うしなった感覚と教えられた間隔 始と契約した俺の生活は一変した。
太陽の光が人間にとってどれほど大切なものかを味わえた。
街は明るく賑わしく、森はやわらかかった。
特に人間たちが書き上げた本というものは素晴らしい。
言葉はあっても人間のように文字を持たない獄族には本を書く、保存するという発想がない。
寿命の短い人間だからこそ次の世代へ残そうとするのかもしれないね。
始に文字の読み方を教えてもらった俺は、始の住む屋敷に足繁く通った。
数えきれないくらいにある本を、いつでも好きなだけ読めるのは俺にとって幸せだった。
けれどついに始から苦情が来た。
どうやら、夜に明かりもなしで本を読んでいた俺をみかけた人間が悲鳴をあげて何度か騒ぎになったらしい。本を読んでいた俺はちっとも気づかなかったのだけれど。……嗚呼、始と契約したら感覚も鈍ってしまったのかも。
「せめて部屋に明かりくらいはつけろ」
「俺には必要ないのにどうして? それに明るくするための燃料は人間にとって貴重なんでしょう? 無駄なことをする意味がわからないな」
俺の質問に答えず始はため息をついた。
人間はなんて難しい生き物なんだろう。
「春、それなら夜間は俺の部屋でだけ読むようにしてくれ。それなら誰かが来ることもないし、俺も寝ているから部屋は暗いままで構わない」
「屋根の上は?」
もう一度始がため息をつく。
「おまえ、俺の傍にいるんじゃなかったのか」
「……あ、」
始の言う『傍』が彼の視界に入る範囲だということを理解したのは、俺と始が契約してから三ヶ月ほど経ってからのことだった。