雨宿り 雨足が強い。工房の中まで届く雨音は激しく、遠くで雷も鳴っているようだった。……その雨の中、まさか来客があるだなどとは男は露ほども思っていなかったのだ。であるから、突然工房へ飛び込んできた人影にびくりと肩を跳ねさせたし、その正体を確認するべく向けられた眼差しは警戒心に満ちていた。
だが、その警戒はすぐに散って消える。工房の入り口でどこか申し訳なさそうに立っている長身の姿は、よく見覚えのあるそれだったからだ。
「クレイン君、また見事に濡れ鼠だな……」
「ええ……すみませんが少し雨宿りさせて下さい。あと、よければタオルを貸してもらえませんか」
来客の名はクレイン・オールドマン、工房の常連客であり男の友人である。頭から爪先まで見事に濡れそぼった姿は彼を普段より一回りほど小さく見せていた。
「ああ、今用意する。上がって待っていなさい」
工房奥の居住スペースで、椅子に座って背を丸め、湯を張ったたらいに足を入れながら、クレインは指を擦り合わせた。体温が下がっていたらしく、湯に浸した足先がぴりぴりとする。
――思ったよりも世話を焼かれてしまっている。
突然の豪雨に対して雨宿り先を適当な空き家ではなくこの工房にしたのは、火やタオルが借りられるかもしれないという希望的観測によってではあるが、ここまで至れり尽くせりだとはクレインも想定していなかった。
他の部屋へ行っていた男が――工房の主である、チュス・レオーネが――戻ってきた気配に顔を上げたクレインは、彼が手に持っている物を見て僅かに眉を寄せた。
「サイズは合わないだろうが、濡れたままよりましだろう」
「ん、……そうですね、ありがとうございます」
差し出された物……着替えを受け取って、クレインは少し言い淀んでから言葉を続ける。
「……俺、人目があるところで着替えるのが苦手で。傷跡なんかも多いし、だから……すみませんが、ちょっと出ていてもらえませんか」
「ああ、じゃあ終わったら呼んでくれ」
特に疑う様子もなく部屋を出ていくチュスの背を見送って、クレインは安堵したように息を吐いた。それから濡れた服を脱ぎ、畳んで荷物としてまとめていく。先程の申告通り確かにいくつか体に傷跡はあるが、戦士であれば当然だろうという程度の量であり、ことさら醜いもの――ケロイドだとか――は無い。
着替える最中、下半身に手をかけたところで一度クレインは部屋の扉を見た。きちんと閉まっている。それを確認してから、素早くズボンを履き替えた。一瞬のぞいた革製の帯を――股間を封じているそれを――見たものはいない。
「……すみません、終わりました」
クレインの言葉に部屋へ戻ってきたチュスは、その様を見て瞬きを数度した。
……袖が腕に対して細すぎてほぼ腕に張り付いてしまっている、太股も同じような有り様だ。シャツのボタンに至ってはひとつも閉じられていない。どこか落ちつかなげに顎を引き目線を下げ気味にして、クレインは苦笑した。
「まあ、確かに濡れた服よりはましなんですが……」
途中で言葉を切ったクレインの言わんとすることを察し、
「君の体格が標準より良いだけだ」
チュスは不本意そうに言い切った。その目が一瞬クレインの喉で――喉仏を断つように走る傷跡で――止まったが、すぐに何事もなかったように他の場所を見やる。クレインもその視線に気付いていたが、反応はしなかった。
古傷に触れるのはまだお互いにタブーであると、本能的に知っている。