同期 中央区にある大教会の廊下を、一人の聖職者が足早に歩いていた。落ち着いた銀色の髪と青い目、仕立ての良い黒の法衣。片手には何やら紙束のようなものを抱えているその男は名をマルコ・スクリフトといい、中央区に所属する神父である。
先日の騒ぎで中央区の事務方周りは激務に追われ――それでなくても各地からの報告が錯綜して面倒なことになっているというのに――、それはマルコも例外ではなく、もうしばらくまともに寝ていなかった。
少し立ち止まり目頭を指で押さえる。長い溜め息を吐いたマルコの耳に、音高く響く足音が飛び込んできた。そちらを見ると知古の顔。
「マルコか、久し振りだな」
ひらりと片手をあげて歩み寄ってくるのは、室内だというのに重たげな外套を着た男である。
「ええ、顔を合わせるのは久し振りですね。報告書はよく回ってきますが」
「はは」
皮肉混じりのマルコの言葉を受け流して笑った男はクレイン・オールドマン、マルコとは見習い時代同期だった人物である。しかし今となっては、同じ中央所属でも上の方へ進み内務中心に才覚を発揮しているマルコと、各地を飛び回り血泥にまみれているクレインとではなかなか顔を合わせることは少ない。
報告書は、よく届くだろうが。
「書き損じばかりこちらへ回すのはいい加減にやめてもらえませんか」
「結局うまいことやってくれているじゃないか、流石マルコ」
「……褒めても誤魔化されませんからね!」
相手の目が一瞬泳いだことは見なかったふりをし、クレインはマルコの向かう方向とは違う方向へ足を進めた。
「じゃあまたな、怖い狸に呼ばれてるんだ」
「あっ、クレイン」
それを引き留めるマルコ。怪訝そうに振り返ったクレインの服を示す。
「それは脱いだ方が良いですよ」
「どうして」
「血がついています」
無造作に指差した場所、外套の裾に小さなえんじ色の染み。
「……よく気付いたな。ありがとう、脱いで会うよ」
小さく笑って、クレインは廊下の角の向こうへと消えていった。マルコはそれを見送ってから、逆方向へと足を進めた。