きりだす ひらり、ひらり、淡い白雪のような薄い布が踊る。
陰の気は夜に満ち、月の明かりは薄布を手に舞う獄族を宵闇から浮き上がらせる。
本人に舞っているつもりはなく、ただ点々と転がる石から石へと移っているにすぎない。
その姿が幻想的だと感じてしまうのは、始にとって初めて深く接する獄族だからなのかもしれない。
「おい、」
そのままどこか遠くへ行ってしまいそうな気がしておもわず声をかけた。
薄布が重力を取り戻す。
「ひみつさん、って呼んでって言ったじゃない」
笑いながら獄族の男が始の近くへやってくる。
「なにか用かな、始さん」
手にしていた薄布を差し出してくるから始は首を左右に振る。
この男に似合うだろうと森まで持ってきたのだ、返してもらう気はなかった。
「獄族に贈りものなんて、君も変わっているね。もらっていいならもらうけれど、何がお望みなのかな」
それでは捧げ物だとか貢ぎ物だとかになってしまうと始は苦笑する。
ただ始があげたかっただけで、何かを要求する意図はなかったのだが思い直す。
きっかけとしてはちょうどいい。
「俺と契約する気はないか?」
「うん?」
薄布の端がはらりと地についた。
獄族が、魔物の中で最も強い種族とは思えない可愛らしさで小首を傾げる。
雲が月を通りすぎ、明かりがわずかに翳る。
獄族の影がゆらりと動いた。
「さすがに布一枚でいいよとは言えないけれど、考えておいてもいいよ」
「そうか」
真っ向から拒絶されなかっただけでもいいと始は胸を撫で下ろした。