夜のなかで 朝まで眠り続けるはずだった始の意識が浮上したのは深夜のことだった。
始の横たわっている寝台に陰の気が近づいている。
以前はよくあったが最近はなくなった魔物の襲撃かと緊張が走ったがすぐに打ち消した。
これはよく知っている陰の気だ。
安心したせいか、あるいは意識の覚醒が早すぎたせいか始の身体はまだ動かない。
かろうじて動く目だけを横へ向けると、見慣れた獄族がいた。
寝台の前で膝をついているらしく、彼の視線は始のそれと同じ高さにある。
始が起きたことに気づいているのか、いないのか、じっと始を見つめている。
かすかに聞こえる獄族の吐息は始の皮膚と鼓膜を震わせる。
言いたいことがあるのだろうかと思ったが、睡魔に支配された身体は始の唇を動かしてはくれなかった。
やがて始の頬へ伸びた獄族の指先がやわらかに撫でていく。
鋭い爪を持つ獄族だからこそ慎重になっているのか。
春がひどく不器用だと始は知っている。
武器でもあるその爪で始を傷つけぬよう、何度もやさしく撫でるように触れられる。
暗闇の中、春の淡い若草色の瞳が見えた。
本人ですら気づいていない炎を見出し、始は心を躍らせる。
あの日見た幽玄のような獄族が、始のために、始のせいで心を揺らしている。
始が望んだものはもうすぐ手に入る。
喜びのうちにまぶたを閉じた始の額へなにかが触れた。
淡い熱を帯びたそれがなにかを理解するより早く始の意識は眠りの中へ落ちていった。