秘密の理由 始と街で何度目かのお茶をするようになった頃、俺の名前をまた聞かれた。
「ひみつ」
最初のときと同じ答えを俺は返す。
始は嫌そうな顔をしたけれど仕方がないんだ。
「人間は群れて暮らしているから個体の識別として名前を必要としているんだろうけれど、獄族は群れて暮らさないからね」
「他の獄族とはどうやって話すんだ?」
「え、そんなの、やぁ元気? じゃあね、で済むでしょう」
いちいち名前を呼びあう種族じゃないし、友好的な獄族なんて指の数より少ないんだから、それで十分。
もちろんまったくないわけじゃない。
ただ、人間の耳じゃ聞き取れない音だから説明しても意味がない。だから言わない。
人間と契約して初めて、人間が聞き取れて、発音できる言葉になる。
人間は個体識別が必要だからそうなるのか、契約という特別な関係を結ぶからそうなるのかはよくわからない。
「そうか」
「だから俺を呼ぶ必要があるときは、ひみつさん、って呼んでくれればそれでいいよ」
それよりお茶のおかわりをちょうだい。
空になった茶器を振ってみせれば、難しい顔のまま始はお茶をいれてくれた。