イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    トランキライザー「落ちついたかい?」
    「落ちついた」
     ミモザはソファに身をもたせながら、男の言葉に気まずそうに笑って、そう答えた。
     男は正面に座って穏やかに微笑んでいる。彼が傾けているカップは、角砂糖を何個も入れたミルクティー。
    「ごめんなさいね、愚痴っちゃって」
     じめじめと不平をもらしたわけではない。が、2時間近くも熱く話を聞かせ続けたとあっては、さすがに申し訳なくも思う。
     これでも最初はちょっとした笑い話のようにして、軽く面白く、最近あった怒りの出来事を彼に教えていたのだ。
     だが気づけば眉間には深々としわが寄っていた。どうやら随分とストレスがたまっていたようだ。
     適度な相槌をうち、黙って耳を傾けてくれる相方を前にミモザはどんどん白熱し、時にこぶしを振りまわしたりしながら、のどが渇くまで話しつづけた。
     全力疾走のおしゃべり、それが終わったのはついさっきのことだ。一息つくのを見計らっていたかのようなタイミングで出されたレモンティーの香りが、ミモザの興奮に幕をおろした。
     いまは、不思議なぐらい胸には何も残っていない。怒りも不安も、嘘のようにひいて、見事にからっぽだった。あるのは心地よい疲れだけ。
    「ちょっと、うーん、だいぶ? むしゃくしゃしてたみたい」
    「らしいね。でも楽になったみたいでよかったよ」
    「あはは。毎度毎度、お騒がせします」
     毎度のことだった。
     普段は楽天家で、小さなことでは腹もたてないミモザが時たま噴火すると、彼が風のない日の湖面のように静かに話を聞いて、レモンティーを煎れて飲ませる。それでミモザはすっかり鎮静して、次の日からまた大口開けて笑う毎日に戻るのだ。
     それは長年の付き合いの中で生まれた絶妙な関係だった。

     ふと、思いついたようにミモザが言った。
    「あ、ねえ。そういえば、貴方は聞いてほしい悩みとか愚痴とかない訳? ギブソン。あるならお姉さんが聞いてあげるわよ」
    「ないよ」
    「あ、そ……なんか悔しいわねえ。貴方のほうが人間できてるみたいで」
    「事実だろう?」
    「……」
    「ふふ、冗談だよミモザ」
     この男は、とにらむと非常に楽しそうに笑う。本当に気鬱なところはなさそうだ。
    「かなわないわねえ。私もちょっと修行しないとだめかしらっと―――ふあ、喋ってお茶飲んだら眠くなってきちゃった」
     大きなあくびをすると、ギブソンがやれやれという顔をした。
    「子供のようだな、君は。今日はもうやることもないんだろ? 寝たらどうだい」
    「うーん、でもまだ寝るのは勿体ない……」
    「好きにしなさい」
     下りかかるまぶたの裏から笑みの気配が伝わった。このまま目を閉じてしまえば明日の朝はきっとこのソファの上でごろんと横になってて、いつの間にか毛布なんかもかかってたりして、目の前の相方に「仕方ない人だな」と苦笑されたりするのだ。
     そうはなるものかと、とにかく口を開く。

    「貴方といると、気持ちが楽になるわ。心もあたたかくなるし」
     ギブソンが驚いたのがわかる。ミモザは半分眠りに足をつっこみながら、しめしめと思った。
     いつもは「貴方といると眠くなるわ」と言っていたところだった。喧嘩しているときなどは、「貴方と話しているとやる気が萎えるわ」とも。
     今はとても気分が良いので、毒を吐く気にはなれなかった。また、そこまで頭もまわらない。
    「……私も、君といると肩の力が抜けるよ」
     ギブソンの声がする。ほう、いつになく素直ですなと頭の中でおどける。
    頷くだけはしておこうと思い頭を傾けたら、ガクリと落ちて船をこいだ。
    「本当は、心配だったんだ」
     ―――何が?
    「君が最近、なかなか愚痴を言いに来ないから」
     ―――なに、愚痴を聞くのが好きなの? ギブソン。
    「君は笑うときには笑って、怒るときには怒る。そういうのを、あまり我慢する人じゃなかったからね。大丈夫なのだろうか、もしかしたら他に爆発する場所ができたんだろうか、と」
     爆笑したかったが、独白大会を邪魔して続きが聞けなくなるのも損なので、ミモザはむっつり口を閉じていた。
    「正直、君と会ったときはなんて滅茶苦茶な人だろうと思ったし、行動を共にするようになってからはいつも、君が突っ走るのを後ろから追いかけながら、ああ、とんでもないパートナーを持ってしまったものだと思っていたよ」
     思わず口元がほころんでしまった。少年少女だった二人の出会いを、ミモザも思いだしたのだ。

     ギブソンとの初対面。それはもちろん、派閥の中でのことだった。
    まだちゃんと紹介を受ける前に、ミモザたちは顔をあわせた。ふたりを引き合わせる筈の師に急な用事ができたということで、先に子供らだけが部屋で待たされていたのだ。
     静かな部屋の中、ミモザには関心もないとばかりに俯いて黙々と本を読む少年を、ミモザは「陰気ね」と思った。そして実際そう言った。
     弾かれたように顔を上げ、信じられないといいたげな視線をおくってきたギブソンに、ミモザは笑って手を差し出した。「よろしく」と。
     だがその手が握られることはなく。
     結局、遅れてきた師が何事か、と驚くほど剣呑な雰囲気の中で、互いの紹介を受ける羽目になったのである。

     最悪な第一印象は後々までたたり、ミモザとギブソンはいつも対立していた。
     ミモザが現地調査に出かけようとすれば、ギブソンが無駄に歩き回るなと止め、ギブソンが推論を述べればミモザがせせら笑った。
     お世辞にも模範的とは呼べないコンビ―――しかし何故か、ふたりの任務が失敗することはなかった。
    「貴方、とんでもないパートナーを持ってしまった、って思ってるでしょう」
     ミモザはよく、からかい混じりでこんなことを聞いた。それに対してギブソンはかなり本気で、「まったくだ」と答えていたものだ。
     いつ頃からだったろう。
     彼の答えはいつも同じだったけれど、それを言う表情は段々と苦笑に変わり、そして微笑みに変わっていった。
     今では時々ギブソンが、ミモザの真似して「君、とんでもないパートナーを持ってしまったって思っているだろう」と笑いながら聞いてくる。
     そんな時ミモザは、しかめっ面をして「まったくだ」と答えることにしていた。

     はじめましてのあの日から伸びている延長線が、無理ない曲線を描きながら、温かな今の時間につながっている。
     それがミモザにはとても凄いことであるように思えた。


     すっかり目がさめてしまった。まぶたを開けようか開けまいか、ミモザは迷った。
     まだ独白は途中である。だが歌うように話し続けるギブソンの顔を見てみたいとも、ミモザはなんとなしに思った。

    「君を追いかけるのも鎮めるのもとにかく大変で、いつか落ちついてくれるといいな、といつも内心で思っていたんだ。―――でも、」
     ギブソンがふっと息をはくのがわかった。ミモザは、静かに目を開けた。
    「でも、実際君が落ちついてしまったら、きっと私は寂しく思うんだろうな。何だか君に、自分がいらなくなったみたいで……」

     まぶたを開けてからしまったと思った。ちょっとこれは互いに気まずい、照れくさい、とにかくひどいタイミングだったかもしれない。
     ギブソンは、ソファのミモザが目をまるくして自分を見つめているのに気づくと、手を口にあてて横を向いた。
    「寝てればいいのに……」
     そむけた顔の、頬と耳が、みるみる赤くなっていく。
     ミモザはそれを見て思わず、顔がにやあ、と笑ってしまった。―――ここはとりあえず、からかおう。
    「んっふふふ。かわいいなあギブソン、キスしたげよう」
     言って両手を広げる。するとギブソンは口から手をはずし、すまし顔に戻ってすかさず、
    「遠慮しておくよ」
    と言った。
     たくさんある慣れたやり取りの中のひとつだ。
     ふたりは顔を見合わせて5秒後にふきだした。
     笑いながら、互いの陽気な響きの中にどこかほっとしたような、がっかりしたような、そんな色がわずかに含まれているのには、気づかないふりをした。

    「あーらら。遠慮しなくたっていいのにねえ」
     ミモザは笑顔のままで、さめてしまった残りのレモンティーを飲み干した。
     空になったカップの底を見ながら、今さらながらに顔が熱いのに気づく。
     起きてしまったこの心を今度はどうやって鎮めたら良いのだろうか?
     そんなことをぼんやり、頭の片隅だけで考えた。

     ミモザはその夜眠れずに、少しだけ悩んだ。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 3:37:04

    トランキライザー

    (ミモザ+ギブソン)

    ##サモンナイト

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品