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    S02【粛正天使降臨事案】クレイン編◆逃亡◆咎人を裁くのは天使ではなく◆逃亡
     クレイン・オールドマン神父は路地を縫うように走っていた。細い道を選び、頻繁に進行方向を変え、何かから逃げるように。
     粛清天使と呼称されるそれを、クレインは肯定的にとらえていた。多少過激ではあるが、どうせ悪魔を掃討するなら徹底的にやらねば意味がないと以前から考えていたからである。
     そのため、教会を出たクレインは戦支度を整えており、粛清天使の行為を支援するつもりでいた。
     市街地で出くわしたそれに、攻撃を仕掛けられるまでは。
     銀のような光沢を持つその物体は、球体が三つ結合した形状をしていた。球体の大きさは子供が膝を抱えて丸くなった程度で、その周囲に光輪が浮かび、薄い板を重ねたような翼を持っていた。最も大きな球体はぱくりと口を開けるように割れ、そこから水を――圧縮され刃と化しているそれを――放つことが可能だった。
     出会い頭に一撃を受けたクレインは二の腕をすっぱりと切り裂かれ、状況を理解するより先に逃走を開始した。

     ……そして冒頭の状況に至る。

     クレイン・オールドマン神父は路地を縫うように走っていた。細い道を選び、頻繁に進行方向を変え、……天使から逃げるために。
     切り裂かれた二の腕は幸い左腕で、出血は派手だがそこまで深い傷ではないようだった。凄まじい切れ味だったせいか、興奮のせいか、痛みはあまり感じられない。
     処置をしようにもまずは天使を完全にまいてからでなければ足を止めることも出来ない。加えて、己が天使に追われていることを誰かに気付かれてはならないため、なるべく人気のない場所を探さなければならない。
     クレインは模範的な神父であり、敬虔な神の戦士である。クレインと付き合いのある人間のほとんどはその本質を知らぬまま彼を人格者だと信じている。その均衡を崩すわけにはいかないのだ。天使に追われていることを知られれば、悪魔との繋がりを疑われる。
     またひとつ区画を移動した。追っ手の気配はないが隠れられる場所を見付けるまで安心は出来ない。とはいえ全力疾走し続けていた最中に比べれば思考する余裕が生まれた。
     ――何故俺が攻撃される?
     まず脳裏をよぎったのはそれだった。
     ――粛清天使は悪魔と関係のある人間を攻撃対象とするのではなかったのか。己は悪魔などと関わりは……。
     その瞬間、クレインは理由に思い至ってしまった。走る足は緩み、顔は色を失っていく。ああ、と吐息のような声が漏れた。
     ……数年前のあの日。悪魔に囚われ、罪を犯したあの日の記憶がクレインの頭に甦る。天の国への扉は閉ざされ、生きて苦しみ続けることを決定付けられたあの日。
    「はは、そうか。そうか……」
     完全に足が止まる。安堵と絶望の両方に似た表情で、クレインは笑った。
     壁に手をつき、ずるずると座り込む。出血は続いており、服が赤く染まっている。その眼差しに力がないのは負傷のせいではない。しばらく目を伏せた後、クレインは腰に提げていた物入れから大きめの布を取り出し、片方の端を口にくわえて引っ張りながら負傷した二の腕へと巻き付けてゆく。
     死にたくない。
     罰されたい。
     相反する感情の狭間で判断を放棄したクレインは、普段から慣れている行動……生存を優先したそれを取ることにしたのだ。
     だがその目は暗く、静かで、絶望の欠片を抱いている。





    ◆咎人を裁くのは天使ではなく
     男が二人、大通りを走っている。それを追うのは冷たい鋼で作られた天使……粛清天使の群れだ。どうやら遠距離攻撃の出来るものはいないらしく、二人はなんとか逃走を続けていた。
     明らかに苦しげな様子で足を動かしているのはマルコ・スクリフト。その背を預かる形で少し余裕を持って走っているのはクレイン・オールドマン。お互い別々の流れで粛清天使に捕捉された彼らは逃走中に偶然かち合ってしまい、そのまま一緒に逃げる羽目になっていた。
     二人が顔を合わせるのは久し振りであり、加えて言うなら最後に会った際は喧嘩別れのような――もっと致命的な決裂とも言えるかもしれない――有様だった。……とはいえそれに気まずさを感じる余裕は無い。お互い追われる身となった彼らは、ある種の運命共同体のようなものだった。
     だが、クレインはこの状況に甘んじるつもりは一切無かった。
     教会をあらゆる存在に――それこそ悪魔にさえ――開放しているマルコは粛清天使に目をつけられてもおかしくないだろう。だが、実際に悪魔によって悪徳を注がれ罪を犯した己に比べればその咎は軽い筈であるとクレインは考えた。ばらばらに逃げれば粛清天使の群れの大半はこちらを追う筈だ、とも。
     マルコの足を気遣い、同時に行く道と来た道に意識を払いながらも、クレインの思考は鈍らない。戦場こそ彼の本領であり、命の危機こそ感覚を研ぎ澄まさせる。次にとるべき行動を決めるまでに要したのは瞬きひとつ、クレインは横目にマルコを見ながら口を開いた。
    「次の通りでお前はこのまま北に進め、俺は東に曲がる」
     喋る余裕もないらしく、マルコは息を切らしながら黙って頷いた。そして次の通りで二人は二手に別れる。一人になったクレインは走りながら背後を確認し、そして愕然とした。……粛清天使の群れは、その数を四割ほどにまで減じていた。
     ――六割向こうに行ったのか……!?
     想定と違う展開にクレインは内心舌打ちし、それと同時にどこか頭の隅がじくりと痛むのを感じた。己を罰してしかるべき天使らがマルコの方を優先しているという事実に、あの日――天秤が大きく揺れたあの日――垣間見たものが見間違いではなかった可能性が一気に上昇する。……マルコには、自分よりも重い何らかの罪が、ある。
     クレインはその思考を打ち消し、現状の打破に集中する。思考放棄癖も良し悪しだが、今回に限っては良い方向に作用しているようだった。クレインは通りから脇道に逸れて粛清天使を撒きながら、マルコが進んでいるだろう方向へ合流を試みる。塀を越え、段差を飛び、最短距離を通って疾走する。激しい動きをする度に負傷した二の腕に巻かれた布にじわりと赤が染み出したが、気にする余裕は無い。
     ……どん、と、突然頭上から飛び降りてきたクレインの姿にマルコはぎょっと足を止めかけたが、
    「走れ馬鹿!」
     叱咤に追われて走り続けた。
    「ここからだと俺の教会が近い、そっちに向かうぞ」
     再び後ろからマルコの誘導を始めたクレインは、マルコの足がほぼ限界に近いだろうことを見て取って不愉快げに眉を寄せた。己と彼とで鍛え方が全く違うのはわかってはいるが、命がかかっているのだからもう少し頑張ってほしい。粛清天使との距離はじりじりと縮み始めていた。
     前方に教会が見え始める。マルコの走る速度と粛清天使の飛ぶ速度を照らし合わせ、なんとか間に合うかと思ったクレインは不意に日の光が陰ったことに嫌な予感を覚え一瞬視線を上げた。つるりとした金属の光沢が見える。クレインの頭上を飛び越えるようにして、人形のような姿の粛清天使がマルコへと一気に距離を詰めようとしていた。どうやら背後の群れとは別方向からの乱入者のようだ。
     教会の扉へはあと一歩間に合わない。マルコの身体能力では自力で回避することも不可能だろう。粛清天使がその腕を伸ばしマルコを捕らえようとしたその時、クレインは反射的にメイスの柄を握った。考えるより先にマルコと粛清天使の間に割り込む。
     ――!
     金属と金属のぶつかる大きな音。ぐらりと傾ぐ粛清天使の体。遠心力を使って思いきり振り抜いたメイスは粛清天使を僅かに後退させ、片腕の負傷により保持しきれず手からすっぽ抜け遠くの地面へ転がる。それに構わず、クレインはマルコもろとも転がり込むように教会へと入り扉を閉めた。清潔で整頓されてはいるが寒々しい礼拝堂――使用感があまりないのだ、主が滅多に帰らないのだから仕方ない――の空気はどこか乾いている。
     荒い呼吸音。喋る余裕もないらしく床に座り込んでいるマルコをよそに、クレインは自分の手をじっと見ていた。
     ――天使を攻撃してしまった。
     ――違う、これはただ友人を庇っただけだ。
     ――……天使が悪だと断じた者を庇うのが正当か?
     ――ああ、そうだ、何故……。
    「マルコ」
     手の震えを押さえ込むように握って、クレインは友の名を呼んだ。息を切らせながら顔を上げたマルコは、ひく、と喉仏を動かし呼吸を止めた。
     クレインの目は暗い、昏い、光の感じられない緑色をしている。普段であれば。だが今はどうだ、ぎらつき炯炯と輝くそれは怪物のそれである。
    「お前が粛清天使に追われていた理由は、普通に考えるなら教会の開放や思想のせいだろう。今回彼らは判断基準が異常に厳しく、悪魔と少しでも接点があれば粛清対象とするらしいからな。……だが、なあ、マルコ・スクリフト」
     全力疾走してきた後だというのにもう息は整い、静かな葉擦れのように話すクレインの声は落ち着いているというのに目だけが炎を抱いていた。
    「俺の見間違いだと、勘違いだと証明してくれ。……服を脱いで、その肌になにも刻まれていないことを確認させろ」
     マルコはクレインのその目から目を逸らさなかった。ゆっくりと息を吐き、襟元へと手をかける。ボタンを外していくにつれ露わになる肌をクレインは険しい顔で見詰めていたが、胸元が見えた瞬間はっと息を止めた。
     矢印とも雷ともつかない紋様。傷跡でも化粧でもない、くっきりと浮かび上がるそれ。クレインは無遠慮に手を伸ばしてそれに触れ、ぞわりと背筋を這い上がる悪寒に確信した。……悪魔との契約紋だ。
     次の瞬間、クレインはマルコを思い切り殴っていた。
    「ふざけるな! なんて体たらくだ!!」
     数歩たたらを踏んだマルコは、殴られた頬を擦りもせず黙ってクレインを見た。怒りのあまり血の気の失せた顔で握った拳を震わせているクレイン。
    「悪魔と契約するだなんて聖職者としてあるまじき愚行だ、主への背信だ! 一体何を考えている!?」
    「……では私からも貴方に訊きたいのですが、貴方も私とそう変わらない数の粛清天使に追われていましたね?」
     それを聞いた瞬間、クレインの表情が一瞬凍り付く。だがすぐにそれは取り繕われ睨むようにマルコを見た。目は未だ燃えているが、その炎は少し揺れたようだった。
    「私を、私だけを糾弾するのは正しい行いだと貴方は胸を張って言えるのですか?」
    「……俺は実働部隊だ、穢れは普通の人間よりも負っている。それがかの天使には看過出来なかったんだろう」
    「悪魔と契約している私と同じくらい穢れていると? あり得ません。貴方は民の為に身を粉にし、献身を体現する生き方をしている。誉れとされこそすれ、多少の穢れなど問題になる筈がない」
     ぐ、とクレインの眉が寄り、僅かに表情が歪んだことにマルコは気付いていない。己を賛美する言葉が何よりクレインの神経をすり減らすことも、彼の献身は極めて利己的なそれであることも、彼は断じて「立派な神父様」ではないということも、マルコは知らない。二十年付き合ってなお、否、だからこそクレインの歪みは巧妙にマルコの眼差しからは隠されていた。
    「……五年前に自死をはかってなお、貴方は敬虔な聖職者であり続けたではありませんか。その貴方がなぜ、」
     さっ、とクレインの顔色が変わる。素早く伸ばされた手がマルコの胸ぐらを掴んだ。その手はぶるぶると震えている。
    「お前に俺の何がわかる!!」
     喉が破れるような叫びだった。激高したクレインの唇は震え、髪さえ逆立つ勢いであったが、……対するマルコはその怒り――にしてはどこか悲愴感のある――を目の当たりにすることによって頭が冷えたようだった。
    「……貴方は私を理解していると?」
     ぴり、と空気が震えたような錯覚。奥歯を噛みしめマルコを睨み付けているクレインは血が沸騰するような心地と、同時に指先が冷えるような心地を感じていた。憤怒とも悲嘆ともつかない激情が全身を巡っている。
     悪魔への憎悪はクレインの魂に深く深く食い込んでおり、時折蠢き傷をこじ開け血を流させる。それが今だ。敬虔で真面目な聖職者だった筈の男が悪魔との契約などという悪徳に身を染めている事実が、それを悔い改めるでもなく己を糾弾している現状が、クレインの魂からとめどなく血を溢れさせる。
     だがそれはクレインの優しさや潔癖さのあらわれなどではない。矮小で、醜くて、浅ましくて……臆病な、自己愛だ。自分を愛するやり方を忘れた、がらくたの嘆きだ。



    「では聞きますが、もしも私が国民を助けるために悪魔と契約を結んだとしたらクレイン、あなたはどうしますか?」
     以前マルコにそう訊かれたことをクレインは思い出した。あの頃既に「そう」だったのか、それとも奇跡的な予知だったのか、今となってはわからない。
    「なんだ、そんなの決まっているだろう」
     そう、あの時のクレインは迷いもせず、こう答えた。



    「……『お前が救われるよう神に祈ろう』」
     囁くように告げられた言葉に、マルコは息を呑んだ。
    「『その魂がこれ以上穢れないうちに、天の国の扉が開かれているうちに、俺がお前を送ってやる』」
    「クレイン、それは」
     ゆっくりとマルコから手を離し、懐からナイフを取り出したクレインの表情は逆光でよく見えない。笑っているようにも泣いているようにも見える。
    「……あの時俺はそう答えた筈だ。その気持ちは今も変わらない。お前の罪が濯がれるよう、主の愛が降り注ぐよう、俺が祈ってやるから……」
     ――死ね。
     それは極めて短い別れの挨拶だった。完全に頭に血の上りきったクレインは、己が殺そうとしている相手が二十年来の友人であることなど意識の外に置いている。……救わなければ(ころさなければ)。彼も天に見放されてしまう。その前に、救われ許される余地があるうちに、更なる罪を犯し堕ちてしまう前に、救わなければ。その思考は極めて一方的かつ傲慢であり、加えて利己的であり、私情に満ちている。己は救われない、天の国へはゆけない、だからせめてこの手が届く範囲の人間は全員救われてくれないと困るという利己的な救い。
     よく手入れのされたナイフはクレインの手の一部であるかのように馴染んでいる。本来聖職者の持つべきものではないというのに、そして、今から断じて聖職者がすべきではないことを成そうとしているというのに、異常なほどにその姿は堂々としていて違和感が無かった。輝く緑色の目はマルコを真っ直ぐ見詰め、自らの行いに疑問も後ろめたさも感じていないようだった。
    「誰かいますか!」
     その時、教会の外から呼びかける声がした。よく響く青年の声だ。一瞬クレインの意識が逸れた隙を突いて、マルコが近くに置いてあった燭台を掴みナイフを叩き落そうとする。が、気を取られていてなおクレインの動きはマルコに追い付いた。咄嗟に燭台を掴み、そのまま二人の動きは拮抗する。
    「大人しくしていろ! 余計な怪我が増えるだけだぞ!」
    「そう言われて大人しくするような人間は自殺志願者くらいですよ、生憎と私はそうではありません……!」
     本来であれば二人の力の差は明白だ。年こそ同じではあるが、体力も身のこなしも何もかもクレインの方が相手を上回っている。だが今回ばかりは己の命がかかっている、マルコの手は必死にクレインの手からナイフを奪い取ろうとしていた。クレインが片腕を負傷しているというのもこの状況を作るのに一役買っており、彼の二の腕に巻かれた布の赤い染みはじわじわと面積を広げていた。
     不意にその拮抗が崩れる。クレインの指先に、傷の影響か僅かな痺れが走った。燭台を掴んでいた手から僅かに力が抜け、力の流れが変わり、二人の手をすり抜けた燭台は床へ落ちけたたましい音をたてた。突き出されたナイフの柄を咄嗟に掴むことが出来たのはマルコの実力というより幸運だろう、じりじりと刃は進みその喉を狙っている。
    「今すぐ二人とも止まりなさい!」
     突然礼拝堂内に響いた鞭で打つような声に二人の動きが止まる。声の主を見たクレインは舌打ちをし、マルコは驚いたように目を丸くした。
     ニル・ニーシュ。大きく開かれた扉の前に立つその姿は、戦場でも駆け抜けてきたかのよう。輝く金色の髪は乱れ、表情は険しい。……加えて、その手にはマスケット銃が構えられていた。
    「いいですか、そのままゆっくり距離をとって下さい。……クレイン・オールドマン、武器を下げなさい」
     いまだにナイフを構えたままのクレインに、ニルの声が低くなる。それでも動かなかったクレインは、二拍ほど数えてから目を閉じ大きく深呼吸をし、ナイフをしまい込んだ。再び開かれた目は平時のあの暗い緑だ。
    「……今は身内で揉めているような余裕はありませんよ。それくらいわからない貴方がたではないでしょう」
     銃を下げたニルはどこか冷たい声で二人を責める。マルコは気まずげに目を泳がせたが、クレインは何かを押し殺したような無表情のままだった。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/01/02 14:58:09

    S02【粛正天使降臨事案】クレイン編

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    Twitter企画「Trinitatis ad proelium」イベント作品。

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