おためしはどう? 良かったねえ、と向かい合って座る同族の彼が微笑んだ。
良かったのかな。
俺は腑に落ちなくて短く唸る。
始から契約を持ちかけられた後、俺は森を離れて少し遠くの山へ行った。
そこには小さな庵があって、俺よりずっとずっと長く生きているたったひとりの獄族がいて定期的に会っている。
定期的に、といっても俺の気が向いたらとか、相手が庵にいるときとか、それくらいのゆるさだけれど、俺が言葉を交わす数少ない獄族のひとり。
あとはもう少し離れたところに数人くらい。
誰かと会って話がしたいと思うことは少ないけれど、たまに情報交換だったり必要があって話したり。
それをこの獄族は仲良しなんだよって言うけれど。
「人というものに君は興味を持っていたでしょう? だからちょうどいいのではないかな」
「それはそうだけれど、始である必要はないし、契約をしなくても人を識ることはできるよ」
「そうだねえ。でも、契約をしなければ僕たちは昼間の人を知ることはできない。違うかな?」
「……違わない」
「あまり難しく考えなくてもいいと思うんだ。そもそも契約したいと思っても、獄族と人間の力が拮抗していなければできないし、君がしてもいいなと思うのならそれは力もちょうどいいということだからね」
「してもいいなと思っているわけじゃないよ」
「でも、嫌だとは思っていないでしょう?」
全部お見通し、とでも言わんばかりの彼をちょっとばかり引っ叩きたくなったけれど、俺の方が弱いからそれも叶わない。
こういうときは悔しい。
「君の場合はもう少し感覚で生きてみてもいいと思うよ。千年以上考えてばっかりだと疲れてしまうからね」
「……聞いていいかな」
「なぁに?」
「もしかして君、人間と契約した?」
数年前に会ったときはこんな物言いはしなかった。
だから率直に聞いてみたら彼は嬉しそうに笑ってみせた。
「隼、と彼に呼ばれているんだ。素敵でしょう?」
俺よりずっとずっと長く生きてきた彼が、こんなに幸せに見えるのは初めてだった。