秋の香りと共にあなたの香りも届けて寒くなる前だからと、最近休憩時間は外での休憩となることが多い。
外、と言っても、塀で囲まれた限られた外界なわけだが。
せっかくなので、回れる範囲は回ってみるかと、とぼとぼと歩き出す。
そういえば、外回りのとき、とぼとぼと歩いていたら堂島さんにどやされたんだっけ。
『足立!時間は限られているんだ!キビキビ動け!聞き込みはまだまだあるんだぞ!』
僕よりの年上のはずなのに、息一つ乱さずに外回りをこなしていく堂島さん。
…まぁ、夜の時も僕より体力もあったわけで、驚いてしまったけど。
そんなことを思いながらも、ゆったりと歩いていると、金木犀を見つけた。
うっすら香る柑橘系の匂い。
そういえば堂島さんの香りもこのにおいに少し似ている気がする。
(お日様のような…それでいて包み込むような。)
肺いっぱいに匂いを吸い込み、目を瞑って堪能に浸る。
『お前の匂いは…ちぃとばかし寂しそうな感じがするんだよなぁ。』
そういえばそんなこと言われたっけ。
『だからよ、お日様みてぇな俺がいればちょうどいいだろう。』
そう言って笑顔を返され、抱きしめられた。
そんな温かい記憶。
もう傍にいることはできないだろうけど。
(記憶くらいは…抱えていても許されるかな。)
その日の午後、何の因果か、堂島さんが面会にやってきた。
世間話を簡単に交わした後、金木犀の話をした。
「なんとなく、堂島さんの匂いだなーとか思っちゃって。ハハハ。
まぁ、そんな匂いなんてもう近くには一生寄れないですけどね。」
ぽつりとそう呟くと、堂島さんは聞き漏らしていなかったようで、こう返してきた。
「金木犀に見とれて、謙虚が移ったのか?お前。
そこから出てきたら、嫌でも嗅げるだろう、俺の匂いなんざ。」
「はっ?」
「お前、出所したら俺のところに来るだろう。」
「何言っちゃってるんですか?」
「お前こそ、何考えているんだ、透。」
お互いに目を点にしながら少しの間黙ったあと、口を先に開いたのは僕の方だった。
「あの、あなたのところにいられるわけないでしょう。」
「それはお前の希望か?」
「だから!僕なんかが傍に居ちゃダメでしょう!」
「…それはお前の考えか?」
「はっ?」
「客観的な意見だろうが、なんだろうが、俺とお前の問題なだけだ。
俺は隣に居ろって言ってんだよ。」
「頭大丈夫ですか、堂島さん。」
思わず酷いことを口にした気がするが、僕の回答は「正しい」と思っている。
だってそうだろう。
こちとら人2人殺した犯罪者だ。
刑期的に長いものだから、出る頃にはだいたいの人の記憶からは消えているかもしれないが、
ゼロではないのだ。
そんな目に堂島さんを巻き込めるはずがない。
「お前は『傍にいて欲しい』顔をしてるぞ。…透。」
「ちょっ。」
「『謙虚』なんざお前には似合わねぇだろう。
いつもちょっと文句言うくらいが可愛げあって、お前らしいもんだよ。」
目尻に少し皺をよせ、笑いながらそういう堂島さんを見て、
僕はなぜだか少し泣いてしまった。
「仕方がないので、あなたの傍にいてあげますよ。もう返品不可ですからね?」
「はなから返品するつもりはねぇよ。愛してる、透。」