そのままでいたい 夜道を歩く。
街の大通りは静かだが、建ち並ぶ家々の窓からは明かりが漏れている。
人間の気配も濃厚で、獄族の身からすればひどく賑やかだ。
一歩分の間を空けて始が隣にいる。
海という人間の屋敷を出たらついてきたので理由を問えば、話があると始は言う。
「まだ話すことがあるの?」
「おまえとふたりで話したいんだ」
ふうん、と俺は返してからすこし考える。ああ、秘密の話をしたいのかな。
大通りの途中、開けた場所に出る。立ち止まり始と向かいあう。
「どんな話?」
「聞きたいことがある」
四人でいたとき、途中から難しそうな顔をしていたのは俺に対してだったのか。
「俺に答えられることならどうぞ」
また名前を聞かれても困るからね。
そうじゃない、と始は頭を左右に振った。
「さっき、俺と海以外の人間が部屋に出入りしただろう」
「したね。お茶もご飯も持ってきてくれたのはびっくりしたけれど、君も海って人間もけっこう偉いんだねえ」
他の人間は海の使用人なんだろう。陽の気の強さも流れもまるで弱かった。力のある者が上に立つのは人間も同じなんだろう。
「俺と海以外、区別がついていなかったんじゃないか?」
人間の顔が覚えられないのではなく、区別がついていない。始の指摘は正しい。
それがおかしいとは俺は思ってはいない。始だって、魔物の区別はつかないだろうからそれと一緒だ。
「海は獄族と契約しているから気の流れが違うから区別がつくんじゃないかと思ったんだが、どうして俺はわかるんだ?」
「どうしてだろうねえ。君の気はとても強いから、だからわかるんじゃないかな」
始が俺の手を掴む。熱い。夜なのに強い陽の気が流れ込んでくる。
言葉にされなくても始が言いたいことはわかっていた。
人間の区別をつけられない俺が唯一わかるのであれば、契約に値する人間なんじゃないかってことだろう。
俺にはわからない。
今まで人間と契約したいなんて考えたこともない俺にとって、契約できる条件がどういうものかは知らないし興味もなかった。
わからないから、どうしたらいいかわからない。
だけど服の上から掴んでくる始の体温も陽の気も心地が良くて、このまま掴まれていたいと思ってしまっていた。