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    S04【悪魔集中掃討作戦】クレイン編◆出立◆発見◆出立
     悪魔が集団で拠点を作るなど、前例のない行動である。人間では対処できない(ころせない)相手に対して今までなんとか踏みとどまってこられたのはあれらが統率されていない烏合の衆だったからであり、群れを作られ、あまつさえ集団で行動を起こされてしまっては我々に勝ち目はない。一方的な蹂躙によってこの国は滅ぶ。
     ――であるから、我々は戦わねばならない。どんな手段を使ってでも生き延びなければならない。それこそが人間の本懐である。
     自らが籍を置く教会の礼拝室で跪き長い祈りを捧げていたその神父は、祈りを終えると静かに立ち上がり荷物を持ち上げた。出立の時間である。
     彼の名はクレイン・オールドマン。中央区、広域悪魔対策室・第二遊撃部隊に所属する武闘派だ。長年に及び悪魔と戦い続けてきた彼は当然今回の作戦にも召集され、南東にて形成されつつある悪魔の拠点へと向かうことになっていた。
     教会の表に用意した馬に荷物を積み、自分も跨がる。東区経由で南区へ向かう行程で、現地への到着目標は二日後。東区で一泊する予定である。
     手綱を手繰り馬を走らせるクレインの目は静かに凪いでいる。……ように見えるのは彼が本心を押し込めがちな男だからであって、実際のところその心中は穏やかではない。
     悪魔の侵攻が本格的に始まったのと同時期にクレインは正式な神父となった。それからずっと前線で働き続けているため、王国の窮状は肌で知っている――政治や社会活動については範囲外であるが――。ぎりぎりで踏みとどまり、ほんのわずかずつではあるが国民たちの状態も快方へ向かっていたというのに、最近の王国は極めて不安定である。
     ――主よ、主よ、我らに試練に耐える強さを与えたまえ。
     懐に入れられたロザリオを、その感触を、クレインは何度も頭の中で反芻していた。


     ……東区の一角にある小さな靴工房。そこを訪れたクレインは、まるで自宅に帰るような自然さで扉を開き中へ足を踏み入れた。
    「こんばんは」
    「いらっしゃい」
     奥の方から聞こえたのは落ち着いた男性の声で、少ししてから声の主が姿を見せる。エプロン姿のその男は、手袋を外しながらクレインを見てわずかに表情をやわらげたようだった。
    「君か。よく来たな、今日はどうした?」
     チュス・レオーネ。この工房の主であり、クレインの友人である。また、聖職者ではないのにこうして活動出来ているのだから当然普通の人間ではない。……翼が片方逆向きに生えているなり損ないではあるが、彼はクレインを加護し、死の淵から掬い上げた天使だった。
    「仕事で南東の方に行くことになったので、ついでに顔を出しておこうかと思って。元気そうでなによりです」
     ふ、と笑みを浮かべたチュスは、軽くクレインの二の腕を叩いた。
    「君の方こそ変わりないようでよかった。……ゆっくり出来るのか?」
    「こっちの教会で一泊する予定です」
    「ならうちに泊まるといい、今ちょうど良い薫製肉があるんだ」
     その誘いに少し考えるようなそぶりを見せたクレインは、わずかに眉を下げ苦笑する。
    「貴方には勝てませんね、教会に連絡してきます」
     ……そして一旦工房を後にし、しばらくしてから戻ってきたクレインは片手に包みを抱えていた。中身はパンと果物で、クレインの分として用意されていたものの一部を頂いてきたのだ。
     それもあって夕食はそれなりに満足のいくものになり、その後の晩酌もゆったりとした心地好い空気が支配していた。
     クレインとチュス、二人は一回り近く年が離れている――あくまで外見上であり、実際のところ天使であるチュスと人間であるクレインとでは一世紀近く生きてきた年月に差がある――が、友人のような家族のような不思議な情で繋がっていた。
     次の日があるためクレインは早々に酒は止め、つまみだけを口に放り込みながらぽつりぽつりと言葉をこぼす。一方のチュスはまだ杯を重ねているが、少し口数は多くなったものの潰れる様子はない。
     不意に、しん、と静かな空気が流れる。
     その静寂に、チュスが迷うように唇を開いて、閉じた。襟元を指先で弄りながら視線が落ちたのを、クレインが怪訝そうに見やる。
    「……明日、」
    「はい」
     促すように頷いたクレインの顔をうかがいながら続けるチュスの表情は少し硬い。
    「なにか……危険なことをするんじゃないのか」
     そのチュスを見返したクレインは、少し首を傾げて笑ってみせる。
    「いつもと同じような仕事ですよ」
     否定をしないのは彼なりの誠実さか、卑怯さか。クレイン・オールドマンという男はこの友人を、この場所を大事に思うあまり、けして自分の仕事について深く話そうとはしなかった。
     ――もし、己がいつか暴力的な死を迎えて、過去形で語られることになっても。その記憶に残るのは戦士としての己ではなく、ただの穏やかな男であってほしいのだ。
    「……いつもと同じ」
    「ええ」
     その「いつもと同じ」ものが一般的な聖職者とは少し異なっていることをチュスは知っており、この友人が危険な目にあうことや傷付くことは極めて不本意ではあったが、彼にそれを止めさせることは出来ないこともよくわかっていた。
    「そうか、……そうか……」
     少し悲しげな――というより寂しげな――声音で呟きながら目を伏せたチュスを、クレインは黙って見詰めていた。


     次の日、朝。教会から馬を引いてきたクレインは、工房の前で出立の準備をしていた。馬に荷物を積み、その首を撫でると人懐こい仕草で頭を押し付けられる。
    「じゃあそろそろ行きますね」
    「……待て」
     それから馬に乗ろうとしたクレインを、チュスが引き止める。伸ばされた両手が、怪訝そうに振り返ったクレインの頬を挟んだ。
    「僕の目を持っていくといい」
     ぐいと顔を引き寄せ、額を突き合わせる。至近距離で見つめ合うことになった緑と朱が、一瞬ちらちらと光る。瞳の奥に鈍い痛みを感じて思わず目を閉じたクレインは、一呼吸置いてからゆっくりとまぶたを持ち上げた。
     そこにはバーミリオンの輝きを孕んだ目があった。クレインの本来の持ち物ではない、チュスから借り受けた色。
    「……終わったら返しに来てくれ」
     ――無事に戻って来なさい。
     言葉にされることのなかった願いを察しているだろうに、そちらについてクレインが触れることはない。柔らかく目を細め、いってきます、とだけ言うのだ。





    ◆発見
     フロレンツィア南東。突如として形成されつつある悪魔のコロニー付近に、聖職者の先行部隊の姿があった。
    「そろそろ警戒区域だ、注意を怠るな……」
     リーダー格らしき聖職者がそう促したが、ふとその足が止まる。ふわりと甘い花に似た香りがその鼻先を掠めた。
    「……帰ろう」
     ぽつりと呟き踵を返したその男を周囲の聖職者が制止しようとしたが、その聖職者たちも次々にぼんやりと目を曇らせ踵を返し始める。
     くすくすと誰かが笑う声がした。


    「精神を操る?」
    「どうもそうらしい。先行部隊が完全に戦意を失って使い物にならなくなった」
     キャンプ地でその情報を得たクレインは、怪訝そうに眉を寄せながら相手を見た。クレインとはそれなりに長い付き合いのその男は肩を竦め、大儀そうに溜め息を吐く。
    「浄化部隊が邪気祓いにあたっているが、復帰までは少し時間がかかりそうだ。……第二部隊はまだ動かないのか?」
    「あいつが来たらな」
     手持ち無沙汰げに襟元をつまんで弄りながら答えたクレインは、ふと何かに気付いたように黙り込み遠くを見やる。そして少しの間を空けたあと、相手に目配せをした。
    「来たみたいだ。行ってくる」
     ……クレインがキャンプ地の外れへ向かうと、ちょうど一人の青年が馬から降りたところだった。長い銀髪が乱れているのを片手で撫で付けてから振り返った青年は、クレインの姿を見て少し困ったように眉を下げた。
     ヨハネ・フライシャー。北地区に所属する神父である。クレインとの付き合いは長く、クレインは彼のことを弟のように思いつつも同志として信頼しており、今回の作戦において誘いの手紙を出していたのだ。
    「先輩、遅くなりました。すみません」
    「いや、北からわざわざ来させてこちらこそすまない。今回はアスールが別動隊だから、気心の知れた人手が足りなくてな」
     クレインはそれからどこか警戒するような、怯えるのにも似た様子で周囲に目を配る。
    「……それで、天使様は……」
    「ここにいるぞ」
     不意に響いた声。クレインが勢い良く上げた視線の先にはうつくしい生き物がいた。
     艶やかな長い髪。豪奢な衣装。優雅に空中へ腰掛けているその男の眼差しからは生き物らしい濁りが感じられない。鷹揚に微笑まれて我に返ったクレインは慌てて跪く。
    「初めてお目にかかります、アンセルム様。私はクレイン・オールドマンと申します。この度は我らにご助力頂けるとのこと、そのお慈悲に感謝致します」
    「うむ、そこまで畏まらずとも良い。顔を上げろ」
     聖アンセルム、希望の天使。輝く容姿は単に美しいというよりも、どこかおそれを感じさせるものであった。
    「絶望せず、希望を失わず進む者こそ我の愛し子だ。助けを与えるのは当然のこと」
    「痛み入ります」
     クレインは頭を垂れ祈りの言葉を捧げると、アンセルムの足元へ口付けた。


     ――見ろ、第二部隊だ。
     ――あの規模の部隊で加護つきが二人だぞ……。
     ひそひそと囁き交わしていた聖職者は、ヨハネの頭上でふわりと羽ばたいたアンセルムを見て口をつぐんだ。
     ヨハネもクレインも当然アンセルムもまったく周囲のざわめきを気にする風もなく、他の隊員と共に淡々と打ち合わせを始める。第二遊撃部隊はその名の通り遊撃を主な役割としており、動きはほとんど隊長であるクレインに一任されている。今回は元からの隊員だけではなく緊急召集された聖職者も何人か配属されていたが、今のところはこれといって問題は起こっていないようだった。
    「……北部からの接触で先行部隊が壊滅している、別の方角から様子を見てみよう」
     そう提案したクレインに異を唱える者はおらず、彼らはまずはコロニー西部へ向かうこととなった。ただ、クレイン他数名はその付近にある丘へと向かう。その「目」で確認できることがないか試しに行くのだ。
     丘を登る道すがら、クレインはヨハネを呼び寄せると今回の作戦についての指示を一言二言した。それから少し黙り込み、アンセルムから距離を取るようにして――内緒話をするように――ヨハネに顔を近付け囁いた。
    「細かいことはお前の裁量に任せるが……一点だけ。今回は絶対に倒れるな。無茶は大いに結構だが、命を担保にするのはやめておけ」
     そのクレインの台詞に、ヨハネは怪訝そうに眉を寄せた。……クレイン・オールドマンという男は身内を大事にする人間ではあるが、戦士の生き死にに口出しするほど過保護ではない。いまいち納得出来ていない様子のヨハネに更に重ねて言い聞かせる声は低く穏やかだが、どこか気鬱げである。
    「今のお前は皆に『加護つき』として意識されている。お前が落ちれば、『天使の加護があっても悪魔には勝てないのか』となって士気にかかわる」
    「それは先輩も同じでは」
     ヨハネの指摘に、クレインは朱色に染まった目を瞬かせてから困ったように笑った。
    「勿論俺も気を付ける。返さないといけないものもあるしな」
     返さないといけないものについてヨハネが訊ねる前に、一行は丘の頂上へと到達した。姿勢を低くし、なるべく遮蔽をとって身を隠しながら眼下を見下ろす。
    「……なんだあれは」
     低く呟いたクレインの視線の先、コロニー周辺には紙にインクを滴らせたような紫がかった黒色の染みがいくつも発生していた。まだ距離はあるが、クレインの――天使の――目は、その染みがどこか禍々しい霧を発生させていることを視認しており、それが恐らくは沼のようなものであろうことも確認出来た。
    「悪魔の仕業でしょうか」
    「恐らくは。……本来なら偵察部隊に任せるべきだが時間も人手も足りない、行くぞ」
    「はい」
     一行は慎重にコロニーへ向かって進み始めた……。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/01/02 15:05:25

    S04【悪魔集中掃討作戦】クレイン編

    #小説 #Twitter企画 ##企画_トリプロ ##CC
    Twitter企画「Trinitatis ad proelium」イベント作品。

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