満ちていくもの ふくよかな香りが部屋に満ちる。
春と生活をともにするようになってから、お茶の時間が増えた。
お湯を沸かし、茶葉を選び、春がお茶を淹れる様子を眺め、できあがったお茶をふたりで味わう。
茶器にお茶を注ぐまで春は無口だ。
美味しいお茶を淹れようと真剣な春を眺める時間は始にとって楽しかった。
お茶を飲み始めると春は饒舌になる。
新しく仕入れてきた人間に関する知識を始に披露したり、気になることを質問したりと忙しい。
初めて春を見たときの印象とはまるで違うが、春との会話は楽しかった。
知れば知るほど人間は面白いと春は笑う。
契約をしてからしばらく経った。
日を経るにつれ春もすこしずつ変わっている。
人と触れあうことで獄族も変わっていくのだろう。
そのまま変わって始との関係も変わっていけばいいと始は思っている。
初めて見た獄族は遠い夜空の下にいた。
それが今は始の隣で笑いながらお茶を飲んでいる。
「始、それでね──」
耳に心地良い春の声はいまや始の日常となっていた。