きみだけ 俺よりずっとずっと長く生きてきた獄族は、俺よりずっとずっと長く名前を持っていなかった。
ないわけではないけれど、固有の、彼を彼と音で識別するための名前はなかった。
だって、彼、と言えば獄族にとっては彼しかいなかったから必要なかったのだ。
いや、前も彼のことは名前で呼んでいたのだと思う。
ただ、人間と契約をして『隼』という名前を得た瞬間、俺は以前と同じように彼を呼べなくなってしまった。
頭の中で彼の名前と存在が書き換わった感じ。他の獄族もそうなっているはず。
人間と契約したがる様子もなかったから意外と言えば意外だけれど、彼が案外気まぐれなことは知っている。
「たまたま出逢って、一緒にいるのが楽しくて、契約もできるのだったら契約した方が面白いでしょう」
聞いた理由がこれだからそれ以上何かを言う気にはなれなかった。
それならとこの獄族と契約する気になった人間について聞いてみる。
俺がそこへ興味を持つのが嬉しいらしく、会いにいこうと隼は立ち上がった。
そうして隼と出かけて俺は驚いた。
隼の契約者がいる街は、始のいる街でもあったからだ。
「それこそ縁というものじゃないのかな」
紹介された『契約者』はかすかに混ざりあう陰と陽の気をまとっていて、確かに彼の契約者なのだとわかる。
彼の陰の気があるから、かろうじて他の人間と区別がつくけれど、それ以外の人間はやっぱり個体の識別ができないでいる。
ぼんやりとした陽の気のかたまりでしかない。
俺が唯一わかるのは、
「……どうしてここにいるんだ」
驚いた顔で部屋の奥から出てきた始だけなんだ。