√ 扉を開けて入ってきたその人は、表情のない、無機的な顔をしていた。
僕は椅子に座ったまま、外の薄い光をさえぎって立つ姿を見上げた。褪せた黒の髪の、すこし痩せた男。身なりは良い。僕とまるで正反対に。
ここの代表者なのかもしれない。だとしたらこれから僕らが保護を求めて縋りつく相手だ。
立ち上がって愛想をふりまくべきか―――しかしそんな気力は微塵も残っていなかった。喉と足が鉛のようで、動くことも声をだすこともできない。僕は、疲れきっていた。
「貴方がライル一族の長か」
男が言った。僕はかすかに頷いた。
側に控えていた者から何事か耳にささやかれたその男は、じっと無言の僕を見据えている。権力者にふさわしい、威圧的な視線だ。
僕は痩せた指をきつく組み合わせ、それでも視線はそらせずに、男を見上げ続けた。
ふいに。
彼は顔をほころばせた。何の前触れもなく。
氷の一瞬の溶解を思わせる笑みだった。
目を見張る僕に、彼は笑いながら、
「よろしく」
そう言った。
そこには媚びでも優越でもない、ただ無条件に寄りかかってくる懐こさがあった。
瞬間、僕はそれまで抱えていた暗い感情を忘れた。
目の前にさし伸ばされた意外と小さな手を、しがみつくように握りしめる。何も考えずに。
―――これが巡りのはじまり。
それからは時が繰り返されていく。
平穏と幾らかの波乱を含む日々が過ぎ、彼は死に、嘆く僕も死に、彼の子供は小さな手を差し伸ばして僕の子供の手を握りしめ、その子らも死に、さらにその子供たちが手を差し伸べ差し伸ばされて握り合い―――。
螺旋状につづいていく糸。
それは長い時も経たず、過ちの時を境に途切れたのだと信じていた。
だが糸は「僕」たちの気づかないところで今もなお繋がり、廻っていたのだ。それを知った。
「よろしく、……ネス、ティ」
幾百番目かの複製された生で、時は再開される。
強張った顔をふいに綻ばせた少女がさしのばした、小さなその手を、僕は何も考えずに握りしめた。
それははるか昔からの決まりごと。からだの底に刻まれた定め。