優しい味「これはなに?」
透明な器の中でふわりと広がっていくなにかに俺は首を傾げた。
街の外れにある茶屋へ連れてこられたはいいけれど、不思議なものを出されてどうしていいのかわからない。
「工芸茶と言って、お湯を注ぐと中が開くように作ったものなんだが初めて見るのか?」
「うん。こんなものを作るのは君たちくらいなものだよ」
獄族にお茶を作る文化はないからね。
そう言ったら始が微妙な顔になった。
「獄族はなにを食べて生活するんだ?」
「あれ、知らないの?」
「ああ……。人と関わりを持つ獄族は俺たちと同じものを飲み食いするが、おまえの言い方だと自分たちでは作らないように聞こえるんだが」
「基本的には水さえあれば十分だし、人間の食べ物で栄養を得るわけじゃないしねえ。必要になったらそこら辺にいる陰の種族を捕まえればいいだけだから」
獄族が必要とするのは陰の気だ。だから他の種族が近くにいれば必要に応じて気をもらう。それだけ。
なのに始が眉間にしわを寄せる。
「聞いてもいいか」
「答えられるものならね」
「森に魔物が山ほどいただろう」
「いたねえ。俺が来たときはそこまでいなかったけど……ああ、そうだね。あのときは人間で言うところの"ちょっとお腹が空いていた"から──」
「いや、いい。忘れてくれ」
掌を俺に向けて始が制した。
聞いておいて忘れろだなんて不思議な男だ。
やっぱり面白いと思いながら器を持ち上げる。
工芸茶という飲み物はとても優しい味だった。