そのなまえ 藍色の空で無数の星が瞬いている。
地上の明かりは数えるほどしかなく、それもいずれは消えてしまうかもしれない。
陰に傾いたこの世界で、陽の種族たる人間の立場は弱い。
日々を生き抜くだけで精一杯な街もある。
それでも希望を失わずに生きていけるのは新しい出会いがあるからだ。
目の前で腕を掴まれたまま立ち尽くすこの獄族も、始にとっては新たな出逢いのひとつだった。
はじめの出逢いからお互いにお互いへの興味があった。
言葉を交わしていくうちに好ましいと感じる気持ちは強くなり、より長くともにいたいと思うようになった。
人間よりも行動範囲が広く、はるかに長いときを生きる獄族にはわからないかもしれない。
ただ、この獄族の生きる時間のなかに、睦月始という人間がいたことを刻みたくなったのだ。
「俺と契約してくれ」
まっすぐに淡い緑の瞳を見つめながら始は請う。
獄族と契約することで人間である始に何が起こるのかはわからない。
わからないが、この獄族とであれば何があっても乗り越えていけると始は思う。
始の言葉に『ひみつ』と呼ばれたがった獄族は目をそらさないまま考えているようだった。
長い時間が経ったようにも感じるし、ほんの一瞬のようにも感じる。
獄族の淡い髪がゆるやかに上下した。
「いいよ」
しかたがない、とでも言わんばかりの表情だったが瞳は星と同じように輝いていた。
契約した瞬間、始の身体に風が吹く。
あたたかく柔らかな風に乗って獄族の固有の名前が脳裏に咲く。
「春」
それがおまえの名前なのか。始の口元に笑みが浮かぶ。
出逢いを告げる、はじまりの季節と同じ名前だ。