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    マルボロ「何、見てる」
     煙の向こうで、唇が笑う。
     シャムロックは、その唇に添えられた指先の火から、視線をはずした。
    「いいえ」
     素っ気ない答えを返す。
     彼はふうん、と相槌をうつと立ち上がり、漂う煙を割いて近づいてきた。
     なんとなしに伏せてしまった顔の前に、むせるような匂いが寄せる。鼻を痺れされる、独特の香気だ。
     顔をあげると、すぐ前に唇があった。
    「珍しいのか、煙草」
    「別にそんなことは、……あの、あまり近づけないでください」
     指先から立ち昇る白い筋に顔をしかめると、何故だかくつくつと笑う。
    「くくく。ほれ、シャムロック」
     云って口に含んだ煙をふきかけようとする相手の顎を、シャムロックは手のひらで押し返した。彼は肩を掴んで、なおもしつこく顔を寄せてくる。彼は自分の嫌がることを、本当に嬉々としてする。
     つきあっていられない、と椅子からずり落ちるようにして逃げをうち、腕をふりきって部屋の隅にしゃがみこむと、相手が突然吹きだした。睨みあげると、彼は更に愉快そうに笑う。
    「あー、遊んだ」
     そんなことを云って再びベッドに腰かけなおし、機嫌よく煙草を吸いはじめる相手に、何か一言云ってやろうとも思ったが喜ばせるだけだろうからやめておいた。

     無駄に疲れた気がしてため息をつく。浮かせていた腰をストンと床に下ろし、壁に背をもたせる。頭に触れたカーテンを少しだけおしやると、ひんやりとした夜の窓があらわれた。自分の顔が、ぼうっと浮かび上がっている。その顔の後ろには、煙草の火が赤い点となって、黒い鏡に色を添えていた。


     ―――彼がこの部屋にやってきて、もう随分の時が経つ。
    「家を出てきた」
     そんな一言とともに、片手にもった鞄をひょいと上げてみせた彼は、窓から身を乗りだしたまま、混乱する自分の反応をやはりにやにやと楽しんでいた。
     この町での剣術修行もとっくに終わり、実家に帰って大切にされている筈の人間がどうして。「もう様づけはいらない」と笑いながら、自分の部屋で荷解きをしているのだろうか。
     その疑問にろくな説明もせずに、ベッドを占領して眠ってしまった彼を、呆然と立ちつくしたまま眺めた、それがはじまりの日だった。
     その日から、時は流れた。
     懐かしむほど遠くの過去になった訳ではない。まだ最近と表現できるほどには近い。だが、指折り数えなければ幾日前のことかは答えられない程には遠かった。
     昼と夜の繰り返しのうちに、少しずつ彼は空気に溶けていく。
     部屋にふたりいることの違和感や眉間の皺もいつのまにか消えていって、―――いつか訪れるだろう終わりの日を、忘れてしまっている自分に気づく。

    (終わりの日)
     思い出したように眉間に皺を寄せてみる。じり、と苦さが胸に湧いた。
     窓に映ったモノクロの彼を改めて眺める。両膝に肘をのせ、煙草をくゆらせる彼の視線はどこともつかない宙に浮いている。先の悪戯っぽい色はなりを潜め、今その顔には何の表情もない。
     考えごとをしているのだろうか。それとも、少し疲れているのかもしれない。そうやって疲れるだけのことを、彼は毎日たくさん経験していた。この部屋を拠点にしてほうぼう飛びまわり、眩暈がするほどの騒動をばらまいている。
     ―――今までの分を取り戻すかのように。
     閉ざされた部屋で燻っていた不本意な日々のうちにはできなかったことのすべてを、彼はすごい勢いで回収しようとしているようだった。よいこと、よからぬことの区別なく。
     賭けをすること、人助けをすること、正体をなくすまで酒を飲むこと。
    喧嘩や煙草。女性との戯れ―――。
     まるでがむしゃら。明日死ぬのだといわんばかりに、いろいろなものを飲み下そうとしている。
     最初はそんな彼がよくわからなかった。ただ、見てられなかった。痛々しくて、らしくなくて。
     ある晩とうとう問い詰めた。

    (いったい何がしたいんですか。遊びまわって酔っ払って、殴りあいして。こんな傷だらけになって、これが貴方の、家をでてまでしたかったことなんですか)
     彼は答えなかった。腫れた顔を歪ませて笑いながら、頬に脱脂綿をあてていたシャムロックの指を、柔らかく握っておろした。それだけだった。


     ひどいことを訊いた。
     今ならばわかる。彼は答えられなかったのだ。その答えこそがまさに、彼が傷だらけで探しているものなのだろうから。
     広がってしまったまっさらな世界の中で、彼は必死に自分の行き先をさがしている。新しい足と腕の長さを確認しながら、それに合う夢や欲や現実を、手探りで探している。
     あるいは、この部屋にいることも、その作業のひとつなのかもしれない。
     作業が終わったとき。彼がひとつの答え、己を誤魔化すことのできる何かを見つけることができたとき。それがきっと、この日々の終わりの時なのだろう。今度こそ、自分と彼の道は分かたれる。
     それは喜ぶべきことだ。きっとその時の彼はすがすがしい。行く手は人生の真昼、まぶしい日差しに満ちているに違いない。

    (シャムロック)
    (シャムロック、なんかいいよな、こういうの。そう思わねえ? 俺さ、ずっとこういうのいいなって)
    (ずっと思っててさ……)

     淋しげに笑う彼を、もう見なくてもすむのだ―――。


     もやのような淀みが、背中から音もなく覆い被さってくる。喉に胸に入りこみ、感覚を遮断させていく。甘い痺れが体中に薄く広がっていくのを感じる。
     いまや体を指先まで満たす、このもやの正体は何なのだろうか? 名前はしらない。口で云えるものではない。輪郭のない、もっと不確かな感情。
     光にすけてはじめて流れのわかる、つかみどころのない粒子。曖昧な、漠然とした影。
     ちょうどこの部屋に満ちる煙のような―――。


     ひどく難しい表情をしてしまっていることに気づいて、力を抜く。深く、静かなため息をつく。
     目の前の窓に視線をやると、いつのまにかそこに映った男がこちらを向いていた。目が合うとウィンクされる。シャムロックは笑った。男も目だけで笑うと、煙草の灰を手元の空き缶に落とした。その仕草はひどくすましていて、俺は紳士、とうそぶいているかのようである。
     ピンと張った背筋と手元の空き缶とが何とも不釣合いで可笑しい。シャムロックは黒い窓越しに、からかいの色を混ぜながら訊いた。
    「おいしいですか?」
     カーテンを閉め、彼の実体に向きなおって返事を待つ。こちらを見ながら細められていた目の上の眉が、わざとらしく顰められた。
    「いんや。不味い。ほんともう、すっげぇ不味い」
    「……じゃあ何で吸ってるんですか」
     力をこめた主張に呆れてしまう。
    「あー、なんでかな。イケてる男の必須アイテムだから?」
    「私に聞かないでください」
     そう返すと彼は、指に煙草をさしたまま空中を見つめて考えこみ、やがてあいまいな笑みを浮かべた。

    「あこがれ、だったんだよなあ、多分。こう、余裕しゃくしゃくで口にくわえてんのとか見て、ずっと格好いいと思ってたんだけど。実際吸ってみっとすげえ不味いんだ。苦いだけでさ。―――お前もやってみる?」
    「いえ……結構です」
     そ、と云って伸びをしてから、彼はぽつりとつぶやいた。
    「でも、やめられないんだよなあ……」
     じわり、と天井に広がっていく灰色を、ふたりでしばらく眺めた。

    「……身長、止まっても知りませんよ」
    「お前よか2センチ高いならいい」
    「追い越すでしょう、私は伸びるんですから」
    「いんや止まるね。お前も煙、一緒に吸ってることになるんだから。巻き添えだ」
     そんなことを云う。ずっと一緒な訳でも、ないだろうに―――。

    「どした?」
    「いえ。あした灰皿買ってきましょうね」
    「んだよ、何でそんな顔してんの」
     彼は不思議そうに見つめてくる。シャムロックは黙った。

     煙草を空き缶に押しつぶしてベッドから立ち上がり、側に近づいてきた彼が、目の前に膝をついた。右手がのびてくる。
     思わず身構える自分の前髪に、しかし彼の指は触れる寸前でとまった。
     戸惑うように人さし指の甲が宙をなで、そのまま、ゆっくりと離れていく。ほんの少し、苦い香りだけを残して。


     視線をあげると、彼は誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべ、照れているのか頭をかいていた。

     その手にどうしようもない可笑しさと悲しさを感じて顔を歪めてみたけれど、気づけばそれはただの苦笑いでしかなくて、―――何だかとても、恥ずかしくなった。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 3:33:58

    マルボロ

    (フォルテ+シャムロック)

    ##サモンナイト

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