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    ニューロン 私は痛みを感じる。そのように、できていた。

    「エスガルド!!」
     声がする。えるじん。駆け寄る足音。えるじんノ。
     私は自由のきく左手を持ち上げ、その子の頭をなでた。
    「問題ハナイ。下ガッテイロ、えるじん」
    「でも、腕が」
     胸の切り口から火花が散った。右肩から斜めに一刀斬られ、ひらいた鋼鉄の体。隙間からは神経の束と明滅する光がのぞいている。
     肩の付近からは呼吸のような音が漏れつづけ、その部分からふきでる黒い液体が、だらりとぶら下がった右腕を伝っていた。―――右腕の機能は完全に停止していた。ドリル、私の最大の武器は使えない。

    (損傷率ハ30ぱーせんとヲ超エタ。自己修復ニハ時間ガカカル)
     だが、休む間もない。
     たった今倒した敵の仲間が、すぐ近くに迫っていた。
     迎撃のため一歩を踏み出そうとした私を、エルジンがすがって止めた。
    「エスガルド、その傷じゃ無理だよ。死んじゃうよ」
     私は腰にしがみつく指を一本一本はがし、握って、なだめるように後ろへ押しやった。
    「問題ナイ。私ハ死ヌコトハナイ」
     ―――ただ、壊れるだけだ。
     くしゃりと歪む表情を見て、私はその言葉を発するのはやめた。そして、
    「壊レモシナイ」
     そう言って、戦闘の後の修復を依頼し、敵の群れへと向かった。


    「エスガルド、エスガルドォ!!」
     子供の泣き叫ぶ声がする。
     私は敵の体に突き刺した左手に、さらなる力をこめた。
     同時に、相手からも力が返ってきた。刃に胸を貫かれた私の機体が、黒い血とともに火花をふく。―――相打ちだった。
     私が赤く濡れた腕を引き抜くと、ずるりと相手の体が崩落した。これが最後の一体だった。
    「終ワッタゾ、えるじんヨ……」
     胸に刺さったままだった剣の先を引き抜いて放った。顔をめぐらせようとした私の、ひずみのはしる視界の中で、ふいに空が青みを増した。
     そのまま風景の明度は落ちていく。私は眼の機能が低下しつつあることに気づいた。消えていく。感覚と思考が。
    「―――!」
     闇に伝わってきた言葉が私の回路に何かをもたらしたのだろうが、その正体を分析する前に、落ちた。 



     再開した。
     私の全身に風が渡った。それを感じた。
     明瞭になった視界一面に、光点散らばる夜の空が映っている。その縁を、黒い木々の影が取り囲んでいた。
     ここは自分が倒れたところと変わらぬ、森のなかのようだった。私は柔らかい草の上に横たわっている。
     顔だけ起こして視線をめぐらすと、わき腹のあたりに子供が眠っていた。私の体にすがるように、小さな体を丸めている。
     目を覚まさせぬよう慎重に、上半身を起こす。身じろぎの気配がして私は一瞬動作を止めたが、しばらく見守っていても少年の閉じた目蓋がひらかれることはなかった。

     背を起こしたまま辺りを見回す。キィ、という首をまわす微かな音が、夜の静けさの中にひびいた。
     木々の影に敵が潜んでいないか、気配を探っていく。
     が、なにもいなかった。遠くに獣はいるが、彼らに敵意はない。細い月に向かって吠えるだけだ。
     私は警戒のレベルを下げ、前を向くとオブジェのように静かになった。

     ―――体に負った傷は、既に手当てを施されていた。
     自己修復機能を最大限に生かす措置が、完璧にとられている。エルジンが直してくれたのだろう。これ以上重ねて自分がすることも特に見あたらない。
     エルジンは、その指にロレイラルの技を宿す少年である。
     そのレベルは自分から見ても高い。人の感情でいうところの「感嘆」に値するものだ。
     私は彼の幼い指が己の体を滑るのを、いつも自由にさせていた。それは勿論、信頼である。彼に任せておけば間違いはない。
     だがもしもエルジンの指がもっと拙かったとしても、私はきっとその指を自由にさせていただろう。理由は、自分の中では明らかにしていない。従属でも奉仕でもないことは確かだ。エルジンは、私の主ではない。

    「死なないで」
     ふいに、子の口が動いた。私は彼の顔をのぞきこむ。
    「起キタカ。えるじん」
     起きてはいなかった。目は閉じられたままだ。
     おそらく寝言だったのだろう。夢というものを、見ていたのかもしれない。
     私はしばらく、そのまま子供の寝顔を眺めた。

    「……」
     傷がふさがった筈の胸から、微弱な電気信号が伝わっていく。
    伝わっていく、伝わっていく、伝わっていく。
     頭部に届いたそれが知らせるのは、「痛み」だった。私は痛みを感じている。

     機械兵士が痛覚やその他の感覚をもつのは、現在置かれている環境に的確に対処するための便宜だ。人のように、それが苦しみの原因となるわけではない。あくまでも情報として、処理される。好機や危険を察知するための材料として。
     今どんな危険があり、胸は刺激され、痛みを伝えてきたのか分かりはしないが、きっと何か意味があるのだろう。その意味は、しかし自分には分析できないもののようだった。これは人の「感情」の領域であると、私は理解した。

     ―――私は人とは違う。
     この機体は人を模倣して作られたが、思考も感覚も行動も、人と同じことはしない。できないのだ、と言う者もいるが、どちらでも意味は変わらない。
     異なる種の間で、優劣や可能不可能を語るのは益のないことだ。鳥は飛ぶ。魚は泳ぐ。次元が違い、比べることなどできない。
     人間と機械兵士も、同じことだ。
     人の手によって人を真似して作られたのだとしても、機械兵士は結局人ではない。そうであれば、やはり両者を比べることなどできないのだ。存在と役割が根本的に違うから。

     私は機械だ。そこに卑下はない。
     私は機械として行動する。機械として分析し、機械として感じる。
     機械としてこの子の側にいて、機械としてこの子の、父となる。


     冷たく硬い手の先で、寝てる子の前髪を梳いた。
     まぶたから涙がこぼれる。たった一粒。
     指で頬をぬぐう。柔らかい。
    「父さん」
     温かい。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 3:39:48

    ニューロン

    (エスガルド+エルジン)

    ##サモンナイト

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