ちがいについて 隼と海の暮らす屋敷から戻ってきたとき、始は書斎で仕事をしていた。
始からすこし離れた長椅子に片膝を立てて座った俺は、膝に顔を乗せて始を眺める。
椅子へ浅く腰掛けて、背筋を伸ばした姿はどれだけ眺めていても飽きない。
書類を読む目つきも、筆を持つ手の動きも、始は他の人間と違う、と俺は感じる。
始は特別だからねと隼は言う。親御さんの教育と本人の努力の賜物だなと海は言う。
何が特別で何が教育なのか俺にはわからないけれど、始を見ているのは好きだった。
机に置かれた紙が右側から左側へ移動したところで始が俺に顔を向ける。
「珍しいな」
「なにが?」
「いつも帰ってきたらすぐに質問責めなのが、今日はしないのか」
「してほしかった?」
「おまえがしたいようにすればいい」
別に遠慮をしていたわけではないのだけれど、始は俺が仕事の邪魔をしないようにおとなしくしていたと思ったらしい。
始から俺に話しかけてくるのは仕事が終わったか、ひと段落ついておしゃべりをしたいかのどちらかだ。それならと俺は質問を投げることにした。
「ねえ、始。友人と知人ってどう違うの? 友人と仲間は? 友人と番いをわけるものってなに?」
始が何度かまばたきをする。
それから筆を置いて俺に向き直った。
「おまえのことだから葵や恋にも聞いたんだろう」
始の指摘に俺は頷いた。他にも知っている限りのにんげんに聞いてみた。答えは全員似ているようで違っていた。
だから始だったらどう答えるんだろうと思ったのだけれど、期待した答えは返ってこなかった。
「おまえが自分で違いを言えるようになったら教えてやるよ」
「ええ……なにそれ……」
「教えられるものは教えるが、感情については自分で腑に落ちないと意味がないからな」
こういうときの始はちょっとだけ引っ叩きたくなる。
なるんだけど、獄族の俺は爪が長くて尖っているからできないのが悔しい。
悔しいけれどわかったこともある。
始はどうも、俺に友人と番いの違いをわかってほしいみたいだということだ。