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    加護 東区にて悪魔の人間に対する攻撃を確認、可及的速やかに対処せよ。……という発令が十日前。中央区から派遣された部隊は十日かけて悪魔をこの地から退去させ、現地で解散した。
     その部隊の一員であったクレイン・オールドマン神父は次の任務まで時間があったためすぐに中央区には戻らず、そのまま東区で数泊する予定を立てていた。ここ東区にはクレインの友人もおり、ついでに顔を出そうと考えていたのだ。
     年の離れた友人、チュス・レオーネとの交流をクレインはとても慎重に扱っていた。同僚ではない、任務も信仰も介さない付き合いは現状において極めて稀有であり、クレインにとってはささやかな日常の象徴のようなものだった。
     であるから、クレインはその友人との付き合いになるべく任務の匂いを持ち込まないよう意識していた。悪魔との戦闘があった場合、最低一日の冷却期間を置いてからでないと彼とは会わないようにしていた。今回もそのつもりであり、今日のところは仮宿である教会で一泊し、それから訪ねる予定だったのだ。
     ……宿の礼代わりに物資の配給を手伝っているところに、チュスその人が顔を出すとは思ってもみなかったのだ。
    「こちらから行かないと、工房まで訪ねてくるんだよ彼ら……」
     貴方が出歩いているということに驚いた、という旨を婉曲に伝えるとそう答えが返ってきて納得したものの、結局チュスと二人で通りを往くこととなってしまった――彼の家で飲もうということになったのだ――クレインは、彼の工房がある区画に差し掛かると視線を西の空へ向けた。昼と夜のあわい。陽光の最後の欠片。バーミリオンの輝き。その眩しさに目を細め、ふと足を止める。それに遅れて足を止めたチュスが怪訝そうにこちらを見てくるのに気付きながらもなにも言わず、考えるよりも先に手が己の腰へと伸びる。
    「……チュス、貴方走りに自信は?」
    「え? ……あまり無いが」
    「でしょうね……うん……じゃあ俺から離れないで、いや、……大きく三歩程度離れた位置をキープしていて下さい。それ以上離れても、近付いてもいけません」
     まだ戦闘の名残が体から消えていなかったのが幸いした。クレインは教会を出る際に癖で装備してきていた戦鎚を武器帯から外し、両手でしっかりと握り直した。尋常でない状況を理解したのかチュスの表情も険しくなり、なにか問いたげな眼差しがクレインへ寄越されたが、答えるより先に「それ」は現れた。
     黄昏へ染まりつつある空に何かが飛んでいる。鳥にしては速すぎる速度で近付いてくるそれのかたちが確認出来る距離になったとき、チュスは息を飲んだ。
     それは姿形自体は蜂に似ていた。だが、けして蜂ではありえない……中型の犬ほどの大きさだった。また、よく見ると顎が発達しており、鋭い牙が二対生えている。通常の生き物でないことは明らかであり、そして、クレインはその姿をつい最近見たことがあった。
     ……十日前、確認された悪魔の情報を受け取ったクレインの第一印象は「面倒だな」だった。その悪魔は使い魔を使っているとのことだったのだ。悪魔本体と違って使い魔は人間であっても倒すことが可能ではあるが、数は単純に力である。
     その使い魔は、おおきな蜂の姿をしていると資料に記されていた。
     悪魔を退去させたのは今日の未明。主を失った使い魔はそう長時間は現界し続けられない筈であるため、これは極めて異例の事態といえる。が、それでもクレインは己の浅はかさに内心舌打ちした。可能性がゼロでないのなら考慮すべきであり、軽率に日常へと直帰するべきではなかったのだ。
     悔やむ暇は無い。空を舞う使い魔は複数体、一方こちらは一人。……加えて守らなければならない対象が一人。これさえなければ撤退して教会へ援護を頼むところだったのだが、もしもを考えても仕方がない。クレインは覚悟を決めた。「守る」ということに関しては、クレインは一歩も譲るつもりはなかった。


     一つ、二つ、……三つ!
     戦鎚を振るい、飛来する使い魔を叩き落す。魔力の供給が無いからか脆く、動きもそこまで速くはない。とはいえ人間一人くらいなら容易く殺せる装置(いきもの)であることに違いはなく、クレインの表情は険しい。主がいない以上これ以上の増援は無いだろうから本来はこれらにだけ意識を払えば良いのだが、後方にはチュスがいる。
     ――それにしても。
     使い魔たちが明らかにチュスを狙っていることにクレインは違和感を覚えた。主である悪魔の退去に直接関わっているのはクレインであり、チュスはたまたま居合わせただけの一般人だ。戦闘能力も無く、脅威など欠片も無い筈である。……その違和感を突き詰めればクレインもある結論へ至っただろうが、命が――それも己のものだけではない――危険に晒されている最中思考をそれに割く余裕はなく、ただ戦鎚を振るい続けていた。四つ!
     ただ突っ込んでくるだけだった使い魔たちも数が減るにつれ慎重になり、クレインの横を回り込むようにして背後へと向かおうとするようになり始めた。戦鎚を振るうだけでなくある程度走り回らなければならなくなり、クレインの体力が一気に削られ始める。そもそも未明に任務を終えたばかりであり、まだ回復しきっていないのだ。それでもクレインの闘気は――殺気と呼んでもよい――萎える気配がない。
     残すところ最後の一体となったところで、クレインの背筋が冷える。その理由にクレインは遅れて気付いた。気配が死角側にある。戦鎚を振るうには体勢を変えなければならないがその一瞬が永遠に感じられるほど長い。足りない。
     ――この間合いなら迎撃は無理でも回避は可能だ。足を踏み切って、……駄目だ! 避けてはいけない。後ろに彼がいる。このまま受ける? せめて急所は外さないと、どうやって、ああ、間に合わない。
     クレインの腹に衝撃が走る。焼いた鉄を体内に差し込んだような熱。一瞬息が止まり、手から力が抜けかける。
     だが次の瞬間、命を絞り出すような音がクレインの口からもれ、戦鎚が横殴りに相手を襲った。弾き飛ばされたそれは、クレインの腹を――肉と、恐らくは内臓の一部を――食い千切っていく。赤く汚れた残骸が地面に叩きつけられ動かなくなったのを確認した瞬間、クレインの膝は折れ体は地面へと崩れ落ちた。
    「クレイン君!」
     悲鳴のような叫びが響く。駆け寄ってきたチュスはクレインの傍らにしゃがみ込み、息を飲んだ。地面に赤い染みが広がり続けている。思わずその原因であるクレインの腹部へ触れたチュスの手を赤い液体が濡らす。傷口――というよりももうそれは大きな穴だ――からどくどくと溢れる血は止まりそうにない。人を呼びに行ったところでその間にクレインの命が彼方へ去るだろうことはチュスにもわかった。鳶色の目は動揺の色に乱れ、再度クレインの名を呼ぶ声は震えている。
     その呼びかけに反応し、はく、とクレインの口が動いた。僅かに震えた指先を見て思わずその手を握り、それがぞっとするくらい冷えていることにますますチュスの動揺は増した。
    「……いのって、」
    「え?」
     消え入りそうな声。クレインの口から零れたそれは弱々しく、何かに心底怯えているように聞こえた。
     ……クレイン・オールドマンという人間は、「死」そのものを恐れはしない。死ぬこと自体は怖くないのだ。常に勤勉であれ、清く正しくあれ、献身的であれ……と自らに言い聞かせて生きている彼にはやり残していることもない。家族はおらず、友人はお互いの死を覚悟しているタイプの人間しかいないため思い残しもない。
     だが。
    「いのって、ください」
     ――いやだ。地獄へ落ちるのはいやだ。それは死ぬよりももっと怖い。死ぬのは良い、むしろ救いですらある。だが、どうか。俺が天の国へ迎えられるように祈ってくれ。
     クレインの目が泳ぐ。恐らくもうほとんど相手の姿が見えていないのだ。ひゅうひゅうと喉を鳴らす息の一回一回が死への秒読みである。その呼吸は徐々に弱まり、表情から苦痛の色さえ消えてゆく。
     唇を噛み、クレインの命が駆け抜けていくその様をなすすべなく見送ろうとしていたチュスは、一度短く息を吐いてから、ゆっくりと囁いた。
    「……すまない」
     それは許しを請う言葉ではあったが、静かな決意に満ちていた。その手がクレインの手を握り直し、祈りに似た所作で俯いた頭上にゆらりと光輪があらわれる。……彼は、クレインが思っていた――あるいは信じ込もうとしていた――ようなごく普通の人間ではない。
    「僕は、君を死なせたくない」
     クレインの視界が闇に塗り潰される直前、白い翼が這い寄る夜を裂いた。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/01/03 14:38:40

    加護

    #小説 #Twitter企画 ##企画_トリプロ ##CC
    チュスさんと。
    クレインがチュスさんに加護を賜る話。

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