ほしいもの 始と一緒にいるのはとても楽しい。
長いこと生きてきたけれど人間について知る機会はそれほどなかったから、新しく知ることばかりの毎日は新鮮だった。
言葉について、食べものについて、衣服について、祭や風習について。他にもたくさん知らないことはあった。
始に聞けばたいていのことは教えてくれる。
ときどき聞きすぎてため息をつかれることもあるけれど、そういうときでも始は俺を拒絶しない。俺の「どうして?」「なんで?」にきちんと向き合ってくれるのは始だけだった。
その始でも、教えてくれないことがある。
「感情について?」
海の屋敷でだらだらと過ごしている隼を訪ねたらお茶を所望された。
始に美味しいお茶を飲ませるための練習、と言われてしまってはしかたがない。隼のこういうところは嫌いじゃない。
「そう。人間と人間がお互いに抱く感情については教えてくれないんだよね。自分で考えろ、だってさ」
「始はなかなか厳しい先生だね」
すこし苦くなってしまったお茶を隼は美味しそうに飲む。誰かに淹れてもらえばなんだって美味しいんだろう。
「獄族だって感情がないわけではないけれど、君の場合は他の獄族よりも薄いところがあるからねえ……」
隼が言う。
人間とは見た目も生き方も違う陰の種族であっても喜怒哀楽はある。獄族にもちゃんとある。
ただ、人間から見れば平坦に見えてしまうんだろう。なにかに固執するのも感情の発露というよりは本能のようなものだし。
「ねえ、隼。どうして始は教えてくれないんだろう」
「春はそれが気になるのかな?」
なる、と俺は頷いた。
俺がなにかを理解したときの始は嬉しそうな顔をする。契約の条件をかなえられたという喜びなのかもしれないけれど、始のその顔を見るのが俺は好きだった。
だからできることなら始をもっと喜ばせたいと思っている。
こういうのは、おかしいのかな。