海神と迷子 20※※ご注意※※
・おポセさんが出てこない
・オリジナル設定が滝の如く降り注いでいる
・オリジナル扱いの神様が出てくる
・キャラ崩壊
以上のことを踏まえた上で、大丈夫という方のみ次ページへどうぞ
金で塗られた応接間に通され、自分の席にどっかりと座ったアレスは二人にも座るよう促す。靴越しに伝わる赤い絨毯の柔らかな感触に密かに気分を高揚させながら、千栄理はヘラクレスに倣って金の装飾が施された豪華な椅子に座る。千栄理より二回りも大きい物なので、座るのにも少し苦労し、座ると足が宙ぶらりんになってしまった。下りる時は気を付けないとと千栄理が考えていると、アレスの「ごほんっ」という咳払いが聞こえる。その音に反応し、彼の方を見た千栄理は何だろうと数瞬考えたが、すぐに膝の上に置いたバスケットのことだと閃いた。覆いを取って椅子から下り、アレスの前にバスケットを置こうと頭上へ掲げる千栄理。だが、アレスに合わせて造られたテーブルは少々高く、彼女がめいっぱい背伸びをしても、バスケットはテーブルに乗らない。
「あまり無理をするな、人間」
「だ、大丈夫、です……! あっ、わぁっ!?」
「千栄理っ……!」
「うぉおおおっ!!?」
とうとうバランスを崩して後ろに倒れそうになったところを、焦ったアレスとヘラクレスに支えられ、そのままアレスがバスケットを千栄理の手から奪い取った。
「気を付けろ! お前の身に何かあったら、オレ達が殺されるんだぞっ!?」
「す、すみません……」
後頭部を床に打ち付ける事態を避け、大きな安堵の溜息を吐く彼に、千栄理は申し訳なく思った。「もういいからお前は席に戻っていろ」と言われた千栄理は、素直に従い、自分の席によいしょと戻る。椅子に落ち着くと、アレスはヘラクレスと楽しげに話をしながら、バスケットの中を確認する。
千栄理の前にはいつの間にかテーブルにカップに入った紅茶が置かれており、傍には砂糖壺とスプーンがある。これらも椅子やテーブルと同じく、千栄理が使っている物より二回り大きい。遠近感が狂いそうだと思いながら、彼女は砂糖壺の蓋を両手で開け、中の角砂糖を一つ取ってカップに入れた。傍にあったティースプーンでくるくる紅茶を掻き混ぜると、角砂糖はほろほろと溶けていく。その様を何となく見つめ、殆ど溶け込んでしまってから千栄理は両手でカップを持って一口飲む。紅茶はまだ熱くて少ししか含めなかった上に、カップが重くてその後も千栄理は何度も零しそうになりながらこくこくと飲んだ。その姿を何やらアレスが時折、じっと見つめていたが、特に何を言うでもなく、ヘラクレスと話をしていた。
次の配達先へ行く為、アレスの城を出たところで千栄理は呼び止められる。何だろうと振り返ると、アレスが何か言いたげに口を開きかけては閉じるを繰り返している。千栄理はそのまま待っていると、意を決したようで、彼は変に大声で一気に捲し立てた。
「こ、今度我が城に来るまでに、貴様の使う食器を揃えておいてやるっ! 感謝しろ、人間!! 別にお前の為ではなく、客人に使いにくい食器を使わせる気の利かない神だと思われてはオレとしても非常に心外だからだっ! いいかっ!? 決してお前の為じゃないぞ! そこだけは肝に銘じておけっ!!」
「は、はい……?」
何故怒鳴られているのかは分からないが、アレスなりの優しさが込められた言葉を言われたことは理解した千栄理は、自分なりに噛み砕いて飲み込むと、嬉しくてふふと笑った。
「何がおかしいっ!?」
「いいえ。嬉しいです。ありがとうございます」
深々と頭を下げる千栄理にアレスは拍子抜けして勢いが萎え、「お、おう」と気まずそうな一言だけ返す。そろそろお暇しようともう一度挨拶をして、千栄理とヘラクレスは最後の配達先を目指す。アレスからは最後に「次は自力で来られるよう精々努力することだな!」と素直じゃない激励を受けた。
「アレスさん、やっぱり良い神様ですね」
「そうだな。でも、何もあそこまで意地を張らなくともいいとは思うぞ、オレは」
崖を下り、次の配達先へ向かう中、千栄理はふと思い浮かんだ疑問を口にしてみる。
「神様ってみんなそうなんでしょうか? ポセイドンさんもちょっとそういうところがあるんです」
「アレスは単純に神としてのプライドだろうと思う。オレのように、人から神になった立場と違って、アレスやゼウス様、ポセイドン様は生まれた時から神だ。神は人より大きく優れているのは当たり前で、それ故に気位が高い。人間が神を越えることは無い、と神本人もそう思っている。絶対的な力と地位を持ち、様々な性質や性格によって、人間に恩恵を授けたり、罰と称して打擲したりする。時には自分勝手で無慈悲だ。しかし、人間は人間で、殆どの者が弱く、脆い。誰もが等しく強くなれる訳でも、強い訳でもない。……千栄理」
ヘラクレスが屈み込んで千栄理と目線を合わせる。彼女も足を止め、彼へ向き直った。ヘラクレスは至極真剣な眼差しを送り、千栄理は何か大事な話なのだろうと、同じように表情を引き締める。
「お前は、きっとそんな人間達を導く神になるのだと、オレは思う。ポセイドン様と生き、天界にいる限り、いつまでも人間のままではいられない。何方の娘として成るのかは分からないが、自分がどのようになりたいのか、考えておいた方が良い」
「私が、神様に……?」
戸惑う千栄理にヘラクレスはふと、表情を緩ませ、「いずれは、な」と励ますように微笑んだ。そのすぐ後、一瞬何か考え、ヘラクレスは立ち上がりつつ更に続ける。
「いや、すまない。混乱させるようなことを言ってしまった。今はあまり気にしないでくれ。まだまだ先の話だろうし、決めるのは千栄理だ。余計なことを言ってしまった」
「いいえ。教えて頂き、ありがとうございます。……ちょっとだけ考えてみます」
「オレが言えたことではないが、あまり思い詰めない方が良いぞ」
「はい」
「神様……」と小声で呟き、真剣な顔をして考え始めた千栄理に、ヘラクレスは少し罪悪感に似たものを覚えた。進もうとしない彼女に声を掛け、我に返った彼女と共にヘラクレスはまた歩き出した。
最後の配達先は愛と美の女神アフロディテの城だ。山を囲むようにして螺旋状になっている坂道を登った先、山をくり抜くような形の開けた場所に、彼女の城はあった。
「うわぁ……綺麗……!」
城の前まで来た途端、思わず千栄理の口から感嘆の声が上がった。材質は何であるか見た目では分からないが、水晶のように透き通った山肌に守られるようにして、彼女の城は建っている。城門のつるつるした細かな細工が施された青水晶の格子の間から見える庭には色とりどりの花が咲き、中でも真っ赤な薔薇が舞台の主役のように配置され、入口へのアーチを作っている。城の壁は石を積んだのではなく、大きなローズクォーツを城の形にくり抜いて造ってあり、繋ぎ目が無く、よく研磨され、つるつるしている。太陽の光が当たり、きらきらと光り輝く城に千栄理は見惚れていた。果たして、自分が入っても良いものかと少し躊躇する千栄理に構わず、ヘラクレスは門に近付いて金のベルを鳴らした。千栄理は慌てて彼の隣に駆け寄り、少し乱れた髪を整える。
少し遅れて城の中から一人のエルフがこちらへ向かって来た。金髪の女性のエルフで、千栄理から見ても非常に美しい顔をしている彼女は、緊張して上手く話せない千栄理に代わってヘラクレスが配達の旨を伝えると、薄く微笑みながら門を開けて二人を招き入れてくれた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ。アフロディテ様がお待ちです」
その一言で更に緊張してしまった千栄理は、ぎくしゃくした動きで門を抜け、その後ろ姿を見ていたヘラクレスは、苦笑するのだった。