様子でそれを眺め、他のものを見せてもらえるように頼む。いくつか見比べた中であこやが気に入ったのは、チェーン部分に真珠がいくつかアシンメトリーに配置されたステーションネックレスだった。数字が六桁並ぶことになる値段に特に頓着している様子もなく、ご用意してきますと一度店員が下がった間にのんびりと他のジュエリーを眺める。
ふと、何かを見付けたように足を止めたあこやの視線の先に、ブレスレットがあった。青い石のあしらわれた、華奢なデザインのブレスレットである。動かないあこやに別の店員が声をかけてきた。
「そちら、美しいでしょう。なかなか無い発色のサファイアですよ」
ベルベットのように艶がある、少し明るめの青。あこやはしばらくブレスレット──特にその石──を見つめ、そっと隣の夫を見やり、また改めてそれを見た。
「それも気になる?」
「うん、……きれいだ」
真珠を用意して戻ってきた店員から差し出された紙袋を受け取りカードで会計を済ませるも、名残惜しいのか迷うようにブレスレットを眺めるあこや。
「それも買うかい」
「うん……いや、ふたつ同時に買うのは少し贅沢かな……今日は真珠だけにしておくよ」
「ふむ……ならこちらは私が買おう」
すいとサファイアのブレスレットを示して告げる夫に、あこやはぱちぱちと瞬きをしてから眉を下げた。
「容、私はそんなつもりじゃ」
「私が君に贈りたいんだよ。……君の好きな色だろう?」
柔らかく細められた美しくあおい目に、あこやは少し口ごもってから肯定した。彼女の愛しい夫は微笑んでから、店員へと声をかける。
「こちらも頂けるかな」
「かしこまりました」
ブレスレットも速やかに包まれ、会計が済ませられる。大きく骨張った手が小さな紙袋を受け取り、店員に丁寧に頭を下げて見送られて店外へと出る。と、ちょうど人通りが途切れたところで、周囲にこちらを見ている人間はいなかったものだから、隣で満足げな猫のような顔をしている愛しい妻に口付けるくらいは許されるだろうと彼は思い……実際、それは許された。